12-3

「北条さん……やっぱりすげぇな。」



3人で行動する虎太郎、司、そしてあさみの3人は、都内東部に差し掛かっていた。



「本当に……こんな人が私たちと肩を並べて捜査していたとは、本当に信じられないわ……。」



虎太郎とあさみが、北条について話している。

司は、昔から北条の能力を知っていたので、それほどの驚きはなかったようだ。


「私ね……この課を立ち上げたときに、最後まで迷ったのは司令というポジションに誰を据えるかだったの。私自身、捜査員でありたいとも思っていたから。当初は、北条さんに頼もうと思っていたのよ。キャリアも実績も申し分ない。彼の指示なら、私も含めみんな文句は言わない。ってね……。」


「北条さん、断ったのか?」


「えぇ。僕はもう刑事としては先の長くない身。これからはもっと若くて有望な人材が、警視庁の将来を担っていくべきだよ。僕はいち捜査員として、若手の育成でもさせてもらおうかな……って。ふふ、結局、この大事な局面でようやく、私が予想していた通りになったけれど。」


「北条さんらしいね……。」



3人は、北条という刑事の人となりが好きだった。

実績や経歴は申し分ない。警視庁内では彼のことを『伝説』と呼ぶ刑事も多い。

そんな刑事が、自分のことを飾らず誇大せず、自慢することも無く若手刑事たちと肩を並べて対等に捜査をしているのだ。



「最初は、このオッサン、プライドねーのかなって思ってたけどさ……。あの人なりにいろいろ考えてくれてたんだよな……。」


「うん。……今度、デートにでも誘ってあげようかな。」



今回の捜査、北条がバックアップを務めてくれることで、心強さがあった。



「あとは……『アイツら』の居場所だな……。」


「えぇ。志乃さんの無線で、こっちの方に向かってきてるのは分かったけど、どこに、どんな経路で来るのか見当がつかない……。3人手分けした方が効率的かしら……。」



司がここからの捜査の方針について考えをめぐらす。



「司ちゃん、聞こえる?」


そんな時、耳に入ったのは北条からの無線だった。


「はい、聞こえます。」


「司ちゃん、灰島くんとの会話で何かヒントになることとか無かった? それか、昔彼が好きだった場所、数少ない身寄り、とか……。」


「一誠の……身内、好きな場所……。」



そこまでは考えていなかった。

司は必死に記憶を呼び戻していく。


「でも。どうして彼の……? 彼の狙っている人物を洗ってみるのも手かと……。」


「もちろん、それも視野に入れてる。でも念のため、彼が最終的に逃げそうな場所を知っておきたいんだ。」



北条の言葉がやや引っ掛かったが、司は深く過去のことを思い出した……。



「司……もう、思い出の場所に戻ることはできないんだよ……。」



ふと、司が思い出した言葉。

それは、先ほど灰島たちが警視庁から逃走する際に、灰島から言われた言葉だった。



「思い出の場所、思い出……。」



必死に、灰島との過去の出来事を思い返していく。

楽しかった日々、喧嘩した場所、一緒に出掛けた場所……。



「たくさんありすぎて、何処に絞るべきか……。」



灰島は、司にとっても良く出来た恋人であった。

いつでも司のことを考え、司の喜びそうなことをいつも考えていた。


欲しいもの、行きたい場所、見たい景色……。

灰島は、手の届く距離のものから、少しずつ叶えていった。



(良い思い出ばかりで、胸が……痛い。)



どうしてこういうことになってしまったのか。

どうして、灰島を逮捕すると言うことになってしまったのか……。


優しかった灰島のあの笑顔が、今は欠片すら残っていなかった。


思い出を手繰り寄せる度に、胸が痛む。



「いつかここに、ふたりの家を建てよう。都心から少し離れるかもしれないが、そのときはもう……第一線から退いているかもしれないだろう? 残りの人生を、こんな快適な場所で過ごすなんて、楽しくないか?」


