第17話 糸杉の急襲


「条件、とは?」


 周囲に複雑な空気が漂う中、老人が訊ねると、杜季はわざとらしく足を組み替える。


「そろそろ子離れの頃合いなのよね。――だから、後継者争いに負けた子の一人を、うちの庭にちょうだい。マンションのちっさいベランダだけど」


「なっ……たかだかマンションの庭に……フィリップス家の『看守ワーダー』候補を?」


「そうよ、悪い? うちの庭はやたら手がかかるのよ」


「日本の……それもマンションの庭に、わざわざ強い血統のフィリップス家を? 正気とは思えませんが」


「馬鹿げた話で悪かったわね」


「そんな小さなものを――守る必要があるのですか? 仮にあなたが守るのを放棄したところで、詩津さんだけでもじゅうぶん監視役は務まるのでは?」


「詩津は魔女の血統だけど、看守になれるかどうかはあたしにもわからないわ。ま、ここの後継者を選定するくらいの力はあるだろうけど」


「……なるほど、そういうことですか。詩津さんの教育係が欲しいと?」


「そんなとこね。私も色々と忙しいし、この子にばかり構ってられないのよ」


「それなら、教育係としてお貸しする方向で……」


「何度も言わせないで。あたしが一人貰うっつったら貰うのよ」


「それは養子に欲しいということですか?」


「だからうちの看守にくれって言ってんでしょうが。どいつもこいつも頭固いわねぇ。それにあんた、うちの庭のことさんざんけなしてくれてるけど、うちにはそんじょそこらにはない、特別な花だってあるんだからね」


「特別な花……とは?」


 新徳は訝しげに眉間を寄せ、杜季を凝視した。


 杜季はちょっと得意げに鼻を高くする。


「それ以上は言えないわ。うちの看守になってくれたコにだけ教えてあげる」


 杜季が笑いかけると、三兄弟は互いに顔を見合う。


 自宅の庭には、詩都でさえ知らない事情があるらしい。


 詩津が難しい顔で考え込んでいると、ふいに七生が不敵に笑う。


「――まだ信じられないというのなら、お前が置かれている現実を今から見せてやる」


 言うと同時に、七生の雰囲気が変わる。伝わってきたのは、微かな緊張感だった。


 七生が視線を向けた出入口を、つられるようにして詩津も見れば、遠くから地響きのような音が聞こえた。


 地響きは次第に強まり――扉の向こう側でピタリと止んだ。


 が、――――突然、踏み倒すように食堂のドアが割り開かれた。車が衝突したような轟音。次にドスンと、重い音が足元を抜けた。


 詩津は思わず立ちあがる。扉はいつの間にか、紙を裂くようにあっさり潰れていた。


 詩都が茫然と立つ中、七生も静かに立ち上がり、その恐るべき乱入者と向かいあった。


 食堂に押し入ってきたそれは、クリスマスツリーでお馴染の、大きな糸杉の木だった。


 根っこをタコ足のように波打たせてやってきた糸杉は、伸ばした枝の一部を、食堂のテーブルに叩きつけた。


 食器が粉砕し、テーブルが崩れる寸前で、着席者はいっせいに立ち上がる。


 船上の恐怖どころではなかった。


 パンジーとはサイズが違いすぎた。規格外の植物が動いているため、恐怖を通り越して詩津はすっかり目を丸くする。


 小さなパンジーであれだけの脅威なのだ。天井すら届く糸杉の破壊力は未知数だった。


 だが落ち着いた様子で前に出た七生は、糸杉に向かって掌を掲げた。


「我、季節の加護のもとに支配せぬ。祖を説き伏すは―――」


 ――――――天使の子、brassia oleracea!


 七生が何かを唱えると、巨大な緑の花弁が地面を突き破って開いた。


 花弁は糸杉を包み込み、皆の目から糸杉を隠す。次第に数を増やす緑の花弁は幾重にも重なって、丸くなる。


「え? え? あれって――――――キャベツ? でっか! な、何がどうなってるの?」


 薔薇のようにも見えるそれは、野菜の中でもポピュラーな、あのキャベツだった。


 そんな詩津の疑問を杜季が拾う。


「正解。こいつらはね、城にある『聖樹の庭ガーデンオブセフィロト』を護るかわりに、庭の植物を使役することができるのよ。まぁ、まだ正式な後継者は決まってないから、制限はあるだろうけど」


「植物の……力……」


 詩津は糸杉を包み込む巨大で鮮やかなキャベツを見あげた。


 キャベツは糸杉を畳むようにして飲み込むと――音もなく消えた。


 残ったのは、破壊の跡だけだ。


「…………もしかして、船上の窃盗団も……この力を使って捕まえたんですか?」


 詩津が思いつきで訊ねると、七生が口の端をあげる。


「そうだ。間抜けなお前にしてはよく気がついたな。だがあの時――船上ではキャベツを召喚したわけじゃない」


 七生の続きを五樹が汲む。


「僕が少々、しびれ効果のある薬草を使ったんだ」


「……色々と、凄いんですね」


 凄いと言うにはレベルが違いすぎたが、詩津はそれ以上の言葉が思いつかなかった。


 常識を超えた出来事を前にして、もう杜季の話を否定しようがない。詩津の頭に、『諦め』の二文字がちらついた。


「看守のお仕事も見たことだし、大まかなことはわかったかしらぁ? あとはあんたの考えで『聖樹の看守セフィロト・ワーダー』を決めなさい」


「ほ、本当にあたしが決めるの?」


「さっきもそう言ったでしょ。あんたはこの城の後継者を決める選定者として招かれたのよ」



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