10-10
北条と虎太郎は、ゆっくりと小屋の中に足を踏み入れる。
「正面から入っていいのか? 蜂の巣にされるのがオチだろ!」
あまりにも自然に北条が小屋に入ったので、虎太郎は少し狼狽えた。
「危険な相手には変わりないけど……僕は『彼』とちゃんと話をしたくてね。どうして、正義を棄てたのか。どうして犯罪組織に荷担しているのか……。」
外から目視で確認した、狙撃手のいた部屋の前に立つ。
「……あちらさんも、話してくれるつもりらしい、」
「どうして?」
「もう、こっちの存在にはとっくに気付いてる。だってほら、身体の向きが変わってるでしょ?」
「げ……!」
扉のガラス窓から見える狙撃手は、北条と虎太郎の方を向いている。
虎太郎はとっさに壁に身を隠した。
「大丈夫。あの人はそう言う人じゃない。」
北条のその言葉に、さすがに虎太郎も疑問を感じた。
「北条さん……犯人、知ってるのか?」
北条は、虎太郎に苦笑いを向けた。
そして、ゆっくりと部屋の扉を開ける。
「あさみちゃんに聞いたよ。握手したときに、ライフルを使う人特有の『たこ』が手に出来ていたって。銃身を支える部分、引き金をひく指にたこが出来る人は、熟練者だって。」
中に居たのは、やはり狙撃手。
顔を隠したまま、北条を見つめるように立っている。
「小島元警視正のリストの内容も、警察関係者であれば見ることが出来る。小島さんが例え隠していたとしても、死んだ後の捜査で見つかれば共有出来る。」
「警察関係者……?」
「そして、息子さん宅に行ったとき、応援に来た『狙撃手』を見たからアサシンは言ったんだ。『アンタにゃ勝てない』ってね……。」
北条が、悲しげな顔を狙撃手に向ける。
「あの応援の中に、狙撃手がいた……?」
虎太郎は混乱してしまっていて要領が掴めない。
「警視庁でライフル使いって言えば、SIT……古橋さん? いいや、彼はいまこっちに向かってるんだろう? 稲取さんか? いやじゃぁ香川は誰が……あー! 分からねぇ!」
様々な仮説を立てては、矛盾に気付く虎太郎。
「じゃぁ、普通の警官か……?」
「いや、僕たちは大きな思い違いをしていたんだよ。この人は絶対に仲間だ。この人がいれば安心だ……って。」
ゆっくりと、北条は人差し指を狙撃手に突きつけた。
「いま思えば、リストを手に入れようと小島さんを殺したのも、小島宅に応援に来たのも、全て理由があったからだ。警察内部ならばリストは自分のところに上がってくる。報告が大事な組織だからね。そして、小島宅に来たのは、僕たちの援護のためじゃない。アサシンを逃がすために、僕たちを油断させようとしたんだ……。」
北条が、絞り出すように狙撃手に言う。
「そうでしょう? ……高橋さん!」
「高橋さんって……!」
北条の言葉に、虎太郎が目を丸くする。
高橋警視監、その存在は特務課にとって大きな力となってくれる、そう思っていたから。
「一番近くで特務課の同行を見張り、『神の国』の犯行を、僕たちがギリギリ間に合わないタイミングで指示した張本人……それは、ある程度警視庁管内で影響力を持ち、なおかつ特務課のメンバー達……特に司ちゃんや僕が信頼をおける人物。消去法でいくと、ひとりしか出てこないんだよ。高橋さん……。」
「そうか……! 稲取さんや古橋さんは、確かに俺達も信頼してるけど、警視庁全体に影響力があるかと言えばそうとも言いきれない。でも、警視監と言う立場なら……。」
虎太郎も、ようやく高橋が狙撃手であると言うことに納得する。
「……さすがは高橋さんだ。貴方なら、誰も疑わない……でも、どうして……。」
自分で導きだした答えではあったが、北条は目の前の『狙撃手』が正体を明かすまで、この推理は嘘であって欲しい、そう思っていたのだ。
しかし……。
「……お前なら、いつか解き明かしてくれると思ったよ。」
狙撃手が、顔を隠していたマスク、そしてフードを脱ぐ。
「よく分かったな、俺が『狙撃手』だって。」
その姿は、北条の推理通り、警視監・高橋であった。
「ちなみに、ここが『神の国』幹部達のアジトだ。俺達はここを拠点に犯罪者達の目を育て、そして目に余る事態の時には自分達で手を下した。主にこの端末を使ってな。」
高橋が指差すこの先には、蠍のステッカーの貼られたノートパソコンが置かれていた。
