9-2

灰島は、一課で事件と向き合いながら、ひとり妹の事件も追っていた。

もう時効の成立している暴行事件。

捜査技術の進歩した現代でさえ、証拠のひとつも出なかったそんな事件に、灰島はずっと疑問を抱き続けてきたのだ。


そして、北条と灰島がコンビを組んで、1年が経とうとした、ある日のこと……。



「北条さん……。」



真っ青な顔で、北条に声をかける灰島。


「どうした、ごはん食べてないの?」


北条が冗談を言う。

……が、灰島は表情ひとつ変えずに言葉を紡ぐ。



「やっと見つけたんです。犯人を……。」


「……妹さんの?」


「はい……。」



ずっと追い続けていた、妹に暴行をはたらいた犯人。

その人物が分かったことは、喜ばしいことのはず。

それでも浮かない表情の灰島に、北条は何か悪い予感を感じた。



「ちょっと、場所を変えようか……。」



恐らく灰島は、自分ひとりでは処理しきれない事案に直面してしまったのだ。

そう思った北条は、少しでも灰島の力になろうと、じっくり話を聞くことに決めた。しかし……。



「入電です!東京湾岸ビルで占拠事件発生!犯人はビル最上階に立て籠り、警察との交渉を求めている様子!犯人グループは8人!」



無情にも、事件を報せる声が事務所内に響き渡った。



「必ず話は聞くよ。僕も力になりたいからね。」


「すみません。ありがとうございます……。じゃぁ、この事件が終わったら、ウチに来ませんか?ゆっくり飲みながら話したいし……司……あぁ、彼女のことも紹介したいので。」


「お?ご馳走してくれるのかい?嬉しいねぇ!……じゃぁ尚更、さっさと事件を解決しなければ、だね。」


「……はい!」



このときのことを、北条は後悔していた。

少しだけゆっくりと、灰島の話を聞いてあげることが出来たら。

もう少し早く、灰島の異変に気付くことが出来たなら……と。



到着した東京湾岸ビル周辺は、物々しい雰囲気に包まれていた。


何度か爆発したであろうプラスチック爆弾。

粉々に砕け散った火炎瓶。


へし折られた角材など、その場で大きな抗争があったことを物語る風景であった。




「これはまた派手だねぇ……誰が犯人なんだい?」



北条が面倒くさそうな表情で近くの警備員に問う。



「はい、ずっと身を隠していた、麻薬の密輸組織のようです。なんでも、この近くの極道組織と抗争にまで発展したそうで……。」


「じゃぁ、四課も合同だね?」


「はい、ビルの反対側にいます。」



聞けば、暴力団幹部の男と密輸組織が麻薬の受け渡しをしている途中、トラブルになり抗争にまで発展したそうだ、



「一筋縄じゃ、いかなさそうだねぇ……。」



「……それで、警察との交渉って、何を犯人グループは要求してるんだろうね……。」


「分かりません。犯人グループはただ、『警察と交渉させろ』の一点張りで……。我々が近づこうものなら、あのように火炎瓶や手榴弾で牽制を……。」



「うーん、警察……誰が出ていけば満足してくれるのか。君たちだって警察官でしょ?でも、君たちではダメ……。じゃぁ、僕が行ったところで、だよね?」



『警察と交渉する』



そのたった一言が、北条には難解な鍵のように思えた。



「北条さん、相手の話に乗ってやる必要はねぇ。奴らの死角から突入して縛り上げてやれば良いじゃねぇか!」


北条、灰島と同行していた稲取が、鼻息荒く北条に言う。



「まぁ、それも一理あるんだけどね……。まずは犯人グループがどこの誰かをしっかりと見定めなければね……。」


北条のその言葉に、灰島が何かを感じ取る。



「確かに。通報では『抗争に発展した』と言っていた。しかし……その暴力団組織はどうした?逃げた?いや、暴力団が尻尾を巻いて逃げるなど、恥。メンツにかけても、ただ逃げる真似だけはしないはず……。」


「……100点だよ。戦うにしてもやられるにしても、この周辺にひとりも暴力団関係者がいないのはおかしい。その捜索も同時に行うべきだね。」



消えた暴力団組織。

そして、ビルに立て籠る犯人達の正体……。



北条と灰島は、現状の不可解さに戸惑う。



「とにかく、四課が合流したら、両方の捜索を始めよう。あとは、ビルのなかにいる犯人の特定。」


「……了解。」


「……おぅ。」



ほどなくして、捜査四課が合流した。



「やぁ熊さん。相変わらず熊だねぇ……。」


「あぁん?北条テメェ、喧嘩売ってんのか?」



パトカーから出てきた、派手なスーツ姿の大男。

彼こそが捜査四課長、熊田 力くまだ ちからその人である。

暴力団関係者でさえ恐れ、『ヤクザ狩りの熊』とも呼ばれている。



「熊田さん、ここに来るまでに新たな情報は?」


稲取も、北条と共に一目置く人物である熊田。

彼が不確かな情報で自ら動く男ではないことを、重々承知していた。



「……ねぇよ。ここに『鬼神会』の奴らがいるのは間違いねぇ。」


「……え」



熊田の言葉に、稲取が凍りつき、北条が振り返った。


「おやおや……まさかの鬼神会……。人員が足りないんじゃないの?」



鬼神会。

それは関東を牛耳る、極道組織の東の一角である。


他の極道組織が小さく見えるほどの大団体。

そんな鬼神会が、この事件に絡んでいたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る