第11話:絶望の夜

高橋逮捕の一報から、時は少しだけ遡る。



高橋の潜伏先だと思われる場所に、北条、虎太郎、あさみ、そして辰川の4人を送り出した特務課。


この重大な局面、一般人のみならず、仲間にまで手を下した殺人犯・狙撃手を逮捕するということは、『神の国』が絡んだ一連の事件を解決するためには重大なことであった。


故に、この局面で、司は課の半数以上、実に4人もの刑事を、同じ場所へと派遣した。

これまでの捜査では、単独もしくは2人1組で、複数の箇所を捜査させるというのが特務課の捜査の仕方であったのだが、今回、司はここで狙撃手を押えることの重要性を重視した。



勿論、この判断は一般的には『英断』と言えるだろう。

現に、大幹部の一人である狙撃手・高橋は逮捕され、これ以上の理不尽な殺人を多少ではあれ食い止めることが出来たのだから。



そして、この狙撃手逮捕という報せで安堵した者が他にもいた。

現在逮捕・勾留されているこれまでの事件の犯人達である。



「さすが特務課っス。東京の安全と共に、我々も救われたっス……。どのみち、失敗したものは例外無く処分されると思ってたっスから。」



そう語るのは、虎太郎の婚約者・奈美を殺害した元法医の桜川である。


元幹部の彼女。

神の国の裏の部分をよく知り尽くした彼女が言うには、失敗とはそれすなわち死を意味するとのことであった。



「逮捕されるくらいなら、死を選ぶ。ギリギリまで抵抗して一人でも多く道連れにする。だって、失敗したら口止めのために、確実に消されるから。逮捕された犯人達の供述で、組織の全容を知られないために。だから、犯罪に手を染める人間は、そこをまず理解した上で『道具』を送って貰うっス。」