そして、その傍らには、同じく蠍のステッカーが貼られた段ボール箱。
「神の国のサイトにアクセスしてきた人間を厳選し、洗脳できそうなら『こっち側』に引き込む。そしてさらに深層心理で操り、凶悪事件のシナリオを頭に叩き込ませる。必要な物品があれば送りつける。ここはその中枢だ。」
「貴方も、洗脳された……と言うことなんだね?」
高橋ほどの正義漢が、そう簡単に犯罪組織に寝返るとは考えがたい。
きっと何かの捜査の延長で、神の国のサイトを開いてしまったのだろう、そう北条は考えた。
「いや……俺は自分の意思で『こちら側』に来た。」
「……え?」
北条は、耳を疑った。
まさか、高橋ほどの男が自らの意思で犯罪組織に荷担したなど、かつてコンビを組んだ北条には理解できなかったし、理解したくはなかった。
「8年前の事件。その後、俺は警察の闇を次々と知った。残念だったよ。警察が正義を守る組織だと、そう信じてやまなかったからな。」
悲しそうな顔を浮かべながら、高橋は語った。
「小島のリストは……もう知ってるな?」
「……えぇ。」
高橋は、自ら殺害した小島元警視正の所持していたリストについて口を開いた。
「8年前のあの事件のすぐ後に、俺はあのリストの存在を知った。残念だったよ……。あれほどまでに警察が悪事を揉み消してきたなんて。」
高橋が小さく舌打ちをした。
「しかも、奴はその見返りに大金を得ていた。一部の有力者が、自分や身内の不祥事から身を守るために警察関係者に金を払う。そしてその金額で警察は本来罰するべき人物を野放しにする……。俺は心底ガッカリしたよ。これが、警察かってね。」
「でもよ、それで小島を殺すまでしなくても……ちゃんと告発して罰してやれば良かったじゃねぇか!」
「確かに……。言い方は悪いけど、高橋さんに直接の被害はなかったんでしょう?」
小島の遺体は、一撃で死に至る眉間の銃弾1発のみ。
わざと急所を外して撃って苦しませようなどと言う意思は感じられず、そこには明確な殺意があった。
「北条……『東野健二の事件』覚えてるだろう?」
一言、高橋が言うと、北条の顔色が変わった。
「おいおい、東野事件をこのタイミングで出すのかよ……!!」
そして、この『東野事件』という言葉にはもうひとり、辰川が反応した。
「お、おい……なんだよその事件……」
北条と辰川、二人の様子が変わったことに虎太郎が悪い予感を感じる。
「うん……現職刑事によるバラバラ殺人事件だよ。逮捕されたのは、当時刑事になったばかりの若手だった。最高裁で死刑判決が出て、彼は死んだよ。獄中でね。」
当時、世間を騒がせたバラバラ殺人事件。
何の罪もない女子高生が、山中で遺体で発見された。
その遺体は山中いたるところで発見され、熊や野犬の仕業とも言われたが、遺体から薬物の反応が出たため殺人事件と断定。懸命な捜査の結果、当時北条と共に事件を追っていた、捜査一課の若手刑事、東野が逮捕されたのであった。
「でも、東野くんは事件との関係をずっと否定してきたじゃないか。アリバイだってあった。」
「あぁ……。だが、検察側はアリバイが崩れるための決定的な証拠を持っていた。だから、死刑判決を受けた。」
北条の知らないところで、東野は逮捕された。
そして、逮捕された後で、彼の犯行を裏付ける証拠品が次々と押収された。
「最後までやってないと言いながら、しまいには自殺した東野……。もし、あの事件の『真犯人』が悠々とまだ生きているとしたら?」
「まさか……。」
現在の日本において、殺人事件に関しては時効というものがない。
しかし、『東野事件』は、東野逮捕という形で、幕を下ろしてしまった事件なのだ。
「東野事件の犯人は、小島のリストに載っていた……。奴は、多額の献金の見返りに、東野というスケープゴートを事件の犯人にあてがったんだ。次々と証拠品を捏造してな……。」
「嘘……だろ?」
「そんな……」
虎太郎と北条が唖然とする。
北条にいたっては、同じ捜査一課の同僚だったのだ。
「じゃぁ、東野くんは……」
「あぁ、完全にシロだ。東野が逮捕されたことで、事件は完全に解決してしまった。そして再審請求しようにも、東野はもう、この世に居ない……。」
高橋は、ギリ……と唇を噛む。
