12-9

灰島のもとへ行く道に立ち塞がる幹部は、あとひとり。



「あんたさぁ……もういい加減諦めた方がいいんじゃない? マスターには殺すなと言われてるけど、このままじゃ、勝手に死んじゃうよ?」



『神の国』最後の切り札である、ジョーカー。

容姿は年頃の少女そのものであるが、幼い頃から海外で暗殺の英才教育を受けてきた、生粋の殺し屋である。



彼女と対峙したのは、特務課でも海外特殊部隊出身という異色の経歴を持つ、あさみ。

圧倒的な身体能力、豊富な戦闘知識、対人格闘の強さでこれまで幾度と無く窮地を救ってきた、頼れるメンバーである。



「…はぁ、はぁ……!」



周囲の人間から見たら、次元が違う戦い。

しかしその現状は、あさみが地に伏せるという結果であった。



「たかだか部隊上がりが、殺しのプロに手を出してくるなんて、無謀以外の何物でもないっしょ。こっちは敵を倒すことだけを教えられてきたんだ。負けるわけがない。」



横たわるあさみを嘲笑うかのように、ジョーカーが爪先で軽くあさみを蹴る。



「そんなの、最初から知ってたわ……。私の最初の役目、それは司令を先に進ませること。この身に替えてもね。」


「え……? あっ!!」



あさみは、自分の身を削り、ギリギリのところでジョーカーの攻撃を受けながら、司との距離を少しずつ取っていたのだ。


手応えはあるのに倒れない。

殺し屋としてのプライドがジョーカーを熱くさせ、あさみ以外に目標が行かないように仕向けたのだ。



「やられた……おい、先に行った奴を追って! 急いで!」


咄嗟にジョーカーが周囲の部下たちに指示を出そうと大きな声を上げる。



しかし、返答はおろか行動に移そうと言う足音なども一切聞こえない。



「聞こえてるの!?」


「……ふふ、聞こえてないよ。だってみんな、拘束したから。」


「……え!?」



あさみが倒れたまま、親指でジョーカーの背後を指す。

振り返ったジョーカーの目に飛び込んできたのは、既に拘束され、手錠をかけられた部下たちの姿であった。



「なんで……たかが刑事なんかに……。」


驚きの色を隠せないジョーカー。

そんなジョーカーを見て、あさみが笑う。



「そう、私もそれ思った。たかが刑事。でもね、今回来てる刑事たち……みんな常識外れのバカばっかりなんだわ。課長も含めてね……。」



ジョーカー率いる集団に、確かに捜査一課のメンバーは後手に回っていた。

しかし、後手に回った暗い雰囲気を払拭したのは、やはりこの人物だったのだ。



「野郎ども!! ここが正念場だ! 男を見せろーー!!」


捜査一課長・稲取。


彼は自分が辛いときこそ大きな声で仲間たちを鼓舞した。

その結果……



「ジジイの課長よりも先に倒れるな!」


「稲取さんが立ってるんだ! 若い俺たちが簡単に倒れてたまるかよ!」



刑事たちの士気は上がり、格闘において一枚上手であった神の国側に競り勝ったのだ。


ここまで、圧倒的な強さを見せつけてきたジョーカー。

彼女の戦いぶりに、あさみをはじめ捜査一課班の多くが絶望を感じた。


その中でも、諦めなかった男、稲取。



「あのオジサンの頑張る姿を見てきたらね……あぁ、私もなりふり構ってられないなぁって思ったの。指令を上でアンタらのボスに会わせて逮捕させる。それが今後の私たちの未来のためになるのなら、私の命なんて、簡単に賭けられる。そう思ったんだ。」


