11-8

「おーい、一通り見てきたが、特に大きな仕掛けの類は無かったぜ……って、おい、こりゃどういう状況だぁ?」



虎太郎がドクターを気絶させたちょうどその頃、辰川が署内の見回りを済ませ虎太郎たちと合流した。



「おいおい……お前、捜査一課の佐倉じゃねぇか。こいつにやられたのか?」


辰川は、あさみに支えられて辛うじて立っている佐倉に気付くと声をかける。



「はい……でも、稲取さんが助けてくれました……。」



佐倉が、横たわったままの稲取に視線を向ける。

辰川は、その視線と周囲の状況で、何となく現状を察した。



「なるほど。お前を助けるために稲取が代わりに人質になり、虎が上手いこと犯人をとっちめて逮捕した……大雑把に言えばこんなところか?」


「大雑把すぎだが……まぁ、そんなところだ。でも、稲取のおっさんが身代わりになるって言ったときは、さすがに焦ったぜ……。暴力関係の人質なら、俺だって身代わりになれるが、薬はさすがにヤベェよ……。」



虎太郎が、稲取の精神力の強さに感嘆の溜息をもらす。



「でさ、この野郎が卑劣なクソ野郎だったから、我慢できずに殴っちまった。一発だけだぜ?」



苦笑いの虎太郎に、辰川も同じように苦笑いを浮かべる。



「一発ってなぁ……お前、気をつけろよ? ただでさえ犯人に対する警官の対応が、まるで粗探ししてるみたいにネットにあげられるんだからな。卑劣な犯罪を犯した犯人にも、丁重にだな……。」


「そんな面倒なことしてられっかよ! 悪い奴には仕置きが必要。子供社会だって分かる理屈だぜ? ほら、先行くぞ!」



虎太郎は今回のドクターの行動に対する憤りが収まらないようだ。

ひとりでどんどん先に向かってしまう。



「おい虎……! まったく、仕方ねぇ奴だなぁ……。まぁ、稲取と佐倉は俺が見てるから、あとは先に行け。あと、志乃ちゃんが他の部署と無線の周波数を合わせるように連携してる。ここから先、何かあったらすぐに無線を飛ばせ。対応できる部署がすぐに無線を受けて出動する仕組みだ。」


「おぉ……さすが志乃さんじゃね?」



悠真は上階のセキュリティ保守のために手が離せないでいた。

その間、志乃は各課へ応援要請をしつつも、各課で保有している無線機を、特務課の使用している周波数に合わせるよう要請もした。


各課は、現状に一番乗りで立ち向かっている特務課に協力することを満場一致で表明。

すぐに周波数を合わせることで各課間の連携強化を図ったのだ。



「これが、今の理想の特務課の形ね……。少しずつ、各課の壁が取り除かれようとしている……。」



司の顔に笑みが浮かぶ。


これまで、あらゆる事件に対応してきたが、その中で最も障害となったのが、『各課間の壁』。だった。

いま、警視庁襲撃という一つの事件を解決するために、各課がなりふり構わず一丸となっているこの状況。


司は、これこそが警察のあるべき姿だと思った。



「さぁ、モタモタしてられねぇぞ! アサシンが上にいる以上、古橋さんが上で張っててもやられちまうかもしれねぇ! それに、もう1人の女だって、高橋さんの話じゃ相当ヤバそうだしな!」



虎太郎が、動けるメンバー達に声をかける。


「そうね、急ぎましょう!」



すぐに続いたのは、司だった。



虎太郎、北条、司、そしてあさみ。

特務課の4人が残り、上を目指そうとエレベーターに乗り込む。



「おい、俺も連れていけよ!」



そんな4人の背後から、男の声がした。

振り返る4人。



「な、なんだぁ? あんな大男、警視庁にいたか?」



「あれは……!」



虎太郎とあさみが怪訝そうな表情を男に向ける中、司と北条の表情が明るくなる。



「熊さん!」


「熊田四課長!」



それは、8年前の事件の時、司の直属の上司であった捜査四課、通称「マル暴」の課長の熊田であった。



「帰ってきてたんですね!」


熊田は、神の国の一連の事件とほぼ同時期に起きた関西での暴力団の跡目争いを鎮めるために出張していたのだった。



「まったく、西も東も騒がしいことだなぁおい……。北条、こっちはどうなんだ?」


「もう、幹部と黒幕を残すだけ。でもなかなかそいつらが手強くてねぇ……。」


「なるほどな。あと一押しって言うところか。じゃぁ俺も手伝うぜ。」




返答も聞かずにエレベーターに乗り込む熊田。

北条も司も歓迎ムードの中、虎太郎は熊田をまだ受け入れてはいなかった。



「あのさぁ、アンタいま幾つよ? 戦力は少しでも欲しいところだけどさ、正直言ってアンタを守りながらは戦えないぜ? こっちは稲取さんも離脱してんだ。」



虎太郎の言葉にも、熊田は動じない。



「よぉ北条、コイツが灰島の次の相棒か? 良いねぇ、鮮魚ばりに良く跳ねる。」


「鮮魚……だと?」



大笑いする熊田を睨み付ける虎太郎。



「虎! あまり失礼なことを言うもんじゃないよ。この人は……」


「まぁまぁ、良いじゃねぇか。刑事たるもの威勢の良さがいちばん重要……ってな。」



制止しようとする北条を、熊田は片手で制する。

そして、ガッチリと虎太郎の両肩を掴んだ。



「よろしく頼むぜー、未来のエースさん。せいぜい足を引っ張らないように頑張るぜ。」



虎太郎よりも大柄な熊田は、虎太郎に視線を合わせるように少しだけ膝を曲げると、満面の笑みを虎太郎に向けた。



「…………。」



このとき、虎太郎は察した。

目の前の男を舐めてはいけない。

この男の潜ってきた修羅場は、自分の比ではない……と言うことを。



(何て力だ……振り払おうとしてもまったく動かなかった……化け物め。)



敵として向かい合うなら驚異。

しかし、味方として並び立つならこれ以上無い加勢。



「よろしく……お願いします。」


虎太郎はこのひとときで、熊田の力を思い知ったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る