「ふふ……そうね。でも、まずその前にすることがあるんじゃない?」


「あ、あぁ……まぁな。どんな物にするか、迷ってるんだ。」


「別に、輪ゴムだって構わないわよ、私は。貴方の言葉に心がこもっているなら、何でも良い。」


「……そっか。じゃぁ……こんな休憩時間じゃなくて、ちゃんと時間を取って話さないとな。」



もう、ふたりは結婚と言う道を共に歩んでいた。

きっかけを探していたとも言える、ふたりの関係。


ずっと一緒に暮らしていこう。

そんな気持ちは、司にも、そして灰島にもあったのだ。



「あれを、ちゃんとプロポーズだと受け取っていればな……素直じゃなかったな……。」


自分の性格は、もともと好きではなかったが、このときばかりは特に、自分が嫌になった。



「……神奈川県に、向かいます。」


「……え?」


「都内じゃ、ないの?」



司の決定に、虎太郎とあさみが顔を見合わせる。



「司令、神奈川って言ったら南だぜ? 東に行ったって言うなら、千葉か茨城じゃ……」


「了解。場所の見当はついたみたいだね。虎、あさみちゃん、ふたりでバックアップしてあげて。」



虎太郎が司に訊ねる、その言葉を遮るように、北条が言う。



「北条さん……」


「信じよう。司ちゃんが無意味に見当違いの方向を言うわけがない。それはよく知ってるだろう?」


「そうだな……了解。」



少々、不安は残るものの、虎太郎とあさみは司の目的の場所へのサポートをすることにした。


「神奈川だとおそらく無線は使えない。電話を駆使して連絡を取り合おう。都内の警備、事件処理はこのまま無線を使うことにするよ。」



北条が、司たちの行動をバックアップできるよう、方針をあらかじめ決める。


「神奈川に向かう道は、とりあえず安全に移動が出来るように周囲を見張らせておくよ。志乃ちゃん、道路の状況は?」


「はい、今のところ不審車両などはありませ……え?」



モニターを見る志乃が、思わず言葉を詰まらせる。



「不審車両が……4台・5台……全てワンボックスタイプ。都内各地を暴走している模様です。」


「それ……モニターに出せる?」


「OK。今出すよ。」



志乃と北条、そして悠真が都内の道路の状況をモニターに出す。



「これは……。」


5台もの車が、信号無視・一時不停止を繰り返しながら暴走していた。



「このタイミングで現れたということは……きっと神の国関連の車両なんだろうね。捜査の攪乱でも狙ったつもりかな?」


北条が、画像と道路交通情報を見比べながら、対策を考える。



(捜査の攪乱が目的なら、この車両たちに明確な終着点はないはず。きっと、彼らの狙いは……。)



北条が無線のマイクを手に取り、各課に通達する。



「5台全部を一気に相手にさせようとしてるのが見え見えだね。相手の挑発には乗らないようにしよう。1課と4課で、一番危険な走り方をしている1台を追おう。他の課のみんなも、1課と4課のバックアップ。あわよくば全課かけて1台を確保しよう。各個撃破、それが一番適した作戦だよ。」


5台の車はすべて交通違反を繰り返している。

本来ならば、同時に逮捕すべきなのだろうが、都内に点々と散っている状態だけにそれもまた難しい。



「スピーディーに各個撃破。一斉に時間をかけるよりそれが一番だよ。志乃ちゃんと悠真君は、5台の交通違反の数を記録しておいて。」


「了解しました。」


「りょーかい。でもさ、司令の方はいいの?」



警視庁総出で5台の車にかかりきりになっては、虎太郎たち3人のバックアップがいなくなる。



「古橋くんが敵だったのは痛いけど……、SIT、いける?」


隊長の古橋が、実は神の国の幹部だったという衝撃。

加えて、アサシンとの格闘で多くの者が負傷したSIT。



「隊長の汚名は、私たちが必ず返上します! 神奈川に向かいます!」


SITの隊長の一人が、無線で即答した。


「……君、名前は?」


北条も、その凛とした声に希望を見出した。



「はっ! 副隊長の小泉です!!」


「オッケー! じゃぁ現時刻を持って、君をSITの臨時隊長に任命するよ。隊員のみんな、バックアップして!」


「了解しました!!」


司たち特務課班に、強力な助っ人を向かわせることが出来そうだ。


「助かるぜ! 到着予定は?」


「SITは、小泉副隊長はじめ20名。君たちが神奈川入りして、およそ15分ほどで神奈川入りする予定だよ。」


「早いな……でも助かるぜ! 目的地に着く頃には一緒に行動できそうだな。」




北条からの連絡に、虎太郎たちは心強さを感じる。


敵も味方も3人。

しかし敵の3人は、ひとりで何人分もの戦力に匹敵する腕の持ち主なのだ。



「この際、卑怯とか言ってられねぇよな。これまでにたくさんの人が死んでるんだ。こっちもなりふり構ってられねぇよ。」



「SITの副隊長の経験値に問題があったら、私が指揮する。どうにかあっちの幹部を引き付けるから、司令と虎は黒幕のところに行って。」


「でも、危険じゃねーか?」


「危険を感じたら引く。味方も引かせる。私が部隊で習ったのは、『あの女』みたいに人を殺すスキルじゃない。人をどんなふうに助け、生かすか。そのためのスキルなんだから。」



あさみは、特務課に加入してからこれまで、常人離れした身体能力と戦術眼で、たくさんの人を助けてきた。

特務課においても貴重な戦力であり、頼れる存在なのだ。


ゆえに、虎太郎も司も、彼女の言葉の強さを実感した。


「なんか、お前が言うと大丈夫な気がしてくるな。」


「任せても……いいかしら?」



それでも、今回の相手は平気で人の命を奪うような、そんな手合い。

あさみの身を案じるのは、至極当然のことであった。



「問題ないわ。私がこれまでで強がりを言ったことある? 有言実行、やるって決めたらやって来たじゃない。ダメでした~出来ませんでした~って、私言ったことある?」



それでもあさみは胸を張り、満面の笑みで虎太郎と司に答えた。



「ありがとう、あさみ。」


司はそんなあさみに心強さを感じ、信じることにした。

きっと、あさみなら突破口を切り開いてくれる、と。



「良くないお知らせ……しても良い?」



そんなときだった。

北条が、申し訳なさそうに無線を飛ばしてくる。



「5台の車両のうち2台、20名弱の神の国構成員が、我々の包囲網を掻い潜って神奈川県に入る。きっと、君たちの足止めに向かったんだと思う。」



その報せに、虎太郎たち3人は顔を見合わせた。



「こりゃ、多勢に無勢とか言ってられねぇな……。」


「本当よ。ほぼ同じじゃない!」



その構成員たちが、訓練された者なのか、それとも素人の集団で本当にただの足止めだけなのか。

その結果次第では、戦局は大きく変わってくる。



「どちらにしても、私が残ってやり過ごすしかなさそうね。ねぇ司令、目的地は?」



あさみが、司に目的地を訊ねる。

司は少しだけ考える素振りを見せ、言った。



「……葉山よ。」

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