第38話 どうして寄付をするのか? 寄付を求めるのか?
「ここで気にしておいてほしいのが、働いて価値を提供してお金を得るという形だけでは、解決できない問題が世の中に多くあるってことだ。自然災害なんかは、自分たちの力ではどうにもならないことだし、治療法が確立していない病気もたくさんある。多くの人たちから少しずつお金を集めることで、そういった問題に挑めることができると思わないかい?」
パパは、二人に問いかけた。
「……あ、さっきパパが言っていた、『リターンを期待しない投資』っていうのが、なんかわかってきた気がする。お金の使い方は、前に『消費』にも『投資』にも意味づけられると教えてもらったよね。あれと同じなんだ、きっと。人によっては、『寄付』は『投資』なんだ」
ハルは、何かに気づいたようだ。
「そのとおり。『投資』だと思って募金をしている人はいる。それも、自分に返ってこなくてもいいと思っているんだ。大げさな言い方かもしれないけど、社会や世の中にリターンが返ってくればと考えているんだ。例えば、がんや難病の治療の研究とかに『寄付』するのが分かりやすいかもしれない。病気を克服する手段が見つかれば、多くの人の命を救うことができるだろう。それは必ずしも自分だけではない社会全体に大きなリターンになるよね。世の中を良い方向に進ませるために、お金というエネルギーを『投資』するわけだ」
「なるほど。でもね、パパ。人の役に立つというか、価値を提供してお金を得るのがほとんどの人の目的よ。苦労して得たお金の一部を、『寄付』するのって、もったいないって思う人もいるよ、きっと」
カノは、基本にしたがった考え方を提示する。
「そうだよ。生きていくためにはお金が不可欠だし」
ハルも同意した。
「そういう考え方の人もいるだろうね。決して間違ってもいないだろう。でも、二人に覚えて欲しいのは、どういう気持ちでお金を使うかなんだ。感謝の気持ちをこめてお金を使うこともできるし、イヤイヤお金を払うように使うこともできる。ところで、働いたことで自分の手元に来たお金は、元々どういうものだったのだろうか? 誰かに価値を提供して、お金と交換してもらえるわけだよね。自分に対して感謝の気持ちがこめられて、相手が支払ってくれたと考えるとどうだろう。お金は価値と交換してもらって得られるけど、そこには感謝の気持ちが一緒にそえられていると考えるんだ」
「相手に価値を提供するから、お金と一緒に感謝もしてもらえているんだよね……」
ハルが、パパの言ったことを噛みしめるように言った。
「そのお金を、生活のためでも、『寄付』のためでも、感謝のバトンを渡すように使ってみることが大事だと思う」
「お金が渡っていく先に、感謝をするの?」
「すこし話が『寄付』からそれてしまうけど、本来、お金というのは社会的な取り決めのツールにすぎない。それを相手に渡すことで、自分は何かしらの成果を受け取ることができるよね。その成果というのは、自分ではできないことだったり、やるとしたら時間がとてもかかることだったりするわけだ。だから、代わりにそういったものを用意してくれてありがとうと、感謝の気持ちをそえてお金を払う」
「……あ、そうか。進んで寄付をする人たちは、『寄付』されたお金の使い方に賛成していて、自分の代わりにそういった活動をしてくれて、ありがとうと感謝しているんだ。ちょっとややこしいけど。」
ハルは、納得したようだ。
「そうだよ。だから、『寄付』を受け取る人たちは、その善意と感謝をいつも受け取ってもいるだろう。『寄付』をしてくれた人たちへは何も返せないけれど、社会にとって問題となっていることに果敢に挑むことができる。そう考えると、自分が得て貯めたきたお金というエネルギーを、自分の安心のために取っておいてもいいし、その一部を世の中の問題を解決するのに使ってみたって良いとわかるね」
「一人ひとりの時間は有限だから、できることに限りがあるんだよね。だから、お金を『寄付』することで、代わりをお願いしているんだね」
ハルは、パパの顔を見て、にこやかに言った。
