12-8
舞台は再び、あさみたち捜査一課班とジョーカー率いる神の国部隊との戦いへと戻る。
「……アイツ、どこに隠れても追ってくる。まるで私のいる場所が最初から分かっているみたい……。」
こちら側は、古橋隊とは違い訓練をされていない集団のようにも見えた。
力任せに一課のメンバーたちに襲い掛かってくる。
故に、稲取たち捜査一課の刑事たちも対応がしやすく、全体的に見れば優勢のように見えた。
しかし、優勢に見えても勝ちきれない理由、それはジョーカーの存在に他ならなかった。
一課班の指揮を執るあさみ。
そのあさみの動きをことごとく封じてくるのだ。
「確かに負けてるようにも見えるけどさぁ……。ぶっちゃけ、ここはアンタを潰しちゃえば終わりじゃない?」
「くっ……やってみろっつーの!!」
木々に身を隠しながら、ジョーカーの追撃を躱していくあさみ。
しかし、個人差が違いすぎる。
どこに避けても、その先を読んで距離を詰めてくるジョーカー。
他の人間に指揮をする余裕を、あさみから奪っている現状であった。
(どうする……個人の戦闘能力の差はほぼ互角……。でも、あっちは殺しを専門にジョーカーの下についた集団。いざとなったときにその部分で競り負けてしまわないかが心配だわ……。)
こちらとしては、ひとりも死なせるわけにはいかない。
この戦いは、殺し合いではないのだから。
「ふふ……大変ね、日本の警察っていうのは。海外なら拳銃持って片っ端から撃っちゃえばいいのにね……。」
そんな日本の警察の特徴を理解し、あさみが手を出せない程度に部下たちを操るジョーカー。
「性格悪い奴だなぁ……。郷に入っては郷に従えって言葉、知らないの?」
「私、若いからわかんな~い。おばさんしか知らないんじゃないの?」
「……ムカツク」
余裕を見せながら迫るジョーカー。
万事休すか。
そう思ったあさみの背を押す、男の声。
「オラァ! 年下の女に気を使われてて、一課の名が泣かねぇか? 殺さなければいい! 『無力化しての逮捕』は俺たちの得意分野だろうが!」
自らもボロボロになりながら、あさみの背後から大声で檄を飛ばす男、稲取。
「おぉぉ!!」
「あったりめーだ!! このまま地面を舐めてる場合かよ!!」
稲取の檄により、一課の刑事たちの士気が目に見えて上がる。
「新堂!! お前はただひたすらに上を目指していけ! 嬢ちゃんと俺たちで、この場は何とか切り抜けてやるから!!」
ここでの最大の目的は、司を灰島に近づけること。
それを理解していたからこそ、稲取は全体の見える後方から仲間たちを鼓舞していたのだった。
「オッサン……やるじゃん。ちょっと感動した……。」
稲取の大きな声は、一課のメンバーだけでなくあさみの心にも火をつけた。
「そうだよね……この戦いは、殺し合いじゃないんだ。同じ土俵に立つ必要なんて、ないんだよね……。」
「慌てるな! 落ち着いて状況を把握し、任務にあたれ! あくまでも目的は敵の完全鎮圧だ!」
SIT側は、混戦状態であった。
小泉率いるSIT部隊側は、まずロケット弾によって地形を崩すところから始めた。
幸い、海岸から目的地までの間の山で、付近に家屋のない場所。
轟音は響いてしまうが、そのあたりは神奈川県警がうまくやってくれるだろう。
一方の神の国側であるが、こちらは戦闘訓練を受けてきたとはいえ、今回のような兵器の登場は全くの想定外。
そして、粉塵にまみれての混戦など経験がない。
神の国側の足並みは乱れ、個々にも動揺の色が見え始めていた。
「自分の考えで動くな! こういう時こそ組織の力が……ちっ!」
古橋が指示を出しかけて、再び沈黙する。
かつてのSIT隊員であれば、自分の一声で小泉をはじめとする部下達は機敏に動いてくれていたのだが、今回ばかりは烏合の衆。
作戦行動など知らない彼らは、自分の身を守るために必死になり、方々へと散っていく。
「今だ! 2人1組になり逃げた者を拘束しろ! 拘束が終わったらすぐに次の敵に取りかかれ!」
この戦局を、小泉は良く読んでいた。
この機を逃すまいと隊員たちに指示を出すと、隊員たちも素早く行動に移す。
たちまち、神の国側の構成員は拘束されていく。
「よし、向かってくるもの相手でも無駄な攻撃はするな! あくまで拘束だ!」
