8-15

こうして、長かった都庁ジャック事件は幕を閉じようとしていた。



「大山さん、あなたの気持ちはよくわかる。悔しかったでしょう。さぞかし無念でしょう。でもね……あなたのしたことは決して許されることじゃぁないよ。復讐っていうのはね、達成したところで誰も喜ばない。悲しみと後悔しか生まないんだ。それを……忘れないでね。」



2日後、都庁ジャックの人質であった青年3人が起こした事件の被害者の父・大山の取り調べが北条によって行われた。

大山は、現行犯で逮捕されたため、黙秘も否認もしなかった。

被害に遭った青年の傷も浅く、本人も深く反省しているので、罪は軽いだろう。



「はい……馬鹿なことをしました。確かに、復讐をすることでみさきが喜んでくれるとは、思えない……。」


「うん。」


「でも……どうしてもあの時のみさきの笑顔が忘れられないんです。お父さん、今日はお腹、空かせておいてねって……笑って家を出ていった、あの時の笑顔が……忘れられないんです。」


「忘れなくて、いいと思うよ。あなたにはそんな優しい、笑顔の素敵な娘がいた。それを忘れちゃ……みさきさんが可哀想だ。でもね大山さん、悲しいこばかり覚えていてもだめだ。みさきさんのためにも……楽しかったこと、嬉しかったこと、そして生まれてきた時のことを決して忘れず、胸にしまっておくんだよ……。」


「はい……はい……!」



北条の取り調べは、取り調べというよりも北条と大山の会話に終始した。

罪を認めている人間に、しかも被害者に娘を殺された父親に、これ以上問い詰める必要はないと北条は判断したのだ。



「じゃぁね。少し経って出てきたら……思い出を大切に生きるんだよ。」


「はい。ありがとうございました。本当に……。」



留置所に向かう、大山の表情は晴れやかであった。




「お疲れさまでした。」



取調室の外で待っていたのは、司だった。



「うん……なんともやるせないね、今回の事件は。犯人も死亡、人質が別の事件の犯人で、日々を真面目に生きてきた被害者の父親が逮捕される……。悔しいけど、誰も救うことが出来なかった。」


「えぇ……。でも、甚大な被害に関しては防ぐことが出来た。それは事実です。」


「……そうだね。」



特務課司令室までの、短い道のりを、ゆっくりと歩く北条と司。

そんな二人を、司令室入り口で待つ人物がひとり。



「北条さん、司令!ヘリの中にいた男の顔が映ったよ!」



画像の解析を進めていた、悠真だった。


「本当かい!?」


「すぐにみんなを集めましょう!」



北条と司は、司令室へと急いだ。




――――――――――――――――




司の呼び掛けで、全員が集まった特務課司令室。



「飛び去るヘリの動線上にあるカメラの映像・画像を手当たり次第に集めて解析したよ。その結果、鮮明じゃないけど、狙撃手と一緒にヘリに乗っている男の映像がゲット出来たよ。」


悠真が自慢げにここまでの経緯をメンバーに伝える。



「それで、画像は?」


「うん、いくつかあるけど、些細でも手がかりが見つかるかもしれないから、全部出すね。」



出来るだけ多くの手がかりが欲しい、と悠真が収集した画像・映像の全てを司令室のモニターに映し出す。



「これはまた、よくこれだけ集めたねぇ……。」


「すごい……。」



モニター一面に並べられる映像に、メンバー達が感嘆の声をあげる。

それぞれ映し出されたものを注視し、少しでも手がかりになりそうなものを探していく。



「……嘘……。」



そんな中だった。

司が真っ青な顔で、モニターの一部を凝視していた。



「……司ちゃん?」



その様子に真っ先に気付いた北条が、司の隣に立つ。



「何か、見つかった?」



北条が心配そうに司に訊ねる。

極力、メンバー達の視線を集めないよう、小声で。


「北条さん……。」



司は、一度だけ北条の顔をみると、小さな声で答える。



「あの、一番左上の映像に……。」


「一番左上……あれかな?」



映像は、最後まで流れるとリピートされて再び最初から流れるように設定されている。

北条は、司が言っていた『一番左上の画像』のみを注視した。



「…………あ。」



そして、北条もその画像の異変に気付いた。



「……どうして、『彼』が……。」


「うん、彼は『あの時』亡くなったはず……。」




ふたりとも、ヘリに乗っていた男の存在が信じられない様子であった。



「ん?どうした司令。北条さんも、なにふたりでこの世の終わりみたいな顔してんだよ。」



ふたりの様子に気付いたのは、虎太郎だった。

凍りついたように動かない司。

しかし、北条は苦笑いを浮かべながら答える。



「まさか、ここでも『8年前の事件』が絡んでくるとはね……。恐らくだけど、狙撃手と一緒にヘリに乗っていた人物は……8年前の事件で亡くなったとされる人のひとりだよ。」


メンバー達の視線が、北条に集まる。



「正確には、香川くんのお母さんの事件と同時刻に起こった事件。ふたつの事件は別々だけど、奇しくも関係してしまったんだよ。」



「言っている意味が、分からねぇよ……。」


当事者以外まったく把握できない、事件の概要。



「必要なことだから、これから話すよ。当時の……8年前のことを……。いいね、司ちゃん?」



北条が決意をすると、司は小さく頷く。



「時は、8年前のことだよ……。」



こうして、北条の昔語りが始まるのであった……。


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