9-3
関東最大の極道組織・鬼神会。
彼らが関わっている時点で、この事件は簡単ではないことを北条はじめ捜査一課のメンバーは悟った。
そして、それは四課も同じ。
「新堂ぉ!お前今日は連絡係だ。何か変わったことがあれば、事態が動いたらすぐに無線を飛ばせ!」
熊田が、同行している女刑事に大声で指示を出す。しかし……。
「私も行きます。私だって鬼神会幹部を検挙してるんです。このくらいで物怖じしてては四課の恥です!」
新堂と呼ばれた女刑事は首を縦に振らない。
「……へぇ、あの子が噂の『氷の新堂』かぁ……。すっごい美人じゃないの~」
「からかわないでください。しかし、捜査方針をしっかり確立させないと、我々が後手に回りかねない。見極めが難しい案件ですね。」
「そうだねぇ。じゃ、鬼神会の捜索は四課に任せて、僕たちはビルに立て籠ってる犯人の対応を頑張ろう。……灰島くん、彼女さんが気になるなら、四課と合流しても構わないよ。」
「……いえ、俺は北条さんと一緒に行きます。公私混同なんてしてられませんから。」
「……大したプロ意識だ。行くよ。」
こうして、北条と灰島のふたりはビルの入口へと近づいていった。
「何だお前達は!」
ビル入口前に差し掛かると、ふたり組の大柄の男が北条と灰島の足を止める。
「警察だ。要求通り来てやったぞ。」
灰島がまず落ち着いた様子で男達に言う。
「交番勤務のぺーぺーじゃねぇだろうな!」
何を気にしているのか、男達は灰島の身分を気にする。
「確かに新人ではあるが、俺は捜査一課の刑事だ。不足はないと思う。」
「もっと上の奴を出せ!お前じゃ心配だ!」
男達は灰島を追い返そうと声を荒げる。
「まぁまぁ、警察の中でも捜査一課ってエキスパートの集まりなんだしさ、交番勤務よりは話が分かると思うけどなぁ。」
灰島よりも一歩前に出た北条が、犯人達に向かって笑いかけた。
「テメェ、何もんだ?」
「あー、ごめんごめん。僕は警視庁捜査一課の北条と言うものだよ。まぁ、この若者よりはベテランだね。良かったら、僕が交渉しようか?」
「捜査一課の……北条?」
ビルの上階から顔を覗かせていた犯人グループ達が、顔を見合わせて何やら話をし始めた。
「北条さんが名前を出したとたん……様子が変わりましたね……」
「もしかして、昔逮捕した人でもいたのかなー?」
まぁ、気長に待とうよと北条は灰島に言い、少しの間リラックスして犯人グループの動きを見る。
「……あんたとお前……中に入れ。」
そして、ほどなくして犯人グループが北条と灰島をビル内に招き入れるという結論に至ったようだった。
「中……荒れてませんね……。」
犯人グループは最上階、レストラン街の事務所に立て籠っているらしい。
北条と灰島は、誰に先導されるわけでもなく、真っ直ぐにレストラン街へと向かう。
「確かにねぇ。ここに何か犯人の都合の悪いものが隠されているなら、きっとこんな風に僕たちを自由にはしないだろうね。……ってことは、この場所には何も隠すべきものがない……ってことだよね?」
「じゃぁ、何で奴らはここに立て籠ったんでしょう……。立て籠り自体、勝ち目の無い犯罪であることは分かっているはずなのに……。」
灰島が考え込む仕草をみせる。
実は、北条も同じことを考えていた。
まったく意味の無い立て籠り。
これに隠された彼らの意図とは何だろうか?
