第7章 借金とは何だろう?

第24話 お金を、お金で買う

 日が陰るのが早くなった休日。


 カノの部屋に三人が集まった。ママは一階で夕飯の支度だ。美味しそうな匂いが二階の部屋まで届きはじめた。カノは自分の机のイスに座り、左へ右へとイスを回転させている。ハルは、ベッドに腰掛け、軽く背伸びをした。パパは床にしかれたカーペットの上であぐらをかいている。


「パパ、前に『買えるもの』について話をしてくれた時に、お金でお金を買うかって質問があったよね」


 ハルが、思い出して尋ねた。


「あ、えっと、一万五百円で一万円を買うことがありますかだっけ? そんなバカなことしないよって、言った覚えがあるわ」


 カノも、どうやら思い出したようだ。


「『借金』の話だったね」


「あの時は、テーマからそれてしまうから、別の機会に話そうねってなっていたでしょ」


 ハルが、確認する。


「あぁ……そうだった」


「今日は『借金』について、教えてほしいんだ。どうして『借金』をすることがあるのだろうって、ずっと疑問だったんだ」


「そうだよっ! そうだよっ! 一万五百円出して一万円を買うなんておかしいもの。今日こそ、その謎を解明しないと!」


 カノは、お兄ちゃんに同調して、すこし興奮気味に言った。


「まず、今の世の中は、お金が生きていくために必要だというのはわかるね?」


 パパは、二人に確認する。


「うん。生きていくために必要なものを手に入れるのに、みんなで分業する方が、効率がいいの」


「分業してできた価値をお互いに交換する。それをやり易くするのがお金。数字で表現できるから、価値も表現できる」


「もうしっかり理解しているね。お金は本来、物々交換を便利にするための道具。そして、価値を測る機能もある。なので、お金をお金と交換するというのは、なんかおかしな話に聞こえるわけだ」


「そうよ。お金が間に入っているから、楽に物々交換できるのに」


 カノは、うんうんと、うなずきながら言った。


「でも、前にパパは言ったんだよ。一万五百円出して、一万円を買うことがあるって。それも多くの大人がそれをやっているって。とても不思議だ」


「ほんとに不思議。だって、損しちゃうもん。一万五百円出して、一万円買ったら、五百円分消えちゃうよっ!」


「じゃ、仮にパパが一万五百円出すから、一万円売ってほしいと言ったら、ふたりはどうする?」


 パパは、二人の顔を順番に見て尋ねる。


「五百円得するから、よろこんで売るよっ!」


「ぼくもさ。お金が増えるのは、うれしいもの」


「とすると、世の中の多くの人は、よろこんで売ってくれそうだね。じゃあ、少しだけ内容を変えて、今一万円売ってください。でも、一万五百円をあなたにお支払いするのは、三ヶ月後です。となったら、二人はどうする?」


「えーっ、待たなきゃいけないの? うーん、どうしよう……。そんなに待てないかも」


 カノは、首を横に振りそうだ。


「三ヶ月間は、一万円がない状態なんだよね。うーん。三ヶ月後に一万五百円になるのかぁ。相手を信じて待つか、やっぱり売らないかだよね……。相手しだいかも」


 ハルは、悩んでいる。


「前に話した『投資』の話を思い出してみようか。この場合は、売った一万円が返ってこないことが起こるかもしれない。それがリスクだね。でも、きちんと三ヶ月後に一万五百円を払ってもらえたら、『投資』としては成功だろう。元のお金が返ってきた上、五百円の儲けだ」


「あ、そっか、お金自体が『投資』なんだね。きちんと支払ってもらえたら、成功になるのか」


 ハルは、気付いたようだった。


「失敗したら、一万円の損だよー。ダメージが大きすぎ!」


「いまみてきたのは、お金を売る側の気持ちだ。売る方、つまりお金を貸す側は、売ったお金が返ってこないかもしれない。今の例だと、きちんと返ってきても、ほんの少しの儲けだ。お金を貸すことでしっかりお金を増やしたいなら、どうしたらいいかな?」


「ちゃんと約束を守ってくれそうな人なら、貸してもいいと思うわ」


 カノは、右手の小指を立てて、指切りの形にして言う。


「約束を何か形で残しておけるなら、ちょっとは安心かな。約束の内容を書いた紙にお互いにサインをするとか」


 ハルも、アイデアを述べた。


「一万円を一万五百円で売る。すぐに物々交換でなく、時間をおくというところが『借金』のポイントになるよ。さっき二人とも、すぐに物々交換、つまり取引が完了するなら、喜んで応じてくれたね。でも時間がかかることになったら、急に不安になった。すぐの物々交換だったら、一万五百円で一万円を買う側が損をするだけだ。でないといけない。つまり交換する価値が同じでないといけないのはわかるね?」


「うん。前から聞いてきたお話では、たしかに同じ価値の交換だったわ」


「そっか、なんかイメージできてきた。お金という『商品』をその金額よりも高く売ろうと思ったら、何か価値を付けないといけないんだね。その価値というのは……えっと……かな?」


「ご名答。今すぐ一万円という価値のお金が手に入る代わりに、あとで一万五百円を払うわけだ。これが一万円を一万五百円で買う理由さ」


 パパは、ハルの答えに喜んだ。

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