第7話 どうしてお金を使ってしまうのか?

「ねぇ、パパ。『お金を失いたくない』って気持ちがみんなにあるなら、『どうしてお金を使ってしまう』のかなー?」


 カノは、尋ねた。


「必要なものだけ買えばいいはずなのに、もっとお金を使ってしまうってことがあるよね。どうしてなんだろう?」


 ハルも、疑問を提示する。


「そうそう。いつの間にか、思っていた以上におこづかいを使ってしまうんだよねー。どうしてこれを買ったのだろうってことがよくあるの……」


 カノは、お兄ちゃんに同意した。


「大切なお金だけど、つい使ってしまう理由は、いくつかある。そう言うからには、たぶん、ハルくんもカノちゃんも経験があるんだろうね。ひとつ目の理由は、『みんなが持っているから、欲しい』だ」


「あぁぁ、うむー。その理由で買ってしまうことは、確かにあるよー。みんなが持っていると仲間に入れてほしくて買わなきゃって気持ちになっちゃう。流行りのかわいい文房具とか……」


 カノは、頭を両手で抱えながら言った。


「周りに持っている人がいると、それがどんなものかわかるから、ぼくもつい欲しくなってしまうよ。便利そうだなぁって」


「仲間に入れてもらいたい、持っていないと恥ずかしいといった気持ちで、あまり欲しくないのにお金を使ってしまうことはあるだろうね。それに、ハルくんの言うとおり、持っている人がそばにいて、楽しそうにしていると、自分も買えば同じような気持ちを味わえるかもって思うのもわかる。お金が手元にあって、その欲しいものがそんなに高くなければ、買ってしまう人は多いかもしれないね」


「けっこう多いと思うなー。特に女子は流行に敏感だから」


 カノは、うんうんとうなずく。


「他の理由は? ぼくはあんまり人のこと気にしないから……他の理由が当てはまりそうな気がする」


「ふたつ目の理由は、『今より楽がしたい』から。すこしお金を払うことで、面倒なことが解消できる。それならお金を払っても良いという考えだね」


「なるほど。それならわかるよ。鉛筆よりもシャープペンでノートをとる方がずっと楽だもん。鉛筆を卒業した時は、あーこれでいちいち鉛筆を削らなくていい。けずりカスを捨てるの面倒だったんだよって思った」


 ハルは、納得したように言った。


「そう。人はより便利なものにお金を払っても良いと思いやすい。みんな楽がしたいからね。面倒なことが、ちょっとのお金で解決するなら払ってもいいと考えるんだね」


「シャープペンみたいに毎日使うようなものなら、お得だねー。でも、便利かもって

思って買ったけど、出番がないものもありそう……」


「カノちゃん、するどい。買ったはいいけど、そのものを使う機会がそもそも多くないということは、よくある」


「どうしてそんなもの買っちゃうんだろう……」


 カノは考え込む。


「それはもうちょっと後で話そう。先に三つ目の理由。それは『他の人より得をしたい』から。周りのみんなが持っていないようなものを持っていたら、優越感にひたれるよね」


「ゆうえつかん?」


 カノは、首を傾げる。


「自分は他の人よりもすごいんだと思えることだよ。誰も持っていないものを、自分だけが持っていたら、自慢したくなるでしょ」


 ハルが、言葉の意味を教えた。


「なるほどー。みんなが持っているから欲しいのさらに先ね。みんなが持っていないから、自分だけ得をするって感じかな?」


「そうだよ。さっきのシャープペンの話だと、シャープペンにもいろいろある。中には、芯が折れにくい機能があったり、書きやすくするために常に芯の先端がとがってくれる機能があったりするね。もちろん、それらは、他よりもちょっと値段が高いわけだ。自分だけが得をしたいって気持ちになって、買ってしまう人もいるわけだ」


「楽をしたいって気持ちにも、ちょっと似ているね。でなきゃ高機能のシャープペンなんて買わない。……でも、他の人よりも得をしたいって気持ちが、お金を使っちゃう理由になるのは面白いなぁ」


 ハルは、興味深そうに言った。


「『お金を失いたくない』って気持ちがあるのに、小さな自慢のために、お金を使ってしまうというところがね。でも、これはけっこう気をつけないと、よくある話なんだよ」


 パパは、諭すように言う。


「うむー。わたしはそれありそうだよー。パパ、他にもついついお金を使っちゃうことってあるの?」


「『達成感を味わいたい』というのも理由になるね」


「達成感? そんなのお金を使うことではない気がする。達成感って、宿題全部終わったって時の気持ちでしょ。千五百メートル走とかでもいいけど」


 ハルは、疑問に思っているようだ。


「達成感を得るために、お金を使っちゃうの? なんか不思議。そんなことあるのかな」


 カノは、人差し指を口元にあてて首を傾げる。


「カノちゃんもあると思うよ。例えば、好きなアニメのガチャガチャで、全種類集めようと思ったなんて心当たりないかな?」


 パパが、ニヤリとして言った。


「あ、それは……あ、あるよ。だって、かわいいから全部集めたかったんだもん」


「すべてをそろえたい。そういう気持ちがお金を使わせてしまうんだ。所有欲を満たすために、お金をつぎつぎ使ってしまう。全種類そろっていると気持ちがいいものだからね。だから達成感」


 パパが、説明した。


「うん。全部そろっていないと気持ち悪いよー」


「なんだが怖いなぁ。だって、ふと気づいたら、欲しかったのかよくわからないものがあふれるくらいある。それでいて、ぼくの手元からお金はなくなってしまうわけだよね」


「まぁ、人はそういう気持ちになることもあるのだと、知っておこう。本当にこれが欲しいのかな? 欲しいと思わされていないかなって考えることは大事だ」


「誰かに思いこまされるってこと?」


 ハルが、腕を組んで首を傾げて言った。


「そうだよ。考えごらん。みんなお金を欲しいと思っている。お金を得るためには、たくさん買ってもらう。つまり商品とお金を交換しないといけない。だから、お金を払ってもいいかなぁと思ってもらうように、便利そうに商品を説明したり、定価から値引きをしたりする。買ってもらえたら、便利なお金が手に入るわけだからね」


「生きていくためにも、お金を稼がないといけないもんね」


 カノは、うなずきながら言った。


「そうだよ。だから、売る方は必死だ。でも、買った方は、実はあまり必要としていないものを手に入れてしまっている場合があるわけだ。買ったものを使う機会が、自分の生活の中では、ほとんどないなんてことも起こりえる。使われずに、いつの間にか物置の奥へと追いやられる」


「なんか、いろいろ聞いて、ぼくはちょっと怖くなってしまったな。お金を使うのって、軽い気持ちでやってはいけないのかな。でも、難しそう。ちょっとくらいなら使ってもいいかって思うことは、多い……」


「怖いと思う気持ちは、とても大事だ。これからは、お金との付き合い方をしっかり意識していこうね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る