「灰島くん、密輸組織のメンバーの顔、割れてる?」
「え?……えぇ。まだ黒幕は分からないままですが、受け渡し役、集金役、調達役それぞれの幹部は割れてます。」
「顔、覚えてる?」
「えぇ。手配書も出てますし。」
「もしかしたら、そいつらの数人、このビルにいるかもしれない。下手な行動はしないように気を付けよう。」
北条は、ここでひとつの仮説を立てる。
何かを隠す様子もない。
そして、この場所に逃げ道があるとは言いがたい。
となると、ここにいる組織のメンバー達は、もはや『捨て駒』である可能性が高いと。
(いま、ここにいるメンバーの身柄と引き換えに、重大な『何か』を守るまたは逃がす、とは考えられないだろうか……。)
これまで、数多くの事件と向き合い、そして解決してきた北条。
これまでの経験をフル活用し、犯人達の真意を探る。
「……そうか、彼らはきっと……。」
北条が考えている間に、ふたりはすでにレストラン街へとたどり着いていた。
「……北条さん。」
灰島が小さな声で北条を呼ぶ。
「……うん。囲まれているねぇ……。」
そして北条もまた、自分達の置かれた状況を理解していた。
「稲取くん、最上階・レストラン街のほぼ真ん中。囲まれちゃったよ、僕ら。」
こんなときでも落ち着きは失わない北条。
小声で無線を使い、簡潔にまとめて稲取に状況を報告する。
「なんだと!?逃げ場はあるのか?」
「まぁ、奴さんの配置を見れば、逃げるのは簡単そうだけど……。そうだね、『ただ囲むように近づいた』だけな気がするなぁ。」
「……え?」
ほとんど慌てる様子の無い北条の言葉に、灰島が逆に動揺する。
「灰島くん、このビルに立て籠ったメンバーの人数って、報告にあったっけ?」
「たしか、8人……。」
「……正解。そして、いま目の前にいるのが、8人ね。」
犯人グループは、その全員が姿を表していた。
「全員、出てきた……。」
灰島は、犯人グループとおぼしき8名が全員目の前に姿を表したことに驚いた。
「組織だった行動としてはあり得ない……。リーダー格の人物は、隠れたり先に逃げたり、とにかく捕まらない選択肢を選ぶものじゃないのか……?」
今回のビル占拠の『その先』を見据えているならば、リーダー格は何としてでも残しておかなければならない。今後の活動の基盤となるために。
しかし、ここでは占拠したとされる8人全員が、北条と灰島の前に姿を表している。
(……これは、嵌められたかな、彼らは……。)
北条は思った。
自分に対し、まったく攻撃の意思がない。
それどころか、ふたりの……どちらかと言えば北条のことを待ちわびていた感もある。
「……慎重に話すよ。稲取くん、僕たちの話を聞きながら、応援や突入の合図、頼めるかな?」
北条はスーツの襟で口許を隠し、小声で稲取に無線を飛ばす。
「……了解。灰島、北条さんの些細な仕草、見逃すなよ。」
稲取も、北条達が置かれている状況を察したようだ。すぐに灰島にアドバイスをする。
「……ふぅぅ」
自らの気持ちを落ち着けるように、北条が小さく息を吐き……。
「警視庁捜査一課の北条だよ。……話を聞こうか。」
出来るだけ男達を刺激しないよう、灰島よりも二歩ほど前に出て話し始めた。
「お前は、裏切りもんじゃねぇだろうな?」
いちばん奥にいた男が、北条を探るように訊ねる。
「へぇ、『お前は』ってことは、君達は警察関係者に騙されたってことで良いかな?」
「うっ……。」
北条は、男の言葉を聞き逃さなかった。
突然、核心を突かれたことで言葉を詰まらせる男と、落ち着きがなくなる周りの男達。
「ちょっと待ってくださいよ……警察と麻薬密売組織が関係してるなんて、あるわけが……。」
「まぁまぁ、おじさんの戯言なら、それに越したことはないからさ、ちょっとだけ付き合ってよ。」
言葉を遮ろうとする灰島に笑顔で言う北条。
「失敗をおかした君達は、粛清される代わりに取引に応じた。そんなところ?」
8人の額には脂汗が浮かんでいる。
よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。
「そこんとこ、どうだい?『若頭補佐』。」
「……え!?」
それは、灰島にとっては驚くべき事実であり、北条にとっては予め予見していたことでもあった。
「そもそも、鬼神会と麻薬密売組織ってふたつに分けて考えていたからさ、僕たちは混乱したんだよ。そうじゃなくて、『鬼神会が麻薬密売組織』と解釈していれば納得できる。それなら、鬼神会の構成員を探す必要なんて無いんだから。」
北条は、笑いながら言った。
「では……鬼神会の構成員が麻薬密売組織の中核と言うことなんですね……?」
「……僕の憶測だけどね。それぞれ顔の割れているメンバーは、鬼神会の若い衆だと言う裏付けも取れている。まぁ、我々警察は『組織と繋がっている鬼神会構成員』と間違えて認識したみたいだけとね。」
突然、この麻薬密売に関しての事件が一課の中で進展し始めた。