「北条、お前も知ってるだろう? あいつはのろまでどんくさくて……一課から異動させようと何度話したことか。でも、アイツは俺の下で学びたい、働きたいと言ってくれたんだ。育てる気でいたよ……。」
頭脳明晰で判断力に優れる北条。
彼とは対照的に、東野はごくごく平凡な刑事だった。
その気の優しさが時には足枷となり、犯人逮捕の重大な局面で二の足を踏むこともあった。
それでも、東野は向上心を持ち、いつかは高橋のような刑事に、と努力していたのだ。
「それを知ったとき……つい数年前のことだよ。俺はこんな警察なら、ぶっ壊してやろうと思ったんだ。正義の意味も分からないような奴、犯罪を平気で揉み消し、隠そうとする奴……みんな生きている価値など無い、俺はそう思ったんだ。」
その表情からは、激しい怒りが見てとれた。
「僕も、高橋さんの立場だったら、同じことを考えたかもしれない……。」
それは、北条の本心であった。
共に過ごした同僚の、苦悩の表情。
何を言っても信じて貰えない絶望。
死を目前にした気持ち。
それら全てを思うと、沸々と込み上げてくる怒りが北条にもあったからだ。
「でも高橋さん……それを堪えて、警察をただすのが貴方の役目でしょう? 正し方を貴方は間違えた! 貴方のしていることは……犯罪だ!」
それでも、北条は正義を貫いていたかった。
高橋という刑事が、それを教えてくれたから。
「立派になったな、北条よ。」
高橋は、胸ポケットから煙草を出し、火をつける。
「お前が俺の同僚だったら……後輩じゃなかったら、一緒にやれたのかも知れねぇな……。」
高橋が、寂しそうに呟く。
「それは違うぜ!」
そんな高橋の言葉を一蹴したのは、虎太郎だった。
「正義を貫くのに、歳なんて関係ねぇ! お互いに同じ気持ちなら、先輩と後輩の仲だって正義は貫ける! ちゃんと相手を信頼していれば、自分を信じていれば、それは出来る! 違うかオッサン!?」
その言葉は高橋だけにではなく、高橋と北条ふたりに向けられたものだった。
「虎……」
虎太郎の言葉に、いちばん驚いたのは、北条だった。
いつも自分が虎太郎の手綱を握っている。虎太郎が暴走したら、止めるのは自分だ。
そう、思ってきた。
しかし、そんな虎太郎が、この重大な局面で自分に激を飛ばしているのだ。
「北条さん、今アンタがすべき事は何だ? 昔の相棒との会話で凹んでる場合じゃねぇだろ! アンタの師匠か恩人か知らねえけど、コイツは殺人犯だ! 自白もしてる! 俺は捕まえるぜ、コイツをな!」
鋭い目で高橋を見据える虎太郎。
「……へっ、やるじゃねぇか若いの。まさか北条に説教たれるとはなぁ? きっと良い刑事になるぜ。」
「殺人鬼に褒められたって嬉しくねぇんだよ! 大人しく両手出せや!」
じりじりと、虎太郎が高橋との距離を詰めていく。
しかし、高橋は動じない。
「いいねぇ、そのギラついた目、俺は好きだぜ。大概の犯罪者なら、きっとお前からは逃げられないんだろうなぁ……。」
一瞬、高橋が後方を見る。
「でもな、俺はまだ捕まるわけにはいかないんだよ。まだ、消さなきゃならない奴がいる。分かるだろう? リストにあと何人載ってたか……。」
そう言うと、高橋はすぐ後方にある窓に向かって体当たりする。
「しまった!!」
窓ガラスが粉々に割れ、そのまま高橋は外に飛び出していく。
「まずいよ……外は山だ。高橋さんのこれまでの行動を考えると……一度見失ったら、もう見つけられない……。」
「ちくしょう! あと一歩のところで!」
虎太郎が、高橋の逃げた窓から同じように飛び出し、後を追おうとする。
しかし……
「……え?」
高橋は、逃走していなかった。
両手を上げ、苦笑いを浮かべていたのだ。
「犯人は突拍子の無いことをする。もし、やまさか、という言葉は刑事の辞書からは完全に消せ。……それはアンタが教えてくれたことだぜ、高橋さん。」
「SITには、SITにしか出来ない敵の追い詰め方がある。建物の中に刑事がいて、逮捕が間近になったとき、そんなときこそ完全に退路を塞いで逃走する気を削ぐのが大切だ。そう、教えてくれたのも貴方ですよ、高橋さん。」
そこには、銃を構えた稲取と、小屋を取り囲むように配置されたSIT、少し離れてライフルを高橋に向ける古橋の姿があった。
