第29話 信用
「よし、今日の最後の話をしよう。『借金』をするのに、必要なことは何かを考えてみよう」
パパが、宣言した。
「さっき、『奨学金』は、成績がよい人が第一種というお得なものを選べるって言っていたよね。それと関係ある?」
ハルは、興味深そうな顔をして尋ねる。
「きっと、あるよー。だって、成績が良い人ってことは勉強をがんばっている人でしょ。きっとお金を借りても、がんばって返してくれるって思ってもらえるわ」
カノは、自分の意見を述べた。
「そう。それが『信用』だ。お金を借りたら、時間が経った後で返さないといけない。貸した人は、この人なら必ず返してくれるという安心がないと貸せないものだ。例えば、カノちゃんは、パパやお兄ちゃんになら、お気に入りのマンガ本を貸しても大丈夫でしょ?」
パパは、カノの顔を見て質問する。
「うん。それは大丈夫」
「でも、これが初めて会った人だったら、どうかな?」
「えー、それはダメ。たぶん貸さないわ。どんな人かわからないもの」
「お金を貸してもらう。つまり、借りるには……この人なら大丈夫という『信用』が必要なんだね」
パパは、説明した。
「『信用』かぁ。『奨学金』の場合は……勉強をがんばってきた人ってことか」
ハルが、つぶやくように言う。
「そのとおり。そもそも『奨学金』の目的は、成績が良いのだけど、家庭の金銭的な事情で進学できない子どもたちを助けるための制度だ。中身は『借金』なのだけど、勉強をとてもがんばっている人には、貸した金額をあとでそのまま返してもらえばいいとしているんだね。社会に出てもしっかりとした仕事に就いてくれるだろうし、きちんと毎月返してくれると期待できるからね。すこし成績が良くない人の場合は、貸した額にちょっと上乗せして返してもらうようになっている。これはどういうことかわかるかな?」
「『信用』っていうのが、なんだろう……えっと」
カノは、上手く表現できなくて、お兄ちゃんの顔を見た。
「あ、それが『価値』なんだよ、きっと。その人の『信用』という価値が高いほど、楽にお金を貸してもらえる。必ず返してもらえると、信じてくれるんだね。ちょっと奇妙だけど、『信用』も、お金で測れるのだと思う」
ハルは、自分の考えを説く。
「そう。お金を借りるには、自分の『信用』を示さないといけないんだ」
パパは、うなずきながら言った。
「なんか……なんでもお金で価値を測ってしまうのね。ちょっと怖いなぁ」
カノは、感想を述べる。
「お金を借りる時の『信用』って、他にどんなことがあるの? 社会に出てからだと……勉強をがんばっていますって、ちょっと違う気がするし」
詳しく聞きたくなったハルは、尋ねた。
「『信用』は、まずその人の仕事や勤め先から判断される場合があるね。例えば、大企業に勤めているサラリーマンは有利かな。どうしてだかわかるかい?」
「うーん。大きな会社に勤めていると『信用』されるのは……あ、きっとつぶれにくいからだわ。後でお金を返してもらうのに、きちんと働いてお金を稼げないといけないもんね」
「大企業に入れる人なら、その人が優れているって判断されることもあると思うよ。だから、『信用』される面もあるんじゃないかなぁ」
ハルは、自分の考えを付け足す。
「二人とも、よく考えたね。やはり評判の良いところで働いている人は、それだけ『信用』されやすい。安定した収入もあるだろうから、お金が返せなくなる心配も少ないから……貸してもいいって思ってもらえる」
「ねぇ、パパ、それだと逆に、あまり儲かっていない会社で働いていて、お給料も多くない場合は、『信用』も小さくなるのかな? そうすると、大きな金を借りることは難しくなるの?」
ハルは、奇妙に感じて質問した。
「そうなる可能性があるね。お金を貸す側の立場をもう一回考えてごらん。貸したお金がすこし増えて返してもらえるのを、望んでいるわけだよね。そうすると、お金をたくさん稼げる人に貸したら、すぐに返してもらえる可能性が高い。万が一、返してもらえないという事態も起きにくい」
パパは、一息入れて続ける。
「逆に、収入が少ない人に貸したら、その人の生活はもともと苦しいかもしれないし、そのせいで返えしてもらうのに時間がかかるかもしれない。最悪の場合、返ってこないかもしれない。お金を貸す側の不安が大きくなるね」
「じゃあ、お金をあまり稼げていない人が、それでも貸してもらいたいって場合はどうしたらいいの?」
カノが、不安そうに聞いてきた。
「その場合は、返すのに時間がかかるだろうから……お金をより高いお金で売ってもらうことになる。つまり、あとで返すお金が増えていいなら返してあげるという風になるんだ。これもお金を貸す側の立場から考えてみよう。『信用』が小さい、つまり貸したお金が返ってこない可能性がある。不安だ。その不安を消し去るには、すこし時間がかかってもいいから、もっと大金で返してもらうと約束すればいいじゃないかとなる。万が一、お金が戻ってこない可能性もあるけど、しっかり返してもらえれば、優秀な人に貸した場合よりも大きな儲けになるわけだね。これなら、貸してもいいと思う人が出てくるだろう?」
「うん。わかるよー。でもそうすると、ちょっと変だよね」
「そうだよ。お金を稼げる力がある人は、『借金』したとしてもリスクを少ないのに……お金に苦労しているかもしれない収入が少ない人ほど、お金を借りづらい。借りられたとしても、返すお金が高くなってしまって、リスクになる。お金に困る可能性が高い人ほど、お金を借りづらい。もし借りられたとしても、将来より多くのお金を返さないといけないって、ますますお金に困りそうだよ」
ハルは、奇妙さを指摘した。
「そう。二人とも気づいたね。『借金』の怖いところは、ここなんだ。自分の『信用』が少ないなら、大きなお金を借りてはいけない。無理して借りても、貸した側も借りた側も時として不幸になるからね。ここまではいいかな?」
パパは、確認する。
「うん。『借金』って、わたしはテレビのドラマとかで見ていた時には、なんだか怖いもの、大変なものだと思っていたけれど……」
「ほんとに怖いものなのかも……。あつかうのが大変なんだとわかったよ」
「『借金』のもう二つ怖いところも、今日は教えないといけない」
そう言って、パパはVサインをする。二つという意味だ。
「えっ、まだ他に怖いことがあるの?」
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