犯罪組織の加入、それは文字通り『命を懸けた契約』であったのだ。




「さぁ、高橋さ……狙撃手がこちらに移送されてくる。取り調べの内容をしっかり各課と共有して、『盟主』の情報を集めましょう。」


今回の高橋の逮捕で、事態は大きく動き出す。

それは司も感じていた。



「了解しました。では、音声を繋ぐよう各課と……え?」



司の指示を聞き、早速志乃が動き出そうとした、その時だった。


「志乃さん、どうしたの?」


「いえ、今なんか画面に乱れが……」


「嘘でしょ~? ウチは通信状態もセキュリティも万全だよ? もし乱れるとしたら……あ。」



そして悠真も。


ふたりともモニターをじっと見つめて動かない。



「電波関係に、異常……?」



司が、大きなモニターの横に常設されている、防犯カメラの画像を注視する。



「あれは……」



そこには、『ある人影』が映っていた。



「あんな大柄な刑事、ウチにいたっけ?」



悠真が気になったポイントを拡大し、司と志乃に共有する。



「……四課にも、あれほど大きな体格の人はいない……誰?」



まるで熊のような大男。

熊のような体格の刑事は、警視庁内で思い当たる人物といえば、捜査四課長・熊田のみ。


しかし、カメラの男はそんな熊田より一回り以上大柄であった。



「その隣にいる人達は……? 志乃さん、照合急いで。」


「了解です!」



大柄の男の他に、スーツ姿の人物が3人一緒に歩いていた。


小柄な、若い男。

細身の老人。

女子高生のような見た目の、金髪の少女。



「データベースにはヒットしません!」


「直ちに各課に通達! 必要であれば非常ベルを鳴らして!」



司はこの時点で、カメラに映る人物を『不審者』と断定した。

すくに悠真、志乃に指示を出し、警戒と対応を促す。


すると、次々と警官達が4人に近づいていった。



「ただ誰かを訪ねてきただけ、なら良いのだけれど……。」


司自身、これは事件の前触れだろうと予感はしていたのだが、祈る気持ちで呟いた。

しかし……。



「あっ!!」



一番先頭を歩いていた大男が、最初に近づいてきた警官を無造作に掴み、投げ飛ばした。


この行動で、現場の温度が上がったことは、容易に見て取れた。

周囲にいる警官達が、一斉に4人に向かって行く。



多勢に無勢。

その言葉がぴったりであるこの状況。

しかし、形振り構ってはいられない。

警視庁という、日本の警察の中枢にあたるこの場所で、不審者が暴れだしたのだから。


急いで制圧することが、現在残っている警官達にとって義務でもあるのだ。



だが、警官の奮闘も空しく、その場に次々と警官達が倒れていく。



「あの子……めっちゃ強い!」



大男が一人で警官達を退けたわけではない。

女子高生風の少女も、格闘において警官達を圧倒したのだ。


「あの小柄な男性は……隠れているだけですね。」


小柄な男は、物陰に隠れて大人しく見守っている。


「あのおじいちゃん……何かやってる。あれ? 4人ともマスクみたいの着けたよ……?」



老人が鞄から何かを出したとき、他の3人は揃ってマスクのようなものを着ける。



「あれ……ガスマスクじゃない!?」



司の顔が青ざめる。



「各課に通達! 敵は何らかのガスまたは毒を所持している模様! ガスマスク等の携行を!」



このままでは警視庁内が地獄絵図と化す恐れがある。

司はすぐさま非常ベルを鳴らす。


「志乃さんと悠真くんは、ここから絶対に出ないように!司令室をロックして!」


「司令は!?」


「私は……現場に向かう。あいつら、ただ入ってきた訳じゃない。ここまでするなら、何か目的があるはずよ。私はそれを突き止める。」



司はそう言うと、司令室の予備のガスマスクを持ち、司令室を飛び出していった。




―――――――――――――――





「あーあー、全く手応えがねぇな。これが天下の警視庁とは、笑わせてくれるぜ。」



周囲にいた警官達を全員叩き伏せ、大柄の男が大きな欠伸をする。



「ホントに。私ひとりで充分だったんじゃない?みんなで相手して、ホント時間の無駄~」


「私は、ただ新作を試してみたかっただけだよー」


女子高生風の少女が不満を漏らすと、老人はにこやかに自分の目的を述べる。



「ほ、ほんとに……あ、あまり荒事はやめて……ほ、ほしいよ。セキュリティ解除は出来るんだから、もっと隠れながら進んでも良いと思うよ。『目的地』に着くまでは穏便に……い、いこうよ……」



小柄な男は、物陰に隠れたまま3人に言う。



「ま、そっちのが時間の無駄は少なかったかな。でもほら、警察に恨みがあるのはみんな一緒だし。少しだけこらしめてやったってことで良しとしようか。」



少女がガスマスクを外す。



「ちょっ……危ないよ!」


「一過性の神経毒でしょ? パッと作れるくらいだから効果も短いし、もう薄まってるでしょ?」


「ほっほっ……仰る通り。よく見とりますなぁ。」



4人の間に緊張感というものは全く感じられない。

しかし、共通しているのは、警察に対する強い恨み、そして怒りであることは間違いないだろう。



「じゃぁ……この先のロック、開けるよ?」



おずおずと物陰から出てきた小柄の男が、カードキーを認証するパネルに、自分のノートパソコンを接続する。



「何秒で開く?」


「此の程度なら、30秒かな……」



軽快なリズムでキーボードを操作すると、ロックのかかった扉は25秒ほどで開いた。



「やるー!」


「さすがですなぁ……」



扉が開くと同時に、4人は奥へと進んでいく。



「でも……変なんだよなぁ。」



不意に、小柄な男が呟いた。


「ん? 何が~?」


「うん……。僕がさっきのロックを開けたときに、『誰か』が邪魔したような気がしたんだよなぁ。ま、結果開けられたけど、その邪魔がなければもっと早かった……。」



「アンタと張り合うだけのハッカーがいるってこと? まさか、それはないっしょ。」


「うーん、心当たりが無いことはないんだけど、まさか、ね……。」


「どちらにしても、我々の後から『盟主どの』が来るわけですし、その妨げにだけはならなければ良いですな。」


「ハッカー! アンタちゃんとチェックしときなさいよね!」


「分かってるよ……。」



変わらず緊張感の無い様子。

それでも4人は確実に歩みを進めていく。

目的地は、ある警官の執務室。



「執務室に着いたらさ、抵抗する前に拘束。それで盟主サンを待つとしよーよ。アサシン、頼むね。」


「へいへい。あーだりーなー。」



神の国の幹部だけではなく、『盟主』と呼ばれる男もついに姿を表そうとしていた。


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