「みんな……間に合ったんだな?」
次々と駆けつける応援に、虎太郎もようやく安堵する。
「抵抗は……やめてくださいよ。みっともないアンタを、僕は見たくない。」
北条が、ゆっくりと高橋に近づいていく。
「抵抗なんて、しねぇよ。ライフル、小屋の中に忘れてきちまった。」
そう、北条に笑いかけると、高橋は、素直に両手を差し出したのであった……。
「やった……ついに狙撃手を逮捕したぞ……!」
虎太郎の胸が高鳴る。
ずっと、寸前のところで逃げられてきた『神の国』の幹部、狙撃手。
正体が警察官であったとは言え、盟主と呼ばれるリーダーの右腕とも呼べる男を逮捕することが出来たのだ。
しかし、北条と稲取、そして古橋の表情は曇ったままだった。
彼らにとって高橋という存在は、憧れであり、教科書でもあった。
皆、高橋から警察官の心構えなどを教えられ、捜査の仕方を叩き込まれ、犯人の追い詰め方を伝授された。
そんな高橋の逮捕は、衝撃でしかなかった。
(でも……なにか引っ掛かる。)
そんな中、北条は何かを忘れているような、そんな気がしてならなかった。
「でも、これで捜査も進むな。アジトもここだと分かったわけだし、後は戻ってくる幹部達を一網打尽に……。」
(…………戻ってくる、幹部?)
北条の不安が次第に大きくなっていく。
(今、特に大きな事件は他に起こっていないはずなのに、どうしてこのアジトには人がいない? 高橋さんが帰ってきたところで、向かえる人間もいなければ、資材なども特に隠した様子がなかった。まるで、このアジトを捨てたような……。)
生活感の全く無い小屋の雰囲気に、北条は違和感を感じた。
「ねぇ、君……申し訳ないんだけどさ、小屋の電気、ガス、水道を全てチェックしてくれないかな?」
「え? はい……了解です。」
近くにいた刑事に声をかけると、北条は高橋の様子を見る。
逃走する素振りは一切見せないものの、その表情に追い詰められたという様子は感じられない。
「ねぇ、高橋さん……『どうして囮になったの?』貴方らしくもない……」
気がつくと、そんな質問を高橋にぶつけていた。
それは、全くの思いつき。
普段はよく頭の中で吟味してから尋問し、一気に犯人を追い詰めるのだが、今回ばかりは違った。
高橋という人物を知っているから、彼の行動が理解できなかったのだ。
「囮って……北条さん、アンタ何言ってるんだ!?」
稲取が驚いた様子で北条に訊ねる。
ちょうどその時、先ほど北条が小屋を調べさせた刑事が戻ってくる。
「北条さん……、電気、ガス、水道は全て止まった状態でした。おそらく、止まってから5日程かと……。」
「……やっぱりね。」
北条の予感が的中する。
「高橋さん、貴方……わざとギリギリ僕に、自分が狙撃手だと分かるように動きましたね? あさみちゃんと握手をしたのも、気付かれると知っての上だ……。僕たちをこの小屋におびき寄せるため、敢えて自分を囮にしましたね……?」
北条の手が、小刻みに震える。
もし、この推理が当たってしまったら、大変なことが起こる。
そう、北条の予感が警鐘を鳴らしていた……。
「……まったく、お前の頭は、何歳になっても切れるねぇ……。」
高橋は、小さく溜息を吐く。
「出来れば、お前にも気づかれたくなかった。これから先、お前たちには絶望の時間が訪れることになる。その時間を、出来るだけ減らしてやりたかった……。一緒に捜査した、お前たちは出来るだけ巻き込みたく無くてな。」
「高橋さん、あんた何を言って……」
高橋が何を言っているのか、北条には理解できない。
かつて、ともに捜査した仲間、コンビを組んだ相棒であっても、その意図が全く理解できないのだ。
「北条、『俺たち』の目的は、ただ犯罪を重ねてこそこそ逃げ回ることじゃない。本当の目的は、警察の闇を粛清することなんだ。今のままでは、警察は腐っていくばかりだ。そして、それは下の者がいくら声を上げても改善されない。それが今の日本の組織の現状なんだ。今、上の立場にいるものは、皆、警察に限らず『変革』というものに消極的だ。自分の今の立場を変えたくないからな……。」
高橋は、淡々と話す。
「だからこそ、力による変革が必要だと感じたのだ、我らの『盟主』は。日本の変革に対する意識は、他国と比べて遅れている。女性の活躍についてもそう、新しい取り組みにしてもそうだ。なぜだと思う?」