その流れに北条は違和感を感じていたのだ。
出来るだけ反論せず、否定せず、北条は別の線を探っていたのだ。
「……さすがです。しかし、なぜそんなに暴力団構成員のことを知ってるんです?」
北条が優秀な刑事であることは、もちろん灰島は分かっていた。
しかし、暴力団関係の捜査は主に捜査四課の担当である。
「それは、協力したよ。熊さんと。」
「……あ」
確かに、北条と熊田は親しそうでもあった。
「でも、北条さん、鬼神会の関与は知らなかったんでしょう?」
「ん?何で?」
このとき、灰島は捜査四課が合流したときのことを思い出した。
「いや、北条さん……熊田四課長が鬼神会の話をしたとき、知らなさそうな感じだったから……。『まさかの鬼神会』って言っていたし……。」
こう言う洞察力は、北条とバディを組むことで養われ、磨かれてきた。
「……成長したね、灰島くん。少し前の君なら、そこに気付かなかった。」
「……恐縮です。」
北条は小さく息を吐き、口許に笑みを浮かべる。
「優秀な後輩を持つと、種明かしが早くてつまらないねぇ。……あれは僕の演技だよ。あの時、熊さんが『鬼神会だ』って言って僕が『やっぱりね』と答えていたら、君の犯人グループに対する印象が変わってしまう。僕と一緒に尖った先入観で物事を見ることになってしまう。だからだよ。僕の推理が当たればそれで良し、外れていたら君に推理してもらおうと思っていた。ただ、それだけだよ。」
北条は、相棒である灰島が、自分の考えに染まってしまわないように考えたのだ。
捜査一課のエースと、捜査四課長の間でやり取りがあることを知ってしまったら、おそらく灰島は反論せず、考えることも止めてしまっただろう。
そうなることを、北条は避けたかったのだ。
「そのうち明かそうと思ったけど、面白そうだから続けちゃった。ごめんね。」
悪びれる様子もない北条に、灰島は苦笑いを浮かべる。
「まったく、あなたと言う人は……でも、彼らの反応を見る限り、北条さんの推理は『当たり』だったみたいですね。」
「うーーん、残念だけど。」
北条が難しい顔をする。
彼の推理が当たること、それは警察にとっては不利益なことであるという答えが、彼自身の方程式が導き出してしまったのだ。
「関東最大の極道組織が、警察と裏で繋がっていた……だって?」
にわかに信じがたいと言う表情の灰島。
「気持ちは分かるよ灰島くん。僕も、同じことを思っているからねぇ……。」
どことなく、警察の闇を予感していながらも、それだけは無いだろう、と警察を信じていた北条。
「……それで?君達の名前を割り出したのは、一課と四課。そして僕自身は今回の君達の繋がりについては何も知らない。さぁ、君達は何課と繋がっていたんだろうね……。それとも、『もっと上』?」
自分の信じる警察組織。
北条はその誰かが警察を、そして国民を裏切っていると言うことが許せなかった。
「それは、言えない……でも。」
『若頭補佐』そう呼ばれた男が、額に脂汗を浮かべながら、こう言った。
「北条……そして灰島……このふたりは必ず道連れにしろ。そう言われた……」
カタカタと小さく震えながら、若頭補佐の男は言った。
「それが、どういう意味かは、君も分かってるんだよね……。」
北条は、僅かの動揺を圧し殺すように、うっすらと笑みを浮かべて若頭補佐の男に問う。
「もちろんだ……。もう、俺たちは用済み。消されるしか道はないってことだ。どうせ死ぬなら、あんたらを道ずれに死ね、そう言うことだろう?」
「気を遣わないで言えば、そう言うことになるね……。太田くん、鬼神会の若頭補佐にまで登り詰めた君が、こんな簡単に捨てられるなんて、極道の世界も世知辛いねぇ……。」
このとき初めて、北条は若頭補佐を名前で呼ぶ。
若頭補佐……太田はこのとき、北条の言葉に心を動かされたのであった。
「あんたは……怖くないのか?目の前で、この俺が道連れにしてやるって言ってるんだぞ?これからあんたは殺されるってことだぞ?」
北条は、小さく溜め息を吐く。
やれやれ、と言ったジェスチャーを太田に見せると、
「……極道の世界では、敵に『死ね』って言われたら、『はいわかりました』って命を絶つのかい?……僕はまぁまぁ生きたけど、それでももう少し生きていたい欲張りなものでね。いまこの時間も、どうすればこの状況を打開できるか、それを考えてるよ。」
一方の灰島は、北条とは逆に萎縮してしまっていた。
(この人……どれ程の修羅場を潜ってきたんだ……?目の前で命の危機を知らされているんだぞ……?いま、やり方を間違えれば、俺達は……死ぬんだぞ?)
これまではあまり感じることの無かった『死に対する恐怖』。
それを目の当たりにしながらも、怯むことの無い北条に、灰島は僅かばかりの恐怖を感じるのであった。
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