第8話 胡散臭い男たち



「……本当はお若いんですね」


 詩津しづが思いついたままを口にすると、青年一同は顔を見合わせ、盛大に吹き出した。


「面白いなぁ。君みたいな子、一家に一匹欲しいよね。すごくなごむんだけど」


 犬か猫のように言われて、詩津はむっとする。


 だがその反応すら面白がるように、青銅ブロンズの髪をした青年は、口を尖らせた詩津の頭に軽く手を乗せた。


 なんとなく気分が悪い詩津は、青年の手を煙たげに払う。


「……それであなた方は一体なんなんですか? 心臓発作は嘘だったんですか?」


 地球上最強の鈍感、と杜季ときに称されている詩津も、ようやく相手が身分を偽っていた事実に気づいた。それでも連れて来られた理由はさっぱりわからない。


 詩津は苛立ちをおぼえ、ふくれ面でいると、さっきまで自称・新徳だった青年が申し訳なさそうに苦笑する。


「ごめんね、君を放置したままにしちゃって。こんなところにいきなり連れてこられて、びっくりしたよね? 悪気はなかったんだけど、君があんまり面白——素直な子だから、ちょっとだけ調子に乗っちゃったかな。……でも、僕が何者か知りたいよね? 改めて自己紹介させてもらうよ。僕は五樹いつき千崎せんざき・ナイト・フィリップス。隣にいる不遜な男——七生ななおの弟で、彼と同じくウイングス・アローコーポレーションの役員をやっているんだ。騙してごめんね。それと、君を連れてきた理由だけど……新徳しんとく沖高おきたか——君も名前くらいは知っていると思うけど、うちの親会社の社長ね。僕の伯父にあたる人なんだけど……その人から君を連れてくるようお達しがあって、ここに連れてこさせてもらったんだ——」


 五樹は自分の名刺を詩津に手渡す。


 すっかり騙された詩津はうろんげな目で名刺を凝視し、スマホで密かに素性を確認する。確かに間違いはないようだ。


「俺のどこが不遜だ」


 七生ななおが不服そうに呟くと、「そういうところがだよ」と五樹が目を細める。


「…………じゃあ……発作もお芝居だったんですね?」


「ごめんね。病人だなんて嘘つくなんて本当にひどいよね。でも若い男がいきなり声をかけても、不審に思われるから、慎重に行動させてもらったんだ」


 どこが慎重なんだろう——と言いたいところだが、話が進まなくなりそうなのであえて指摘せず、詩津はおそるおそる訊ねる。


「……私は社長さんとは面識ないと思うんですが……別の方と勘違いされてませんか?」


「いや、君だよ。賀川詩津さん。履歴書では二十歳ハタチになってたけど——実際はもっと下だよね? ああ、別に年齢を誤魔化してるからどうこうしようってわけじゃないよ。僕たちはただ、君の情報をより多く必要としているだけだから」


「……本当によくわかりません。どうして私なんかの情報が必要なんですか?」


「——あのジジイ、こんな孫みたいな年のコを見染めたとか、そういうわけじゃねぇだろうな」


 赤髪の少年が不快げな顔で口を挟む。


「馬鹿か。あの人がそんな単純な人間だと思うか?」


 五樹いつきのかわりに七生ななおが返すと、赤髪の少年は複雑な顔で「だって……」と言葉を濁す。


「こら、三斗みと。これ以上、彼女が混乱するようなことを言うんじゃないよ。——詩津さん、こいつの勝手な妄想を真に受けないでね」


「それで結局……私はどういう理由でここに呼ばれたんですか……?」


 面識のない人間に呼び出される理由など思いつくはずもなく、詩津は無意識のうちに顔が強張る。


「そんな怖い顔しないで? 伯父はちょっと変わってるけど、個人を非難するために呼びつけるような人じゃないから。理由はこれからちゃんと話すよ……だからもっと気楽に、ね?」


 五樹は詩津を落ち着かせるように優しく微笑みかける。


 すると、不思議と詩津の胸の奥がふわっと和らいだ。


 鋭く切れ上がった双眸が常に威嚇しているようにも見える七生とは違い、五樹には老若男女問わず好かれそうな柔和な印象があった。しかも笑顔になると、いっそう空気が優しくなるようだ。


「で、君をここに招いた理由なんだけど——君、伯父の花で怪我をしたそうじゃないか」


「花? ——もしかして、オークションの出品物に混じってた、あのパンジーのことですか?」


 詩津はパートナーの槌田つちだがひっかけてしまった一輪挿しを思い出して、同じくその場に居合わせた七生を見あげた。


 ————口外しないとは言ってたけど、やっぱり報告したのかな。


 詩津は少し苦い気持ちになる。パンジーの花に触れたのは、自分たちスタッフの過失ではあるが、密告されたのかと思うと、少しだけ裏切られたような気持ちになる。


 だが詩津の曇った表情から内心を読み取った七生は、心外だといわんばかりに眉間みけんを寄せた。


「——俺は何も言ってないぞ」


「……え?」


 詩津は目を瞬かせる。説明を乞うように五樹を見あげると、五樹は優しい笑みでこたえてくれた。


「七生は関係ないよ。伯父は私物のパンジーを探していたなりゆきで、警備員から君たちの話を聞いたそうだ。あれは特別で、とても危険な花だから申し訳ないことをしたって」


「そうでしたか……すみません」


 詩津が肩を竦めると、傲岸不遜な男はフンと顔を背けた。詩津はますます小さくなる。


 むやみに疑ってしまったことを後悔し、詩津は暗く項垂うなだれる。二度も助けてもらったというのに(少々問題はあったが)、恩を仇で返してしまったようで申し訳なさいっぱいだ。


「こらこら七生兄さん、女の子には優しくね」


「えぇ~、女の子だけに優しいってのは、男女差別じゃね?」 


「三斗も変な横槍をいれるんじゃない。話の腰を折らないでくれ——とにかく、そういうわけだから、ランチに招待したのは君へのお詫びということで。本来なら伯父が直接会いに来たかったみたいだけど、スケジュールの都合がつかなくて、僕が代理を引き受けたんだ。ちなみに他の二人は勝手にやってきたオマケだからね」


「……でも、それなら槌田つちださんも一緒に……」


「いや、怪我をしたのは君だから」


「私、怪我なんてしてません」


「指に棘が刺さったと言っていただろうが」


 現場にいた七生が口をはさんだ。


 だが詩津はどう考えても納得がいかない。たかが棘ほどの怪我だ。


「そんなかすり傷にもならない傷くらいで……こんな豪華な食事に呼ばれるなんて……どう考えたっておかしいと思います」


 七生たちと話をしている間に、詩津の前には頼んでもいない料理が次々と用意されていた。細長い重箱に少しずつ盛られた豆腐中心の懐石料理は、秋の紅葉をイメージしているらしく、目にも鮮やかだ。いつの間に注文したのだろう。


 高級懐石が気になりながらも、素直に受け取れない詩津が目をうろうろさせていると、五樹はそんな詩都を興味深げに見ながら微笑む。


「頼んじゃったものをさげるわけにもいかないし、気兼ねなく食べてね。……ちなみに、パンジーには棘なんてないよ」


「え? でも、私は確かに……」


「それがあの花の危険なところなんだ。チクリ、ぐらいで済んでよかったね」


「それはどういう意味ですか?」


 詩津の背筋に何か冷たいものが走り、思わず固唾を飲む。

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