走馬灯+‪α‬

皐月ソラ

走馬灯+α

気づいたときには、蝉の声がきこえなくなっていた。

私たち以外は誰もいない駅のホーム。

私は不自然に赤くなった目を隠す彩乃の横顔をちらりと眺めた。

彼女は私の視線に気づいているのかいないのか、何かを誤魔化すようにスポーツドリンクを口に含んだ。

何が悲しいのだろう。

私は彼女の一挙手一投足に「らしくなさ」を感じて少しだけいらだつ。

「彩乃。」

思わず声をかける。

すると、こっちを向いた彩乃の顔が輪郭を失っていった。

それをぼんやり見つめていると、自分が駅のホームではなく懐かしい学習塾の外階段に立ってることに気づいた。

彩乃は今よりも幼く、夏なのに水色のパーカーを来ている。

「友達になってよ」

鼻にかかった声は彩乃の声だ。

「大人になったら辞めちゃってもいいからさ」

魔法にかけられたみたいに、私は頷く。

嬉しそうに微笑む彩乃。

いやに俯瞰的な思考が、あのときは12歳だったなと思い出していた。

あれから5年がたった。

私はまだ、彩乃のことを何も知らない。

いつも甘ったるい飲み物を飲んでいること。

腕の傷を隠すために長袖ばかり着ていること。

毎晩毎晩懲りずに夜更かしし続けていること。

歌が上手いこと。

勉強は嫌いだけど頭はいいこと。

アニメのキャラクターみたいな可愛い顔をしていること。

人間が嫌いだと言いながら、私には笑顔を見せてくれること。

知っていることはそれだけ。

17歳の夏も終わるというのに、私たちはお互いを深く知ろうとしないでいる。

私は時を変え場所を変え流れていく彩乃との記憶をただ見ていた。

あるとき、私は彩乃と歩幅を合わせて高校へと続く坂を登っていた。

手元でワイヤレスイヤホンのケースを転がしながら、彩乃が言う。

「どっちにしようかなあ」

なにが?ときくよりも前に、彩乃は続けた。

「18歳になったら死ぬか、なるまえに死ぬか。」

まるでアイスの味を選ぶような気楽さで。

「でも、法律じゃ18歳はもう大人だよね」

それまでに死ねるといいけど

小さな呟きが私の耳に届く。

伝えて何になるのかまったく分からない気持ちが渦巻いて、二人の間を浮遊している。

「ね、彩乃。」

彩乃が、驚いたような顔でこちらを見る。

「私、彩乃が好き。ずっと好きだったんだよ。上手く言えないけど」

酸素が薄い。

一度深呼吸をしてから、私は続ける。

「だから、……死なないで」

俯いた私の頭上から、鼻にかかった笑い声が聴こえてきた。

「え、」

「馬鹿だなあ。莉奈は。」

彼女は赤い目をして私に笑いかける。

彩乃と私は駅のホームに立っていた。

「死んだのは莉奈の方じゃん。」

あ、忘れてた

そう言うみたいに、蝉の声が聴こえ始める。

「もうすぐで電車来ると思うから。

ちゃんと乗るんだよ。」

彩乃は私にくるりと背を向け、去っていく。

「彩乃!」

振り返らないまま手を振る彩乃の、小さな声が届いた。


また、すぐに会えるよ。







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走馬灯+‪α‬ 皐月ソラ @satsuki_sora

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