第37話 リターンを期待しない投資

「もうひとつはね、『リターンを期待しない投資』だよ」


 パパは、人差し指を立てて、そう言った。


「あらー、こっちも『ない』のね」


「あれ、おかしいよ。投資はリターンを期待してするものではないの? 将来、もっと多くのお金になって返ってくることを期待するんでしょ?」


 ハルは、学んできたことと矛盾していることに気づいた。


「ハルくんの言うとおり、投資は将来のリターンを期待してするものだね。でも、『寄付』はその将来のリターンを期待しないものと考えられる。もっと言うと、リターンが、自分に返って来なくてもいいと思っているものだとも言える」


「うーん……どういうことだろー?」


 カノは、首を傾げて考え込んでいる


「みんな、お金は欲しい。投資は、将来大きなお金になって自分のところに戻ってくることを期待するもの。なのに、『寄付』の場合は、自分のところに戻ってこなくてもいいってこと? 自分の得にならないのに、なんで『寄付』するんだろう? さっきの『何も買わない消費』の方が、まだ理解できるよ」


 ハルは、納得いかないと伝える。


「そうだなぁ。あえて言うと、リターンが分からない投資かな。通常の投資は、目に見えたリターンが手に入る。お金が増えるとかね。それから、自分に投資をすることで、知識が増えたことを実感できるとか、今までできなかったことができるスキルとかだろう。でも、『寄付』した結果、自分にどんなリターンが返ってきたのかは、ほとんど分からない。ある意味、リターンを捨てる投資とも言えるかもね」


 パパは、静かな声で説明した。


「ふーん。なんか変なの。だって、そんなんじゃ、だれも『投資』したいなんって思わないんじゃないかなー」


 カノも納得していないようだ。


「そうだよね。『寄付』を『投資』としてみるのは、ぼくもなんか納得いかないなぁ。リターンとリスクを考えて、『投資』をするものだと思う。失敗するかもしれないけど、成功したらお金が増えたるといった良いことが起きるものなんだよね。リターンが分からないのでは、『寄付』というお金の使い方と、『投資』は合わないような気がする……」


「二人とも、なかなかしっかり考えられるようになってきたね。でも、『寄付』を『投資』と考えている大人は多いと思うけどなぁ。まぁ、すこしずつ説明していこう。今日のお話の終わりに、『寄付』は『投資』のひとつだと分かってもらえると思う」


 パパは、自信を持った顔で言う。


「そもそも、みんな、どうして『寄付』をするのかな?」


 カノは、確認する。


「それは、さっきの話に出てきた、『寄付』の相手が好きだとか、その活動を応援したいからだよね」


 ハルが、説明する。


「あ、それはそうなんだけど……。どうして、そういう気持ちになるのかなぁ。だって、お金はみんなが欲しいものよ。少ないお金でも、進んであげてもいいって思うのはどうしてだろー?」


 カノは、不思議に思っていることを伝えた。


「……うーん。そう言われると、不思議かも。」


「『寄付』をする相手に好意を持ち、その活動を応援したくなるのは……。その人たちの活動が、社会や人に役立つためだとわかるからだね。例えば、環境保全のために森林を守ろうとか、貧しい国で病気が流行らないように予防接種を用意するとか、病気の子どもたちの治療を支援するとかね」


「あ、確かにそうね。わたしがした、わんこの募金も里親探しだったもの。見つからなかったら、保健所で処分されるって聞いてかわいそうって思った」


「世の中には、まだまだ困っている人たちがいる。困った問題がある。慈善活動は、それらをなんとかしようと活動していること。そこで頑張っている人たちを知ると、応援したくなるものだ。でもね、みんながみんな、そういった気持ちになるとは限らない」


 パパは、一息入れて続ける。


「例えば、カノちゃんはわんこが好きで里親探しの募金をしたけど、犬が苦手だったり嫌いだったりする人は、おそらくそういった『募金』には協力しないだろう。遠い国の貧しい事情を知ったとしても、よくわからないと思う人もいるだろう。でも、そんな人たちでも、自分たちの国の中で震災の被害にあった人たちを助けたいと思うかもしれない。子どもを育てている親御さんは、病気で苦しむ子どもたちを支援する『募金』には、人ごととは思えず協力するかもしれない。それぞれの活動は、素晴らしいことが多いのだけど、『募金』をする人たちが、そのことに興味を持つかは別だろうね」


「そっかぁ。たしかに。森を守りましょうと言われても、わたしはまだよくわからないなぁ」


「……でもさ、その困った問題を解決しようとしている人たちは、お仕事としてやっているのだよね? 何かしらの価値を提供して、お金をもらうサービスとして成り立てば、『寄付』や『募金』でお金を集める必要はないのでは?」


 ハルが、疑問を提示した。


「お、それは、なかなかするどい指摘だね。何かものを作るとか、何かをしてあげるサービスとかには、必ず、それによって得をする人がいる。その商品やサービスにお金を払った人だね。例えば、パソコンを買えば、その人はパソコンを手に入れて使うことができる。ツアー旅行を申し込めば、決められた旅行をサービスとして体験できる。何かしらの価値にお金を払う場合、お金を払う人とそれによって得をする人が一致しているのがほとんどだ。そして、その価値を提供した人が対価としてお金を得ることができるね。でも、素晴らしい活動だけど、『寄付』や『募金』でお金を集めないといけない場合は、これが一致していないんだ」


「うーん。ちょっと難しいよ。例えばどういうことなの?」


「よし、いくつか例をあげてみよう。貧しい国での感染症を防ぐために、予防接種が重要だ。だけど、その予防接種を受けて得をする人たちは貧しくて、予防接種のお金を払う余裕がない。じゃあ、貧しいからという理由で、感染症は放っておいていいのか? 違うよね。感染症での苦しみを一本の注射で防げるなら、どんなに良いだろう。『募金』で集めたお金で、予防接種を貧しい国の多くの人たちにプレゼントできれば、世の中は良い方向にいきそうだよね」


「うん。たくさんの命を助けることができそう」


 ハルは、うなずきながら言った。


「他にも、そうだなぁ。日本は自然災害が多い国だ。地震などの被害を受けた人たちは、その被害から立ち直るのに、お金がやはり必要だね。自然災害は多くのものを奪っていく。家といった資産を失ったら、それをまた手に入れないといけない。時に多くのお金がかかるだろうし、大事な人を失う事態になった人もいるかもしれない。その被害と痛みがすこしでも和らぐように、『募金』で集めたお金が使えたら素晴らしいはずだね」


「うん。お互い様だよね。わたしたちも、もしかしたら同じ目にあうかもしれないもん」

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