「それは……組織のトップ、そして国が動かない……から?」
「そうだ。日和見の上層部が何もアクションを起こさない。だから何も変わらない。それだけならいい。その上層部にいる人間が、自分の都合の悪いことを隠している現状だ。それがたとえ犯罪であっても、だ。」
高橋は、固く拳を握る。
「自分とは関係のない人間を苦しめ、今の楽な立場に胡坐をかいている人間が、この日本の上層には存在する。下層にいる人間は、これからも理不尽な扱いを受け、そして苦しみ続ける……。俺たちは、そんな今の日本を変えたいんだ。そう、たとえこの手が血に染まっても。自分たちが犠牲になったとしても、だ。」
高橋が沈黙する。
もう、話すべき言葉は尽くした、そう言わんばかりに。
「それは……違うよ高橋さん。」
しかし、北条はそんな高橋のことが許せなかった。
「上層部があまり良くないっていうのは、僕も何となく思ってる。でもね、だからって僕たちが正義を見失っちゃいけない、そう思うんだ。下っ端は下っ端らしく生きろとは言わないけど……、立場が弱いのなら、結束すればいい、協力すればいい。正攻法で上の人たちに立ち向かう方法だって、あるんだよ……。」
北条は、悲痛な表情で高橋に訴えた。
「いずれにしても、もう遅い。もう……遅いんだよ。」
北条の懸命の説得もむなしく、高橋は小さく首を振った。
『もう遅い』その言葉が何を意味しているのか、それが分からないまま、北条は高橋に言う。
「残念ですよ。貴方とこんな形で終わりを迎えなければならないなんて。貴方とは、立場は違えど、同じ正義を追い求める『同志』でありたかった……。」
北条が高橋を囲んでいる刑事に目配せをする。そして稲取にも。
稲取は小さく頷くと、高橋の背を軽く叩いた。
「馬鹿野郎が……。」
憧れの人間に対し、こんな言葉を浴びせる稲取ではない。
稲取は自分の気持ちに決着をつけるため、あえて『いち容疑者として』高橋にこの言葉を浴びせたのだ。
もう、高橋のことを尊敬のまなざしで見ることはやめよう。
この男は、殺人犯なのだから、と。
高橋は、その後も抵抗しなかった。
稲取に促されるまま歩き、パトカーのある場所まで向かう。
しかし、パトカーに乗り込む寸前、高橋は稲取に言った。
「そろそろ、時間だ……。」
「……なんだと?」
高橋のこの言葉は、北条と虎太郎の耳には入らなかった。
ほどなくして、あさみと辰川が北条、虎太郎のもとに駆け付ける。
「……なんか、私たちが来る必要、無かったみたいね。」
「こんなことなら街中でのんびり捜査してれば良かったぜ。」
「いやいや、あさみちゃんのお陰で、ここまでたどり着くことが出来たんだよ。本当にありがとうね。」
「ううん、でも、こうなるように仕向けられてたと思うと、なんかショックだわ……。あの人の方が、何枚も上手だったみたいね。」
「よくよく考えると、あの人……結局すげぇ人なんだな……。」
高橋が乗り込んだパトカーを見送りながら、特務課の4人は話す。
「僕たちは、『狙撃手』という大きな敵を逮捕することが出来た。でも……まだ、終わりじゃないよ。まだ、『神の国』は存在している。」
「あぁ。こうなったらとことんぶっ潰してやらねぇとな!」
北条と虎太郎が、打倒神の国に心を燃やす。
「……さん、北条さん、聞こえますか?」
そんな時だった。
無線で志乃らしき女性の声が、かすかに聞こえた。
「ん?志乃ちゃん?」
「……が、……されて、電力……されてます。おそらく、……は……されて……の国……あっ!!」
電波が悪いのか、志乃の声は途切れ途切れで聞き取りづらかった。
「なぁ……今まで、特務課の無線の電波が悪かったことなんて、あったか……?」
虎太郎が、不安に表情を曇らせる。
「これは……急いだ方が良さそうだよ。」
おそらく、特務課司令室……いや、警視庁で何かが起こっている。
そう推測した北条。
「急いで戻ろう! 随時無線を飛ばして司令室の様子も確認しよう!」
北条と虎太郎、そしてあさみと辰川は、それぞれ車に飛び乗った。
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