ガチ恋にハマった私⑥




半年程前、遥香が初めてホストへ行った時のこと。 人生初めてのホストに浮かれるわけでもなく、自身では冷静に見学くらいのつもりだった。

ただどうしてもホストのある場所は繁華街で普段はあまり訪れることがない。 歩いている人もどこか華やかに見え、何となく危険な香りも漂っている。


「二名様ご来店でーす!」

「「「いらっしゃいませー!」」」


お店に入るだけでかなり注目され肩を震わせる。


―――うわぁ、私ここまで目立ちたくないんだけど・・・。

―――しかもお店暗ッ!


床も壁も黒塗りで不安が募っていく。 だが奥へと進むとキラキラとしたミラーボールが部屋全体に色とりどりの模様を作り出している。


「今度は眩しッ・・・」

「遥香、何一人で百面相してんのよ。 席はあっちだって」


陽向に言われ席へと着く。 二人でかけるには広過ぎるソファーに座り辺りを見回した。


「落ち着かない・・・。 陽向は本当にここへ来たことがあるの?」

「これで三回目だけどね。 最初は無理矢理先輩に連れてこられたのよ」

「楽しい?」

「まぁそれなりに? たまーになら来てもいいかな、っていうくらい。 お金もかかるし」


ホスト一覧の小さな冊子を渡された。


「遥香は誰を指名する?」

「指名ってお店の前に出ていた人たちから?」

「お店の前に出ていたあの看板はランキング上位の人たちだね。 もっと他にもたくさんいるよ」


そう言って冊子をめくってきた。 パラパラとめくられてもパッとする人がいない。


「特に興味がないから誰でもいいんだけど」

「そんなこと言わずにさー。 これだけいたら一人くらい気に入る人いるでしょ?」

「作られたイケメンの作られた笑顔なんて私は魅力的に思えない」

「逆に作りものだからこそ楽しいっていうこともあるよ」

「ふぅん・・・」


―――まぁホストへ行くこと自体乗り気じゃなかったけどこれも社会勉強だと思えば。


陽向には配信業で稼いでいることは秘密にしている。 雑談メインの遥香にとってはホストのトークテクニックが有用ではないかと思いここへ来ることをOKしたのだ。


「んー、じゃあこの人にする」


そう言って指差したのは一覧を見て何となく顔が好みだったナンバー4のホストだった。


「へぇ、遥香は綺麗めより優しい顔をした人が好みなんだ」


陽向がボーイとやり取りをしてくれナンバー4のホストと対面することになった。


「初めまして、シンジです。 君のお名前は?」

「遥香です」

「遥香ちゃんか。 春のように柔らかい表情の持ち主だね。 名前にピッタリ」

「ッ・・・」

「今日がホストへ来るのが初めて、って聞いたよ。 来てくれてありがとう、それで俺を指名してくれたのは凄く嬉しい」


そう言って手を握られた。 最初は興味なかったがイケメンに優しくされ自分の胸が高鳴ったのを感じた。


―――は、初めて異性に優しくされた・・・。

―――営業スマイルで言われている言葉も嘘だとしても男の人から褒められるのは嬉しい。


配信では男性リスナーが多いため褒められることは多々ある。 だが現実では理想の高い遥香は恋愛の経験が薄く、男性と交流することもあまりなかったのだ。

そうして話に夢中になって一時間程経った時のことだった。


「シンジー。 彼女が来たって」

「おう、分かった。 今行く。 遥香ちゃんごめん、少し席を外すね」


そう言ってシンジは他の客のもとへと行ってしまった。


「・・・ねぇ、陽向。 どうして今私の相手をしていたのにシンジくんは離れていったの? 指名されたから?」

「それもあると思うけど・・・」


他のホストと楽しそうに話していた陽向だったが遥香の言葉に振り返ってくれた。 そしてシンジの前にいる女性を見て納得する。


「あー、あの人前にも見たことがある。 確かあの女性はシンジくんにとってエースだよ」

「エースって何?」

「一番お金を使う人のこと」

「へぇ・・・。 じゃあお金をたくさん使ったら私のところへ来てくれるの?」

「え?」


さらりとした発言に陽向は驚いていた。 遥香はホストがどんなところかあまりよく知らなかったが、とにかくお金がかかる場所というイメージから財布の厚みはそれなりにある。

とはいえ、それを全て使おうともなれば陽向に不審がられてしまうかもしれない。 そう思って使うつもりはなかったお金である。


「ま、まぁきっとそうだね。 ナンバー4だからちょっといいものを入れたらすぐに来てくれると思うけど」


そう言われメニューを開いた。


―――うわ、どれも高級過ぎ・・・。

―――こんなに高いお酒なんて見たことがないよ!


シンジにとってのエースを確認する。 シンジとエースは楽しそうに話しており営業だと分かっていながらも少し嫉妬している自分がいた。


―――・・・よし、買っちゃおう。


「私これを頼みたい」


指差したのは4番目に高いお酒だ。


「わ、高ッ・・・。 まぁいいんじゃない?」


注文するとシンジは本当に戻ってきてくれた。


「遥香ちゃん、このお酒を入れてくれたの? 嬉しいよ」


隣に座り頭を優しく撫でられる。 そうしてまた幸せな時間が始まったのだが今度はエースが三番目に高いお酒を頼んだ。 それを聞いたシンジは再びエースのもとへと行ってしまった。

それに負けじと今度は遥香が二番目に高いお酒を頼む。


「遥香、大丈夫? まだホストへ来て初日だよ?」


陽向に心配された。


「大丈夫。 初日だからこそだよ」


するとまたシンジは遥香のところへと戻ってきてくれた。


―――誰よりもシンジくんの近くにいたい。

―――私を一番贔屓してほしい。

―――そのために私はエースの座を奪い取る!!


こうしてシンジは遥香のおかげでナンバーワンになることができたのだ。



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