第19話 三斗の悪巧み

 ***



「……すっごい……んだけど」


 三斗に連れて来られたのは、ゲストハウスから徒歩二十分――城の裏手にある広い庭園だった。


 三斗みとは『悦びの庭プレザンス』と呼んでいたが、後継者争いの元でもある、噂の『聖樹の庭ガーデンオブセフィロト』だ。


 暖かい光に包まれたその場所は、多種多様な花がグラデーションに並べ植えられていた。


 他にも、仕掛け噴水ウォーター・サプライズやバラが絡みついた格子垣トレリスの四阿などもあり、貴婦人が日傘をさして歩く姿が浮かんだ。


 ただ、あれほど城に声を響かせていた野鳥などの姿は見えず。というより、不自然なくらい植物以外、生物の気配がなかった。


 美しいとはいえ、取り合いになるような場所だとは思えない穏やかな庭に入ると、三斗は思い出したように給水栓を開き、転がっていたシャワーホースで灌水かんすいを始めた。


「……あれ? これってアヤメだよね? こっちはヒヤシンス? ……こんな寒い時期に咲くもの?」


 詩津しづは近くにあった東洋系の花に目をとめる。庭の色どりは綺麗にまとめられていたが、よく見ればその種類は滑稽なほど幅広い。


 三斗は詩津の問いにすぐには答えず、水栓を止めた。そしてどこからともなく軍手を持ってくると、今度は雑草を抜き始める。


 庭の様子によく気がつく雰囲気から、三斗は園丁に慣れているらしい。


「そこらへんは春くらいの……今より暖かい時期のもんかな?」


「あ、こっちにはヒマワリまである! なんで? どういう仕掛け?」


「ここは、すっげぇ昔に、通りすがりの魔女が魔法で育てた庭だから、四季も気候も関係なく花を咲かせることができるんだって。おかげで雑草も育ちやすいけどな」


 三斗がムキになって雑草を抜くのを見て、詩都も同じように屈んで雑草処理を手伝い始める。


 ポツポツと自生している雑草は、根が深く、抜くのに力がいる。そんな詩津に三斗が軍手の予備を渡す。


「それはすごいね」


 持ち前の素直さで非日常に慣れてきた詩津は、魔法と言われても不思議に思うこともなくなり、すっかり砕けた口調になっていた。


 ただ――。


「…………まさかその魔女、杜季ねぇじゃないよね?」


 詩津は地面を睨みつけたままおそろしい想像をする。


 もし庭に魔法をかけたという魔女が杜季だというのなら、いったい彼女は何者なのだろう。


 三斗は軍手の甲で額をぬぐい、ふうっと息を吐く。


「……ズッシーはショックだと思うけどさ……そのまさかの可能性もあるぜ。庭に魔法がかけられたのは、かなーり大昔の話らしいけど……。てか、あの人一体いくつだろうな」


「杜季ねぇに実際の年齢なんて聞いたら……」


 イクラのようにプチプチすると言った楽しそうな杜季を思い出し、詩津は悪寒がした。


「魔女がこの楽園を作ったってのは、ひい爺ちゃんから聞いた話だけどな」


「曾お爺ちゃん? ……ごめん、聞かなかったことにしていい?」


「ああ。俺も言わなかったことにするわ。杜季さん、おっかねぇしな」


「うん。今まで杜季ねぇに喧嘩売って、社会的に無事でいた人見たことないし」


「社会的にか! うわ、暴力とどっちがこえぇかわかんねぇ!」


「あの人の場合、どっちも怖いから」


「お前……よくグレなかったよな」


「杜季ねぇと本気で戦って無事でいられると思う?」


「……日本の魔女の庭、やっぱり行くのやめようかな」


「……あの話、本気だったの?」


「ん。そだけど? ズッシーは嫌か?」


「なんで? いきなり来いって言われて、どこへでも行けるの? 三斗君は」


「ちょっと、面白そうだな、って思って。俺って看守ワーダーの才能ないしさ。自分だけの庭が持てるなら、それでいいんだ。しかもリアル魔女の庭だぜ? 一般家庭云々はともかく、ハクがちげぇし」