「『寄付』を受け取って、何かしらの社会的問題に取り組んでいる団体は、みんなの代わりに挑んでいるとも言える」
「パパの今日のお話で、いままでわたしは『募金』を何も考えずにしていたって気づいたよ。『寄付』の仕組みって、面白いしステキね」
カノは、嬉しそうな顔をしている。
「『寄付』の仕組みはわかってきたけど、どうしてお金を求めるのだろう。ボランティアで働いてもらうという方法もあるよね」
ハルは、次の疑問を述べた。
「『寄付』を受け取る団体は、どうしてお金を求めるのか? ハルくん、それは素晴らしい質問だ」
「ね、ボランティアって何?」
カノは、知らない言葉を確認したかった。
「自分から進んで、今話してきた社会活動や慈善活動に無償で参加する人のことだよ。無償、つまり働いてもお金をもらわない形だね」
「あ、お金を『寄付』しない代わりに、お手伝いをするのね」
「難病の治療方法を探すといった社会的な問題に挑むとき、そこには専門的な知識を持った人が不可欠だ。その人たちがボランティアとして無償で働いてくれたら、非常にありがたいことだろう。でもね、その人たちだって社会の一員だ。生活をしていくのに、お金は必要ではないかな?」
「あ、なるほど。そっかぁ」
ハルは、うなずく。
「お金の問題は大事でしょ? もちろん、震災被害の復旧のためといった事態に、学生さんをはじめとしたボランティアの人力パワーも強力だよ。でも、お金は……もっと強力だと、パパは考える」
「人の力よりも、お金の方が強力なの?」
カノは、なんだか納得いかない顔をしている。
「より正確にいうと、便利といった方がいいかもしれない。第一に、お金はいろいろなものと交換することができる。つまり、活動をする上で必要な物資を買うこともできるし、専門的な知識を持った人を雇うこともできる。さまざま使い方ができるんだね」
「あ、確かに、そのとおりだわ。お金というツールの特徴ね」
「それから第二に、人と違って、お金の移動は楽なことが多い。震災の被害が発生して、そこの近隣からボランティアを集めることは難しくないだろうけれど、遠くの人がボランティアで被災地に行くのは大変だよね。交通費もかかるし、時間もかかる」
「ここでもお金の特徴なんだね。持ち運びが楽だもんなぁ。銀行を経由すれば、時間もかからない」
ハルは、気づいたことを述べる。
「第三にお金は保存がきく。ボランティアの人の場合は、やはりその人たち自身の生活がある。それに比べると、お金という形でエネルギーを持っているのであれば、必要な時にお金を支払って、誰かにやってもらえる。その形の方が長期的な活動の管理がしやすいね」
「そっかぁ。お金の特徴を考えると、『寄付』はお金の形で求めた方がいろいろ良い点があるんだね」
「それに、お金というものだと規模も測りやすい。自分たちの活動は、毎年どれくらいの金額がかかっているのかと算出できるのは、大事だ。まぁ、これは会社といったビジネスをやる組織でも同じだけれど」
「慈善活動で何かの問題に取り組むのにも、やっぱりお金って欠かせないのだね」
ハルは、うなずきながら言った。
「お金って気持ちを表したり、いろいろな使い道があったりで、面白いわ」
カノも感想を述べた。それを受けて、パパがカノに伝える。
「以前、じいじやばあばから、おこづかいをもらうことを、カノちゃんは不思議だと言っていたね。カノちゃんから何も買わないのにって」
「うん。言ってたと思う。あ、それも『寄付』みたいなものなのね!」
「そうだよ。じいじやばあばは、カノちゃんに『寄付』しているのさ。好きな様にお金を使ってほしいと思っているけれど、同時にそのお金で、賢くなってほしい、成長してほしいと思っているのさ」
カノとハルの顔が、明るくなる。
「そっか。……うれしいな。もらったおこづかい、大切に使わないといけないね」
「今日のお話はここまでにしよう。日がかげって、寒くなってきたしね。さぁ、家に帰ろう」
パパは、両手で二の腕をさすりながら言った。
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