「……え?」



ジョーカーがあさみの言葉を理解するよりも早く、あさみはその両足でジョーカーを挟み、地面に引き倒した。



「うっ! ……見苦しいよ!」


必死にあさみの足を引きはがそうとするジョーカーだったが、あさみはすぐに手錠を取り出し、自分の手首とジョーカーの手首を繋ぐ。



「馬鹿じゃないの? これでアンタ、逃げられないじゃない……!」


「逃げるつもりなんてないわ。私が考えてるのはね……」


あさみが、腰のポーチから取り出したもの、それは……。



「これでやっと、アンタを道連れにできるっていうことだけよ。」


「!!!!!!」



あさみが取り出しそれは、手榴弾の形をしていた。



「嘘でしょ!? アンタ死ぬ気!?」


さすがのジョーカーも、焦りの色を隠せない。

そして、後方からようやく合流した稲取たちも……。



「おいおい嬢ちゃん、何出してるんだよ!!」


あさみの手にする手榴弾に驚きの色を隠せなかった。



「これで、幹部がひとり爆死……特務課にしては良い成果よね?」


「馬鹿野郎! 一人仲間が欠けて他の奴らがお前のことを褒めると思うか?」



苦笑いを浮かべたままのあさみ。

必死に説得をする稲取。


その様子に、あさみの覚悟は冗談でないことを悟るジョーカー。



「やめなさいって!! この!」


必死に手錠で繋がれたあさみを片方の手で殴り、空いた両足で蹴るジョーカー。

しかし、あさみの手から手榴弾は離れない。



「必死ね……。まぁ、これが爆発したら、アンタも終わりだしね。その綺麗な顔も、鍛え上げられた身体も、みーんな木っ端微塵だわ。」


「やめ……やめろって!!」



なおも足掻くジョーカー。

しかし、殴られても蹴られても、あさみの手から手榴弾は離れない。



「稲取さん、みんなに伝えて! 私、特務課の一員で本当に良かったって。生まれ変わったら、もう一度特務課に……!」



あさみが手榴弾のピンを抜く。


「おいっ!! やめろ!!」


「いやぁぁ!! 助けて!!!」



ジョーカーが発狂するのを見届け、あさみがほくそ笑む。



「後悔なら、地獄ですることね。」



そしてあさみは、力いっぱい手榴弾を自分の足元に叩きつけた……。


轟音が響き渡る。

眩い閃光が辺りを照らす。


あさみと、手錠で繋がれたジョーカーは、その眩い光に包まれる……。




「馬鹿野郎……早まりやがって!!」



稲取が、あさみのもとへ駆け寄る。


「こんなところで、簡単に散らしていい命かよ……ちくしょう。」



先程まであさみとジョーカーが掴みあっていた場所へたどり着く稲取。



「おいおい……マジかよ。」



その光景を見て、思わず稲取が声を漏らす。



あさみもジョーカーも、爆風で消し飛ばされずに生きていたのだ。



「お前……生きてたのか?」


「死んでる……。」



その顔、その服は砂と埃にまみれていた。

しかし、あさみは確かに稲取の声に反応したのだ。



「生きてるじゃねぇか! ジョーカーも……生きてるのか?」


「私だけ生き残るとか、本物の手榴弾であの状況じゃまず無理。不本意ながら、生きてるわよ。」


「それにしても、どうして……。」



あさみが、腰のポーチから、もうひとつ同じ手榴弾を取り出す。


「これ、見てみ……。」


「訓練用……?」


「そ。光と音は大袈裟だけど、殺傷能力はひとつもない。子供騙しよ。……良かったわぁ、相手がコドモで。」



あさみはポーチから今度は手錠の鍵を出すと、自分にかけられた手錠を開錠し、稲取に言う。


「アイツにかけて……。」


「お、おぅ……。」


稲取は、あさみが外した手錠の片方を、そのままジョーカーの手首につけた。



「しかし、コイツ相手に無事とか……やるじゃねぇか。」


「無事じゃないわよ……あちこち骨折れてるし、足は捻挫に打撲……ホント、死にかけだわ。」



あさみは現に、一歩も動けないでいた。



「肩、貸してよ……。」


「お、おぅ……。」


稲取があさみに肩を貸す。



「悪いわね、アンタだって薬漬けなのに……。」


「休んだし、ちゃんと処方もして貰った。まぁ完全じゃねぇが、動ける。」


「それであんな檄を飛ばすんだもん、アンタ化け物だわ。北条さんとはまた違った意味でのレジェンドね。」


「褒め言葉として受け取っとくよ。」



稲取が、あさみを一課の車両に乗せる。


「東京に戻って、コイツを病院へ。まぁ、緊急性は無いから焦らなくていい。」


「了解です!」



あさみを乗せた一課の車両は、そのまま東京方面へと走り去っていった。


「あと、ひとりか……。」


やがて、小泉率いるSIT部隊も稲取たちに合流する。



「最後は、新堂に幕を下ろさせてやりてぇな。俺たちはギリギリまで距離を詰めて包囲し、いつでも援護できるように待機しておこう。」


「そうですね……。この先、片面が崖です。三方を塞ぎ、退路を断っておきます。」



稲取と小泉が、司の援護に動き出す。

これで、残るは灰島ひとり。



長かった『神の国』連続事件が、ついにクライマックスをむかえようとしていた。

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