10-9
勢いよく司令室を飛び出していった高橋。
「相変わらず、行動力はすごいねぇ、あのオジサンは。」
その姿を、笑いながら見送る北条。
「さて、私たちもボーっとしてはいられないわ。高橋警視監の言う通り、時間が経つにつれて証拠は減っていくわ。もう一度現場を見てきましょう。」
そして、司がメンバーたちを鼓舞する。
伝説の刑事と組んで捜査をするまたとないチャンス、司はこの操作で何か自分に足りないものを見出そうとしていた。
(私は、決して操作能力が高いわけではない。犯人の心理を知りたくてプロファイリングを学んだけれど、今のところはそれだけ。北条さんや、高橋警視監の捜査を間近で見ながら、本当の捜査力とは何かを私なりに理解してみせる……!)
司令として、有能なメンバーの指揮を執るに相応しい刑事力。
それを欲するがゆえに、向上心を保ち続けてきた司。
今回の『神の国』に関連する事件は、司にとって足りない何かが見つかる、そんな事件だと本人は感じていた。
「さて、俺たちも行こうぜ!!」
そして、司の呼びかけに一番最初に応えたのは虎太郎。
メンバーの中ではいちばん経歴の浅い彼ではあるが、これまでその格闘センスと類まれな直感で、様々な事件を解決し、仲間の危機を救ってきた。
そんな彼はいつでも、まるで火の玉のように一番最初に現場を出ようと意気込む。
その姿は、当時北条と組んでいた高橋の姿に似ても見えた。
「意外と……ああいうタイプが上にのし上がっていくのかもしれないねぇ……。」
北条が、虎太郎の背を温かく見守る。
「ほら、北条さんモタモタすんな! 証拠、消えちまうぞ!」
「あーはいはい、すぐに行くよ。」
虎太郎の背を、穏やかな笑みを浮かべながら追いかけようとする北条。
「……北条さん、ちょっと待って。」
そんな北条を、あさみが呼び止めた。
「どうしたんだい?」
「これ……車に乗ったらすぐに見て。」
あさみは、小さな紙の切れ端を北条に渡す。
「……?」
北条は、あさみの意図に気付かずにいたが、彼女が何も考えずに自分にメモを渡すはずがない、と……
「こんな年上のオジサンに手紙なんて、物好きがいたもんだよ。まぁ、あさみちゃんみたいな可愛い子なら大歓迎さ。」
「それは嬉しいわ。事件が終わったら、食事でもどう?」
「……それは、すぐにこの事件を解決させなきゃだね。」
会話の中で、あさみが北条に伝えたかった言葉。
『このメモに、きっと事件解決のヒントがある。』
そして、北条もその言葉の意味を察した。
北条とあさみは、小さく頷くとそれぞれの捜査へと向かうのであった。
車に乗るとすぐ、北条はあさみから受け取ったメモを開く。
「……はぁぁ~」
そして深い、心底残念だといわんばかりのため息を吐いた。
「おいおい北条さん! これから殺人現場に行こうってのに、気を抜きすぎじゃねぇか?」
その様子に、相棒の虎太郎も思わず口を挟んでしまう。
「あぁ、ごめん。そうだよね……。」
「そうだぜ。早く事件を解決するためには、俺達は気を抜いてられねぇんだ!」
「仰る通り。……虎、これから言うことを黙って聞いてくれないかい?」
幸い、虎太郎は勢いも意気込みも充分。
きっと北条の望み通りに動いてくれるはず。
そう思い、意を決して頼む。
「え……? なんだよいきなり……」
「事件解決のために、虎……君の力を借りたいんだ。」
虎太郎には、北条の言っている意味が全く分からなかったが、その真剣な表情に、
「……了解。まずはどこへ向かえば良い?」
北条を信じ、指示に従うことにした。
「志乃ちゃん、悠真くん、車の足取りを追って欲しい。」
一呼吸おいた北条は、意を決したかの様に無線を飛ばす。
「え……はい、分かりました。」
「事件現場に行くんじゃないの?」
戸惑いながらも返事をする志乃と、思ったこをそのまま訊ねる悠真。
形は違えど、北条の指示に驚いたのは一緒である。
「黒のクラウン。ナンバーは……」
それは、北条のよく知る車のナンバー。
手帳を見なくても、自分の車のナンバーのように口に出せた。
「そ、そのナンバーって……」
志乃は何かに気付いたようだったが、その先の言葉を飲み込んだ。
「すぐに調べます。」
「ありがとう志乃ちゃん。本当に、察しが良くて助かるよ。」
出来るだけ北条の行動の意図を他のメンバー、そして警視庁管内の警察官に聞かれたくない。
それを、志乃は察した。
「奥多摩方面に向かいました。」
「奥多摩!? 事件現場と真逆じゃねぇか!」
志乃の言葉に、虎太郎が声をあげる。
しかし、北条が意味の無い捜査をしたことは、これまでで一度もないことを、虎太郎は知っている。
「サイレン、途中までなら鳴らして良いよな? その方がスピード出せる。」
「うん、宜しく頼むよ。」
「了解!」
行き先を聞いた虎太郎は、サイレンを鳴らすと奥多摩方面へと車を勢いよく走らせた。
「もしかすると、『神の国』幹部達のアジトが分かるかもしれない……。」
車中で、北条が呟く。
「目星、ついたのか?」
「うん……。捜査一課の初動が、ここのところずいぶん遅いなと思っていたんだ。いつもの稲取くんなら、事件の報せを聞いたらすぐに飛び出していったのに……。」
一連の『神の国』絡みの事件。
これまで捜査一課が特務課よりも先に現着したのは、美女連続殺人事件の時のみ。
北条は、それがずっと引っ掛かっていた。
――――――――――――
「次の十字路、右です。そのまま真っ直ぐ山道に入りますが、構わず直進。車が通行出来なくなったら、そのまま歩いて山頂側に1キロ。そこが恐らくアジトです。」
奥多摩に入り、志乃がより詳細なナビゲーションを虎太郎に告げる。
虎太郎は特になにも聞き返さず、言われた通りに車を走らせる。
そして志乃の言う通り、山道は徐々に細くなり、これ以上車が通れないというところまで進んだ虎太郎達は、車を降りて歩く。
山頂に向かい約1キロ。
志乃が話していた『アジト』らしき小屋がそこにはあった。
「なぁ……この中に誰がいるんだよ……」
必死に捜査一課の顔触れを思い出していた虎太郎も、結局心当たりがなく北条に訊ねる。
「うん……。」
しかし、北条は北条で考え事があるらしく、生返事を返すだけ。
「んー、稲取さんは違うと思うんだよな……。だってほら、香川が撃たれたとき、香川のそばにいただろう?」
「そうだねー……。」
北条は、もう『狙撃手』が誰なのか知っていた。
あさみの疑惑、それをよく掘り下げて考えてみると、次々と、パズルのピースが合致するように辻褄が合ってきたのだ。
「ねぇ……虎。」
「ん?」
「もしも僕が、犯人の前で府抜けてしまったら……君は容赦なく犯人を逮捕して欲しいんだ。僕に花を持たせようとか、そう言うのいいから。」
「……おぅ……。ってことは、犯人は北条さんが府抜けるほどのヤツなんだな?」
「……気を付けて入ろう。他の幹部がいないとも限らないしね……。」
「マジでな。狙撃手とアサシンのコンビとか、死んでも御免だぜ……。」
少しずつ、出来るだけ足音を立てないように小屋に近づく、北条と虎太郎。
そっと小屋のなかを覗き込むと……。
(…………いた!!)
そこには、黒ずくめの服を着た男がいた。
やや小柄な体躯。
それほど筋肉量も多そうではないシルエットを見て、虎太郎は安堵する。
「アサシンじゃなさそうだな……。いや、さすがにオッサン背負って格闘できる相手じゃねぇしな……。」
「……でも、このシルエット、間違いなく『狙撃手』だよね……。」
「おぅ……ついに幹部の尻尾を掴んだな!」
これまで、闇に紛れるように隠れていた、『神の国』幹部。
ようやく北条と虎太郎は、その足取りを捉えた。
「こうなるなら、あさみ達も呼んでおけば良かったな……」
「既に手配済みです。SITの古橋隊長にも声をかけています。」
虎太郎の後悔にまるで助け船を出すように、志乃が無線を飛ばす。
「……すげぇな、アンタ。」
驚く虎太郎。
その横で、北条は自身の拳銃に手をかけた……。
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