 才能がないというのは、先ほどの後継者争いの話だろう。七生のように植物を操る力がないのだと、三斗は言っていた。本人はそれを気にしているらしい。


「一人暮らしして、自分の庭を持つとかじゃ駄目なの?」


「心を持つ植物が住む――聖樹の庭ガーデンオブセフィロトは――さすがに看守だけで作れるもんでもないからなあ」


「心を持つ植物?」


「ああ。精神ココロを持った花の世話をしてる時、たまぁに喋りかけられるのがおもしれぇんだ。『肥料くれないとぶっ殺すぞ』とか」


「そんなこと言われたら、むしろ怖いんだけど……」


 花が人を襲った事件があっただけに、洒落にならない。


 だが三斗は心底楽しそうな笑顔で語った。


「俺は楽しいよ。やんちゃな弟たちを相手にしてるみたいでさ。なんだかんだ、花たちも俺に世話されるの嬉しそうだし。素直じゃないだけなんだ」


「でも……船上では、人を襲ってた」


「俺は見てないから、わかんねぇけど……その時はたぶん、あんたの血を吸って興奮状態だったんだろうな」


「私の血?」


「五樹兄貴が言ってただろ? パンジーがあんたの血を吸ったところを見たって。あんたの……魔女の血は、普通の花には強すぎて悪酔いするんだって。だから、血を求めて人を襲ったんだよ」


「あたしの血が、悪かったんだ……?」


「あ、でもズッシーのせいじゃないぞ。てか……いくら狂暴化したからって、やっぱりそんな簡単に封印がはずれるなんておかしいよな。俺、才能はないけど、兄貴と一緒にそっち系の勉強はしてたし」


「そうなんだ?」


「ああ。――あのパンジーはさ、客船ツアー直前に、知り合いにどうしてもって頼まれて、新徳のおっちゃんが封印したやつなんだ。本当はすぐにでも聖樹の庭ガーデンオブセフィロトに持ってきたかったけど、すぐにツアーが始まったから、仕方なく船に持ち込んだんだ。対処できる人間の元にあった方が安全だしな。それなのに、窃盗団が現れたりしてさ、偶然が重なりすぎてなんだか気持ち悪いよな」


「……看守を選ぶために船上オークションを開いたって聞いたけど、わざとパンジーを暴れさせたわけじゃないんだ?」


「看守の選定なんて誰にも悟られないように出来ると思うし、方法は色々あるからさ。あんな被害出すようなやり方は普通やらない。パンジーが狂暴化したのは偶然だと思う……けど、新徳のおっちゃんの考えてることはよくわかんないからな」


「そうなんだ?」


「……あの時はさ、まさかホールでパンジーが人を襲ってるとは思わなくて俺たち出遅れたんだ。いつもだったら……動花は独特の匂いがあるから、すぐに俺か兄貴たちが危険を察知したんだけど。あんなに長い時間、動花を野放しにするなんて珍しいよ。だからもし……もっと早く気づいていれば、いくら窃盗団でも……人が死なずに済んだ……かも」


「違うよ! あたしがもっと早くに、食べちゃえば良かったんだ」


 ため息をつく三斗を見て、詩津は慌てて励ます。


 三斗は一瞬ポカンとするが――少しして、大きく吹き出した。


「あはははは――――やべ、ズッシー超おもしれぇ……」


「……そんなに笑わなくても……」


「だってさ、普通、動いて人を襲ってる花を食うか? さすが、魔女の血を引いてるだけはあるよな。やっぱ一味違うっていうか」


「自分が魔女だなんて意識ないんだけど……だって、あの時は口しか動かせるところがなかったから」


 さらに真面目くさって説明すると、三斗は腹を抱えて転げまわった。


「ちょっと! そこまで笑うことないじゃない!」


「……あー、めっちゃ癒される。やっぱり賀川家のお婿さんになろうかなぁ。杜季さんとズッシーのやりとり見るだけでも、毎日楽しそうだし」


 笑いすぎて浮かんだ涙を拭う三斗を見て、詩津は餌をたくわえるハムスターのように頬を膨らませる。


「うわ、ズッシー、ブサイクな顔! 女の子が口を膨らませると可愛いって、あれ絶対嘘だよな。いや――やっぱりブッサイクで可愛いような気もするから、ブサカワ? 普段が綺麗だから、ズッシーはそのギャップがツボにくるわ」


