第13話 新しい旅への招待


「……招待状、ですか?」


 突然手渡された手紙を見て、詩津しづが怪訝な顔で訊ねると、五樹いつきが説明を始めた。


「ああ。船上オークションの代わりに、うちがイギリスで所有している古城のツアーを開催することが決まったんだ。人命救助のお礼もかねて、新徳しんとく氏は君を特別室に招待したいそうだ」


「……は? そんな、困ります……私、海外なんて行ったことないし」


「うちのスタッフは皆優秀だから、日本語も完璧だよ。なんなら、ご家族やお友達を誘ってくれても構わないし」


「でも……学校だって————あ」


 高校生の身分を秘密にしていた詩津は、学校のことを言いかけて、口を押さえた。


 だが、詩津の内心など筒抜けだったらしい。


「あんた、実は高校生くらいなんだろ?」


 三斗が何もかもわかっているとばかりにニヤニヤしながら言った。


 嘘をつき通す自信のない詩津は観念し、躊躇いがちに頷いた。言動や行動から、まだ子供らしさが抜けていないことは、詩津も自覚している。バレるものはバレるのだ。


「——はい」


「そんなに怯えないで。本当はね……君が杜季ときさんの代理で来たことは最初から知っていたんだ」


 五樹は申し訳なさそうに笑ってこめかみを掻く。


「そ、そうなんですか? じゃあもしかして、杜季ねぇ——姉のお知りあいだったんですか?」


「いや、直接の面識はないんだ。七生ななお兄さんは会ったことがあるみたいだけど。……杜季さんってやっぱり君みたいな人なのかな?」


 新徳のふりをしてからかったのも、杜季あねの知り合いだからだろうか? ——などと思うもの、その後に続いた言葉にひっかかり、小さな疑問はかき消された。


 ————私みたいな人? そんなわけがない!


 杜季のことを訊ねられた時は、試練の時でもあった。こういった場合、耳の奥がかゆくなる程度には暴君あねを持ちあげなければいけないのである。


 ただ、あまりに本人とかけ離れたことを言いすぎれば、それが逆効果になる場合もある。この先、五樹が本人と会う可能性もあるわけで、あの女王バリのキャラクターを前にした時、どんな反応をするともわからない。


 結局、無難に乗り切るしかないのである。


 そうこう考え、いつの間にか難しい顔をしていた詩津に、五樹は軽く笑う。


「……詩津ちゃんはお姉さんが苦手なの?」


 苦手というレベルではないんです——とは言えず、詩津は笑顔を繕う。


「いえ、姉をどう説明すればいいのか——じゃない……姉と似ているかと言えば、きっと似てないと思いますが……むしろ似てないと思いたいんですが————や」


 考えすぎたのがよくなかったのだろう。詩津の頭はすっかり混乱し、思ったままを喋ってしまっていた。


 顔面蒼白の詩津を、三斗が憐れみを込めた目で見つめている。


「お前、よっぽど姉ちゃんのこと嫌いなんだな……」


 三斗に指摘され、詩津は内心泣きそうになりながら慌てて訂正する。


「違うんです! 姉は私よりも頭が良くてなんでも出来ますし……じ、自慢の姉なんです!」


 言い切ったはいいが、詩津の語尾はかすれていた。


「無理しなくていいんだぞぉ、本人の前では言わねぇし」


「……お願いです、これ以上姉の話題はやめてください……」


 繕いきれなくなって懇願すると、仏頂面の七生が話を変えた。


「俺はお前の姉のことなんかどうでもいい。そんなことよりも、うちの城に来るのか、来ないのか?」


 話題は変わったもの——まるで参加しなければ恐ろしい制裁が待ち受けているかのように、七生が高圧的な目で詩津に返答を迫った。


 姉の承諾がなければ遠出すらできない詩津は、答えられず黙りこむ。


 そんな詩津に五樹が助け舟を出した。


「とりあえず、君は未成年だから——保護者の承諾が必要だね」


 だが五樹の言葉にも、七生は険しい顔を崩さない。


「新徳氏の招待を断れば、将来困ることになりかねないぞ。あの人はあれでも——」


「相手は未成年だよ? そんなくだらないことで権力に訴えたりはしないと思うよ。就職を潰すなんて大人げないこと、たぶんしないと思うけど」


 五樹がにっこりと笑いながら恐ろしいことを言うと、三斗みとがさらにつけ加えた。


「就職の前に、大学だろ。あの人、女子供にも容赦ねぇしなぁ……」


 詩津の顔が再び青くなる。社長の機嫌を損ねることが、自分の将来に結び付くなど、考えもしなかった。


 ————これを脅しと言わないだろうか? と思うもの、家族にまでとばっちりがあるとすれば(特に姉)、NOとは言えるはずもなく。


「……あの……ぜひ、参加、させて頂きます……たぶん」


 我が家の女王様にはなんと報告すれば良いのだろう——内心汗まみれの詩津は消え入りそうな声で言った。


 海外旅行だろうがなんだろうが、杜季が気にいらなければ、間違いなく詩津にきつくあたるだろう。


 そもそも友達同士で旅行することすら、今まで許してもらえたことがなかった。


 多忙な両親はともかく、面倒くさがりな杜季が保護者として同行するなど有り得ず。優しい長女瑠花るかなら、まだ望みはあるのかもしれない。


 旅行の承諾以前に、今回の件を杜季に伝えた時、何がおこるのかは想像もつかないのであって——否、予想のはるか上を行く傍若無人が杜季なのだ。


 姉のことを考えながら一人暗くなる詩津だが、そんな彼女をよそに五樹は勝手に話をすすめた。


「ありがとう。未成年なら、保護者の承諾は絶対必要だから————パスポートの手配も早めにお願いできるかな。


 あと同乗予定の保護者の方のことも教えてね。イギリスではゲストとして最高のおもてなしをさせてもらうよ」


「…………はい」


 ヨーロッパの古城に招待してもらえるとなれば、夢見がちな詩津じゃなくても興奮するものだろう。


 だが詩津の場合どうしても杜季の顔が浮かんでしまい、気分をプラスの方向へ持っていくのは難しかった。


 せめて杜季が窃盗団や人喰い花の事件に巻き込まれた詩津の船旅バイトに同情し、家庭内での報復を最小限におさえてもらうことを祈るばかりだった。

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