第9話 買えないもの
「じゃ、『買えないもの』ってのはないのかなぁ。身の回りのほとんどのものに、値段がついているわけでしょ。お金さえあれば、手に入ることだよね」
ハルが、確認する。
「確かに、いろいろなものに値段、つまり価値をあらわす数字がついている。でも買えるかどうかは別の問題なんだよ。仮にお金をたくさん持っていたとしてもね」
パパが、興味を惹くようなことを言った。
「値段がついていても買えないってこと? どういうことだろー?」
カノは問いかける。
「そのものを持っている人が、売ってもいいと思っているかどうか。売り物になっていなければ、誰も買えない。お金をもらって他人にゆずってもいいかなと思ってもらわなければ、成り立たないんだね」
「売ってもらえないなら、確かに買えないよなぁ。あ、それじゃあ、品切れとか売り切れも同じようなことかな?」
ハルは、疑問を口にする。
「そのとおり。品物がなければ、買えない。当たり前だけど、大事な事実だね。空腹で食べ物が欲しくて欲しくてたまらなかったとしても、食べ物が売ってなければどうしようもないわけ。どんなに大金を持っていたとしても、お金でお腹は満たせない」
「なんだか、ちょっとヘリクツな気もするけど……わかったわ」
カノは、まだ納得がいかないようだ。
「ものが届かないと、お店で売りに出されない。急に話題になってみんなが買い求めた結果、どこにも売っていないなんて経験はあるんじゃないかな?」
パパは、説明を続ける。
「新作マンガの単行本第一巻を買い損なったことがあるよ。発売日から一日しか経ってなかったのに、近くの本屋になくて、ダメだった」
ハルは、思い出して残念そうな顔になった。
「期間限定のスイーツとかもだよ。はぁ、あのお店のバレンタインデー限定のチョコチーズタルト……来年こそは!」
カノも、心当たりがあったようだ。
「他にも『買えないもの』はある。『まだ世界にないものは買えない』んだ。例えば、ドラえもんに出てくるひみつ道具は、とても便利で面白いものばかりだけど、今の世の中では作れない。そこまでいかなくても、こんな商品がほしいと思っていたとしても、誰もまだ作って売っていないなら買うことはできない」
「そういう場合は、似たようなものでガマンするのかな。ぼくなんかは、洋服でこんなのが欲しいと思ってお店に行くけど、イメージにぴったり合うのがないこともあるよ。そういう時は、仕方なく似たものを選ぶ」
「そうだね、代わりの品物で埋め合わせることもあるだろう。世の中には、みんなもこんな商品が欲しいはずだと考えて、会社を作って商品を開発する人もいるよ。新しいものを創り出すことは、すこしだけ世の中を進めることでもあるのさ」
パパの説明に、二人は聞き入る。
「でも、今の話は、なんだか未来の様に聞こえるけど……過去に誰かが作って、みんなが欲しがるような商品はあったのかな?」
ハルは、問いかけた。
「お、それはなかなか面白い視点だね。身近なものだと、例えば、冷蔵庫。食品を長期間保存できることは、みんな望んでいたからね。それから、車も。自由に遠くまで移動できる手段としてね。もちろん、ものを多く運べるという点も望まれていたことさ」
「今日、潮干狩りでたくさんアサリ採れたもんね。車のおかげで、おうちに楽に持って帰れるのね」
カノは、車の便利さに納得だった。
「パパが考える『買えないもの』の最後は、『もう世界にないもの』だ」
「もうってことは、過去のこと?」
「そうさ。古くて、数が少ないものは、貴重で価値が高くなる。残っていればいいのだけど、そうならずに世の中から消えていったものもある。作ったものは、永遠に残るわけではないからね。どんなものも使っていくうちに、傷つき、壊れていく。いずれ捨てられ消えていく。だから、この世から去ってしまったものは手に入らない。つまり買うことができない。まぁ、ちょっと大げさに言ったけど、ふたりも経験あるんじゃないかな。例えば、お気に入りのノートのデザインが変わってしまったとか、気に入っていたお菓子が販売が終了したとか」
「うん。それ、あるよ……。限定のチョコチーズタルト……」
カノは、思い出してしょんぼりする。
「来年のバレンタインに、また売り出されるかもしれないじゃん」
ハルが慰めるように言った。
「二人とも、お金でいろいろなものが買えるけど、買えないものもあることがわかったかな?」
「身の回りのあらゆるものに値段がついているのは、おどろいたなぁ。値段という価値がついていても、持っている人が売ろうとしないと買えないのは、面白かった。あと、お金でお金を買う借金の話はすごく気になる。今度くわしく教えてほしいな」
ハルは、感想を述べた。
「『もう世界にないものは買えない』って、けっこうショックだったよー。だって、今買わないともう買えないかもしれないわけでしょ。そう考えるとお金を使ってしまいそうだよ」
カノは、お金を使ってしまう理由をひとつ見つけたようだ。
「買わないと損するというのは、本当に欲しいとは別だね。欲しいと思わされているのかもしれないよ」
「……うむむ。あ、やっと、車がすいすい動き出してきたよ。やっと、渋滞を抜けられるかもー」
「お、では、今日の授業はここまでにしよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます