10-2

「こちらです!」


特務課メンバー、志乃と悠真を覗く捜査員チーム5名が、台東区の廃ビルに到着する。



現場の警官に案内され、事件現場に入る。



「どこにも争った形跡がねぇな……。」


「毒物の類いで予め眠らされたり麻痺させられたりと言う痕跡も出ていないそうよ。」


「つけっぱなしのテレビに、開いたままの雑誌……思いっきり優雅な時間を過ごしてるわね。」


「場所が、この廃ビルってこと以外はな。上手いこと電気泥棒してやがる。こりゃ、協力者がいるな……。」


メンバー達が、それぞれの見解を話す。



そして……。



「被害者の身元確認中って言ってたよね。至急照会して欲しい。被害者は、小島元警視正だよ。」



北条が、被害者の男性の前に立ち、警官に告げる。



「……え?」


「君、新人?」


「いえ……6年目です。」


「そっか。彼はね……8年前に警視庁の警視正だった人だよ。」


「な……なんですと!」



じっくりと、遺体の周りを歩きながらその様子を探る北条。



「どうみても死因はこの眉間の1発。即死だね。着衣の乱れも無し、物色された形跡も無し。つまり……。」


「犯人は、彼を殺すためだけに引き金を引いた。それ以外の目的はない。彼を殺して何かを奪うつもりでもない。純粋に、彼の命を奪うためだけの犯行。」



北条の考えを、あさみが代弁する。



「銃弾を見つけたわ。あの窓、被害者の眉間、そして座っていたソファー。全てを貫いてこの場所に落ちてる。」


そして、小島を撃ち抜いたであろう銃弾の場所を特定し、推理する。



「これだけのものを貫いてこの位置に着弾するということは……、それほど離れた位置から撃ったものではない。でも……腕は確かよ。凄腕ね……。」


「ってことは、コイツ撃ったの、香川の時の……!」


「うん、狙撃手の可能性が高いわ。見て、この弾痕……。」



あさみが目を見開いたままの小島の眉間を指さす。



「驚くほど中央。眉間を撃ち抜く、それだけでもかなりの難易度なのに、この弾痕は、眉間の中でもほぼ中央。人間はじっとしているようでも常に何ミリ、何センチのレベルで動いてるもの。それだけにここまで正確に中央を撃ち抜けることが珍しい……。」



あさみの顔が、やや青ざめていることに虎太郎は気付いた。



「つまり、狙われたら逃げきることは至難の業ってことだな……。」


「えぇ……出来れば敵に回したくないわね……。」


「そして、次の問題は……。」



次に司が考え込む。



「これが、狙撃手の単独犯とは考えにくいと言うことよ。」



これまで、神の国の犯罪者達の手助けをしてきた狙撃手。

そんな彼が、突如単独で行動するなど、考えにくいことであった。


「そうだねぇ……。狙撃手がこれまで、『誰か』に命じられたターゲットを射殺してきたのだとしたら……、彼にだけ殺意をむき出しにするということはなかなか考えづらいよね……」



北条は、今回の事件に違和感を覚えていた。



(これまで、狙撃手が直接手を下してきた人間は、皆『神の国の幹部』だった。香川くん、そしてF……、作戦を成功させることが出来なかった幹部を、見せしめのように撃ち殺している。それなのに、どうして今回だけは他の幹部を使わなかった? どうしていきなり狙撃手を差し向けた?)



これまでは、様々な形で犯人達を焚き付け、犯罪を行わせてきた『神の国』。

これまでの流れを断ち切ってまで、彼らは被害者……小島元警視正を葬りたかったのか……?



「僕は……手持ちの駒もいよいよ減ってきて、焦っていると踏んだね。」



悩んだ結果、北条は自分なりの答えを導き出した。


「僕が思うに、狙撃手は神の国の中でも切り札的な存在だと思うんだ。これ程凄腕のヒットマン、僕が黒幕だったら絶対に隠しておくね。だって、部下達への抑止力になるから。」


「なるほど……。逆らえば、失敗すればどこにいても消される、そう思えば下手な行動はとれないわ。」 


「うん。黒幕にとって狙撃手は、自分の権力のシンボルであって、出来る限り隠しておきたい存在だった。そして狙撃手はおそらく金かそれに準ずる報酬のためだけに動いている。黒幕や幹部に対して仲間意識は欠片も持っていない。」


「まぁ……幹部を2人も殺してるもんな。」



「そんな狙撃手が、新たなターゲットを狙撃した。まず自分から人を殺すとは限らない。黒幕の指示だろう。では、なぜここまで狙撃手を隠し、周到に身を隠してきた黒幕が、ここでこんな殺しをしたのか……。」



北条と司が、意見交換をしながら犯人の意図を探る。



「犯人を作り上げるだけの余裕がない。」


「または、すぐにでも彼を殺したい、そんな何かを黒幕は掴んで逆上している。のどちらかだね。」



そこまで話したところで、北条が何かに気付き、息を呑む。



「志乃ちゃん……、小島元警視正のデータに挙がってる犯人達の所在、すぐに突き止めて欲しい。悠真くんと2人で難しければ、応援を呼んでも構わないよ。」


「え……了解しました。出来る限り急ぎます!」



北条が志乃に指示した内容に、司が驚く。



「もしかして……。」


「うん。示談も成立し、社会的には許された犯罪者達。でも……きっと『彼ら』は許してないんだ……!」


「虎、一緒に来てくれるかい?」



北条は、いち早く『次の可能性』を潰すために動く事にする。


「え?……あぁ、了解!」



虎太郎は北条が何かに気付いていることを察し、二つ返事で北条について行く。



「北条さん、あたしたちは?」


「みんなは、志乃ちゃんと悠真くんの連絡を待って、出来るだけ協力を貰いつつ、リストに載っている人たちの警護だ。僕の推理が正しければ、今回の事件は連続殺人。ターゲットは小島警視正が秘密裏に揉み消してきた犯罪の容疑者達だ。」



小島は、8年前から特に事件には関与せず、静観者の立場だった。

結果として灰島を当時消すことに成功したことで、自分を追う人間はいなくなったはずだった。


その時点で、小島が身を隠す理由はなかった。



用心深い小島が身を隠した理由、それは北条、稲取、熊田の三人の存在だったのだ。

一度疑いをかけられれば、おそらく逃げきることはできないだろう。

それならば、疑いを向けられる前に姿を消してしまえば良い。


犯罪者として失踪するよりは、原因不明の行方不明の方が、足取りを追われる確率も下がる。

そこまで考えての逃走劇。



現に小島は8年もの間、身を隠すことに成功した。

そんな小島をまず一番最初に始末することで、他の容疑者達に無言のメッセージを送った。


そう、北条は推理したのだ。



「8年間も逃げ仰せた小島警視正を、こんな風にいとも簡単に始末することで、犯罪を揉み消して貰って悠々と生きている人たちに伝えようとしてるんだよ。『お前達も逃がさないぞ』ってね。」


「マジかよ……。でもさ、言ってみれば自業自得じゃねぇか?」


「犯罪を揉み消すことは、決して許されることではないよ。でもね、簡単に人を殺して良いってことには決してならない。しっかりと罪を償うべきなんだ。」


「あぁ……そうだな。」



犯罪者を庇う。

捉え方によってはそう受け止められても仕方がない今回のケース。

正義を守るための警察が、犯罪を犯し揉み消されて悠々と生きている人間を守るなんて、やりきれない思いの者もいるだろう。


それでも、『殺人』などと言う最悪で卑劣な犯罪を起こすわけにはいかないのだ。



「それで、北条さんはどこに向かってるんだ?」


「うん、小島警視正の息子の家だよ。今はもう30歳。商社マンらしいよ。」



もし、黒幕が灰島だとしたら、早めに小島親子は始末しておきたい。

灰島が妹を失うきっかけとなった息子と、その悪事を隠蔽した小島を、いつまでも生かしてはおかないと北条は思ったのだ。


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