「大きなお世話です!」


 調子に乗って笑い転げる三斗にカッとなった詩津は、土で汚れた軍手で三斗の鼻をつまんで持ち上げた。


「ひっ! ひでででで! ふご、ごめ――」


「君、ムカツクのよ」


「わ、悪かったって! もう余計なことは言わないから――――ふあっ」


 詩津が無言で解放すると、三斗は赤くなった鼻を押さえる。


「…………意外とおっかねぇな」


「三斗君が余計なこと言うからでしょ」


「ごめんって――――それよりさ、話変わるけど……あんたが看守様と見込んでお願いがあるんだけど」

「……お願い? 看守ってそんなに偉いの?」


「あー……力が使えるわけでもなさそうだから、後継者を選ぶだけの地味なポジションだけどな」


「なんだ、つまんない」


「……あんだけ嫌がってた割に、あんた意外と楽しんでるよな」


「人間から好奇心をとったら、ただの人形だよ」


「あはは……ズッシーの言うことはたまにぶっ飛んでてイイよな。で、さっきの話の続き。あんたが看守様だと見込んで、お願いしたい」


「私にできることかは知らないけど――何?」


「実はさ……うちの兄貴たち……五樹と七生な。本当はすっげぇ仲良くて、仕事でも良いコンビなんだけど。……でも今回の後継者争いの話になった途端……パッと見はわかんないけど……ちょっと険悪になってさ。五樹兄貴がやたら必死なんだよな。だからさ、変にこじれて血を見る前にどうにか二人を仲良くさせたいんだけど……」


「後継者争いでも仲良くていいの?」


「五樹兄貴が一番庭に執着してるんだけど……ぶっちゃけ、さっきみたいに『花を使役しえきする力』は七生兄貴のほうが強いからさ」


「ふうん。じゃ、看守は強い方がなるべきなのかな?」


「……たぶんな。父ちゃんも強い力を持った看守だったし」


「そうなんだ。でも強いとか、弱いとかどうやって決めるの? 西洋の騎士みたいに決闘するとか?」


「わかんね。新徳のおっちゃんでも知らないみたいだし」


「新徳社長って……君の親戚なんだよね?」


「ああ。俺の母ちゃんの兄貴なんだ。――兄貴たちは違うけどさ」


「それって……」


「実は俺と兄貴たちとでは母親が違うんだ。腹違いの兄弟ってやつだな。ちなみに兄貴たちのミドルネームは千崎だけど、俺は三斗・新徳・ナイト・フィリップス。一応うちの母ちゃんも看守ワーダーの血統なんだけど、俺にはなんの力もないんだ。――ああ、それと父ちゃんは日系イギリス人だから、見た目は日本人」


「そ、そうなんだ……」


「俺ってさ、年も離れてるし……忙しい母ちゃんにかわって、兄貴たちに育てられたんだ。だから兄貴たちは第二、第三のオヤジみたいなもんでさ。……仲が悪いとなんか放っとけねんだよな」


「……そっか」


「この先、フィリップス家のグループが分裂してもヤだし――ちょっと手伝ってくんね?」


「手伝うって……何を?」


 詩津が訊ねると、三斗は焦茶セピアの目を光らせる。


「実は俺、ちょっと作戦を考えてんだよね。でも一人で実行したら死ん――――怪我とかしそうだから、魔女の娘であるあんたの力を借りたいわけ」


「今、死ぬとか言いかけなかった?」


「いやいや、たぶん死んだりはしないと思う」


「たぶん? ……まさか、ここにある花を解放したりしないわよね?」


「惜しい。花じゃないんだ」


「君、何する気なのよ」


「二人の力を合わせて悪者退治大作戦――的な? 実はさ、こないだおっちゃんの書斎で面白い箱見つけて。古文書で調べたら、『悪魔の使い』が出てくる箱とかなんとかで……」


「あ、『悪魔』って! ――そんな変なもの、見つけないでよ」


「あはは。大丈夫だって、兄貴たちが力をあわせれば、簡単にやっつけられると思うし――たぶん」


「……この場合、止めた方がいいかな?」


「えー、ズッシーならやるっしょ? 悪魔だよ悪魔! 面白そうじゃねぇ? 角が生えた美形が登場するかもしれねぇぞ」


「や、やめて! それ以上変に想像力を刺激しないで!」


「俺さ、ガッコでは映像美術研究会に入っててさ、こないだコネで録音させてもらったパイプオルガンの演奏をBGMバックに流して、撮りたいんだよね。悪魔と戦う美形兄貴たち! 絶対なんか凄いって」


「……そそられる自分がいやだ」


「さあ、どうする? ズッシーってば、実はドラマだけじゃなくて、ファンタジーなんかも好きなんだろ? わかってるんだぜぇ」


「馬鹿にしないで! いくらあたしがドラマや映画が好きだからって、どんなネタにでも飛びつくと思ったら大間違いよ!」


「……だよなぁ」


 三斗の突飛でもない誘いを拒否する詩津。


 ――だが、その十秒後には「あたしは何をすればいいの?」と聞き返していた。

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