第18話 彼女の選択


「でもさ、でもさ……あたしそんなのどうやって決めればいいのかわかんないし、あたしみたいな……他人が決めちゃってもいいの?」


「庭の看守ってのはね、よその看守が決めるものなのよ。まあ、あんたの場合、正式な看守じゃないんだけどさ」


「じゃあさ、決める基準はなんなの?」


「そんなもんナイわよ。あんたの考えでテキトーに決めなさい」


 糸杉が荒らした痕跡を眺める詩津。半壊の食堂を見れば、頬を汗が伝う。


「適当とか、無理だから! こんな――凄いお城の主人を決めるんでしょ? せ、せめて前回の選定者さんが何をポイントに決めたのか、ヒントを……」


 詩津が泣きそうな顔で救いを求めると、新徳が困ったように言った。


「悪いね。城主が代々どういった基準で決められてきたかは、私にもわからないんだよ。ルールがあるわけでもない……。わかるのは――看守を決めるなら、知らない他人が適しているという事実だけだ。私情をはさまず公正な視点で判断できる君にお願いしたい」


「あたし、植物とか詳しくありませんし! てか、なんで杜季ねぇじゃないのよ」


「あたしは観光で忙しいのよ。あんたも将来は看守なんだし、今のうちに勉強してもイイじゃん? まあ――頑張れ」


 杜季は言葉とは裏腹にやる気のないガッツポーズを作る。


「看守ってなんなのよ――あたしは将来……普通のOLになって、最新のブルーレイデッキ買って、一週間分のドラマ録画して、休日はドラマの編集しまくるんだからね! 看守なんてわけわかんない職業――――絶ッ対無理!」


「……あんたそれ、編集したやつはいつ見るのよ――まあいいわ。だから、あんたのそのみみっちい幸せのためにも、今回の仕事は引き受けろよ」


「どういう意味よ」


「看守選びの報酬に、残ったイケメンの一人を貰って、あんたのダンナにするかもしれないから」


「は、はぁあ?」


「あたしは……ぶっちゃけ、あんたの将来が不安なのよ。……だから、イケメンかつ、高給かつ、看守の仕事に理解があって……やっぱりイケメンがいいのよ。イケメンセレブ捕まえて主婦になっちゃえば、ドラマなんて見放題でしょうが」


「イケメンはお土産じゃないでしょ! そういう感覚で人を連れて帰るのはやめて――」


「俺は別にかまわねぇけど?」


 杜季のマイペースさに苛立ちを募らせた詩津が、頭をぐしゃぐしゃにして唸っていると――ふいに三斗がぽつりと落とした。


 詩津は大きな目をいっそう丸く開いて三斗を凝視する。


「……み、三斗君?」


「俺、庭は好きだけど、城じゃなくてもいいし。領地くれんなら、どこにでも行くよ」


「領地って……」


「だって俺、後継者の素質なんてねぇし」


「なんで?」


 詩津は目を瞬かせる。


「残念ながら、兄貴たちみたいな――花を操る力、俺だけは持ってないんだよな。だから継承権からも遠いんだ」


「……そうなんだ」


「――魔女が直々に支配する庭とは、なかなか興味深い」


「な、な七生さん?」


「珍種の花があるというのも気になるところだ。この城の庭よりも得がたい力を手に入れられるんじゃないのか?」


 七生が詩津に向かって意味深な笑みを向けると、五樹は少し尖った視線を兄に向けた。


「――兄さんはこの城がどうなってもいいみたいだね。まあいい。兄さんがその気なら、庭は僕がもらうから」


 いつになく厳しい五樹に、七生はかぶりを振る。


「そういうわけじゃない」


「僕は自力であなたに勝ってみせる」


 今まで詩津が抱いていた五樹の柔らかい印象とは違い、青銅ブロンズの瞳には強い意志が宿っていた。そんな五樹に見据えられ、七生は困った顔をする。


 後継者争いといっても、五樹が一方的に七生を敵視しているようだった。


「妹よ、あとはあんたに任せるから、適当に城内観光でもなんでも、そこの兄弟たちとしてきなさい。後継者選定の準備もかねて」


「え」


 こんな見知らぬ土地の不思議な城に大切な娘(?)を放置するのかと、抗議する前に三斗が子供のように勢いよく挙手した。


「はいはーい! 俺っち暇だから案内するし。――なあなあ、ズッシーに見せたいとこあるんだけど、一緒に行かね?」


「……見せたいところ?」


「おう。さっきから話題になってる、この城の『悦びの庭プレザンス』――俺たちの大事な庭に招待するぜ」


 三斗は詩津の隣に立つと、人懐っこい笑みを近づけた。並ぶと身長がほとんど変わらない。


「……………い、いいけど」


 状況に圧倒されっぱなしの詩津はすでに気持ちがすっかり疲弊していたが、これ以上杜季と言い合う気にもなれず――気後れしながらも頷いた。


「きーまり!」


 詩津は杜季や他の人たちの顔を振り返りながらも、腕をひかれるままに、食堂を離脱したのだった。



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