「了解!」
それは、古橋の思いも寄らない展開であった。
まさか、自分が天塩にかけて育てた部隊のものが、ここまで自分の裏をかいてくるとは。
(いや……小泉なら正攻法以外の手段を取らない、そう思っていた俺のミス、だな……。)
古橋は、ここまでのSITの動きに、心のなかで素直に賛辞を送った。
そして……。
「……だが、このまま壊滅させられるわけには行かん。ジョーカーと合流し、素早く目的を……。」
ちょうどジョーカーのいる場所は、現在の山の反対側。
木々を縫って真っ直ぐ移動すれば、すぐに合流することが出来る。
もはや自分の部下達はあてにならない。
それぞれが自分の命を守るために独断専行してしまっている。
それなら、こちら側は完全に捨て、ジョーカーと共に山の上……最終地点で決着をつければ……。
「……きっと、『今の』貴方ならその選択をするだろうと思っていましたよ。」
しかし、古橋の退路の先には、既に銃を構えた小泉が待っていた。
「……しかも、2人1組ではなく、3人1組で来るとはな……。」
「ほぼ、他の相手の拘束はすんだので。一番危険な相手は、何人がかりでも恥だと思うな。貴方に教わったことですよ、『古橋さん』。」
小泉は、複雑な心境を抱えたまま、古橋に近づいた。
「くっ……!」
古橋が周りを見渡す。
自分の部下達はことごとく拘束され、あるいは逃走していた。
自分の持ち場出の仕事をきっちりと果たしたSIT隊員たちが、古橋逮捕のため次々と合流してくる。
古橋が悪あがきをするまでもなく、その周囲は隊員たちに囲まれていくのであった。
「完敗だ……。成長したな、小泉。そしてみんな……。」
なす術がない状況。
古橋は潔く銃を捨て、両手を上げて降伏の姿勢を見せた。
そのとき発せられた、小泉に対する、そして隊員への言葉に……。
「貴方のお陰です。古橋……隊長!」
「隊長ー!」
「うぅっ……!!」
小泉はじめ、SIT隊員たちは涙した。
訓練の時は、ひたすら厳しかった。
隊員たちの間で『鬼軍曹』と呼ばれるほど、その訓練は厳しかった。
甘えなど、一切許されなかった。
「SITは最終手段! 我々が腑抜けた訓練で本領発揮できなければ、苦しんでいる人、悲しんでいる人を救うことなど出来やしない! だが、そんなことは二の次だ。私は……」
鬼軍曹と呼ばれた古橋。
「私は、お前たちに危険な目に遭ってほしくないのだ!」
しかし、その厳しさは、隊員たちのことを思ってのことだった。
SITの出動する場所は、いつだって最前線。
あらゆる危険、困難と向き合わなければならない。
そんなときに役に立つのは、やはり叩き込まれたノウハウと、体に染み付いた動き。
それを何度も何度も丁寧に、古橋は隊員たちに教えてきたのだった。
オフの日は一緒に笑い、泣き、いざ実践となると誰よりも頼れる存在。
隊員たちにとって、古橋という男は、SITの象徴であり、絶対的なリーダーだったのだ。
そんな古橋に、最後の最後で労って貰えた。
彼等には、これ以上ない喜びであったことだろう。
しかし……。
「古橋さん、私は貴方とこの先もら同じ場所で喜びや悲しみを共に味わいたかった……。」
全ての隊員たちが、同じことを思っただろう。
なぜ、古橋は神の国に与したのかと。
「それは……済まない。小泉、今後のSITを宜しく頼む。……まぁ、犯罪組織の者に頼まれなくても分かるだろうが。」
苦笑いを浮かべながら、古橋は両手を小泉に差し出した。
「……了解。」
他に言いたい言葉は山ほどあった。
しかし、そんな言葉たちを小泉は必死に飲み込み、振り絞るように一言だけを口にした。
もし、他の言葉を発してしまったら、自分の心も揺らいでしまいそうで、それがただ、小泉は怖かった。
古橋と共に歩きながら、小泉は思う。
(貴方に教わったこと、決して無駄にはしません。貴方のような犯罪者が生まれないように、生まれたら素早く止められるように、私たちは貴方に教わったやり方で、進んでいきます……。)
SITによる作戦は、異例の早さで収束した。
その立役者は、今後の警視庁の大きな力になる男である……。
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