第26話 奨学金

「ぼくらが、将来、『借金』をする……かもしれないの?」


「えーっ、なんかイヤだよー。お金を損してしまうイメージがあるわ」


「まぁ、『借金』はしない方がもちろん良い。すべて自分の持っているお金でやりくりできれば、素晴らしいことだね。でも、時と場合によっては、『借金』というツールを使うこともあるわけだ」


「お金はツール。つまり道具って、パパは教えてくれたけど……」


 ハルは、つぶやく。


「そうだね。『借金』も道具だよ。そして、失敗する可能性が高いものでもある。失敗つまりリスクがあるということだ。それでも、長い人生の中で『借金』に頼ることもあるだろう。パパは、借金はいけませんと、頭から否定する気はないんだ。これも大事な社会の仕組みのひとつだから、きちんと理解してほしい。もし『借金』をするとなった場合でも、リスクを判断できる大人になってほしいんだ。ちゃんと計画立てて、うまく利用している大人もいるからね」


「大人になるには、社会の仕組みは知っておかないといけないってことかぁ」


 ハルの顔が少し真剣になった。


「パパ、わたしたちがするかもしれない『借金』は二つあるって言ったけど、どちらも大人になってからでしょ? つまり、働きだしてから。なんだか、先の話に思えちゃうよー」


「いや、そうでもない。二つのうちの一つは、働く前、社会に出る前からしてしまう『借金』なんだよ」


 パパは、諭すように言った。


「えっ! 働いてお金を稼いでもいない時から、『借金』をしちゃうの? そんなのありえないわ」


 カノは、驚いてふるふると首を横に振る。


「そうだよ。働いていないから、お金を返すあてもないのに」


「驚くのも無理はないね。でも、実際にたくさんの人が、その『借金』をしている。『奨学金しょうがくきん』というんだ。勉学にはげむためなら、お金を貸してくれるところがあるんだよ。パパも借りていたことがある。もうきちっと返し終えたけれどね」


「しょーがくきん? パパも借りていたの? でも、それをなんで借りないといけなかったの?」


「そもそも、その『奨学金』っていうのは何のためにあるの?」


 ハルは、尋ねた。


「おっと、質問攻めだなぁ。とりあえず、『奨学金』というものをまずは説明しよう。それを理解しないとパパが借りていた理由もよくわからないだろうからね。まず、『奨学金』を借りるのは、大学生や大学院生が多い。他にも短期大学や専門学校に進学する場合でも借りられる。つまり、社会に出る一歩手前くらいの時期だね。大学や大学院の学費はかなり高い。専門的な分野をしっかり学ぶことができるからね。それに、小学校や中学校のように近所にあるわけではない。受験して合格しても、家から遠いから一人暮らしをする学生もいる。そうすると、その生活費もかなりかかるだろう」


「大学などはお金がたくさんかかるんだね。だから、『奨学金』を借りるの?」


 ハルが、確認する。


「『奨学金』を借りるか、借りないかは、その家庭の事情によるね。裕福な家庭であれば、学費も子どもの一人暮らしの費用も用意できるだろう。逆に裕福でない家庭の場合は、『奨学金』を借りて学費や生活費の補助に使う。もちろん、大学生くらいになれば、アルバイトはできる。でも、それで稼ぐお金は、やはり限りがある。学生なら誰でもできる様な仕事のアルバイトだと、そんなに時給も高くないからね」


「うちはどうなのー? 借りないといけないの?」


 カノは、不安そうな顔で聞く。


「そうだよね、そこ気になるよ。将来の進路はまだ分からないけど、大学進学はあきらめてと言われたら、ちょっとショックかもしれない……」


「そこは……パパもママもがんばってきたよ。少しずつ、君たちの将来のためにお金を貯めてきている。二人が小さな頃からね。ママなんかは、おシャレなんかもガマンしているし、ものを大事に使っているだろう。家計のやりくりも上手にしていると思う」


「……。ちょっと安心した。それに……うれしいな」


 カノは、はにかんだ顔になる。


「うん……。勉強、がんばろうかな」


「それぞれの家庭の事情はある。持っているお金が足りなくても、なんとか進学したい希望をかなえるために、『奨学金』という制度があるんだ。実態は『借金』だとしてもね。もちろん、大学に進学してなくても成功した人たちは世の中にたくさんいる。だから、無理にでも大学に行くべきというわけではない。でも、自分が興味あることを専門的に深く学べる場所は大学などだね。専門的なことを深く学ぶ経験は、社会に出てからも大いに役立つ」


「ぼくは、なんとなく大学に行くんだろうなぁくらいしか考えたことないけど……。深く学ぶってことが、大事なんだね」

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