8-14

「3、2、1………」


北条、あさみに見えるように、手で合図を出しながら、虎太郎は周囲に視線を巡らせる。

幸運なことに、この外通路はメンテナンス用。


客から直接見える位置ではないので、用具が従業員の都合の良い場所に置かれていた。



「……0!!」



虎太郎が合図を出すと同時に、隅に置かれていた脚立を力任せに立てる。

すると、ヘリに乗っている狙撃手のライフルの先端が、一瞬脚立の方へと動いた。


「……今だ!」



虎太郎の合図で北条、あさみが非常階段近くまで走った。

しかし、すぐに狙撃手は、狙いをもとの位置に戻し……。



「……え?」



このとき、あさみが狙撃手の動きに違和感を感じ、その足を止めた。



「おい!隠れろよ!」


虎太郎が必死に叫ぶ。しかしあさみは動かない。



「あたしたち……狙われてない……?」



そう、狙撃手のライフルは、北条、あさみ、そして虎太郎の誰にも向いていなかったのだ。



「そんなわけ……」



次の瞬間だった。


ーーータンッーーー



乾いた銃声が、1発。

次の瞬間、虎太郎の先にいたFが、何も言葉を発すること無く仰向けに倒れた。



「仲間が狙いだと……!?」



その信じがたい光景に、3人は言葉を失う。



「……みんな、まだ終わってないわ!身を隠して!」



呆気にとられている3人に、司が無線で指示を出す。

すぐに3人は、それぞれ物陰に隠れた。



(…………ん?)



物陰に身を隠したままで、虎太郎はヘリの中に乗る人物が、狙撃手ひとりではないことに気づいた。



操縦をする男、狙撃手。

そしてもうひとり……。


漆黒のスーツを着た男が、狙撃手の後方に足を組んで座っていた。



「悠真……ヘリの中、映せるか?」


「え……?追跡してみる!」



虎太郎の問いに、悠真は画像を送ることで答えた。



「あいつ、なにか言ってたぞ……。」


ゆっくりと去っていくヘリコプター。

Fの逃走は、狙撃手の行動によって阻止されたが、結局狙撃手本人とその仲間達を押さえることは出来なかった。



「行った……みたいだな。」



虎太郎が大きく息を吐くと、展望台内から北条とあさみが駆け寄ってくる。



「虎、怪我はないかい?」


「まったく!無茶するんだから!」


「あぁ、俺は何ともねぇ。でも……。」



虎太郎が、視線を通路の先に向ける。

そこには、無造作に横たわったFの姿があった。


3人がFのもとに歩み寄ると……。



「……即死、だね。」


「1発で仕留められたって言うのかよ……。」


「揺れるヘリの中で、こうも的確に眉間を撃ち抜くとか、神業としか言いようがないわ……。」



その無惨な姿に、一同言葉を失った。



「こちら北条。下層階の犯人グループは全員逮捕。首謀者Fこと、藤井 義彦は『神の国』構成員により射殺。都庁ジャック事件については、解決……だね。」



ヘリが去り、静寂を取り戻した都庁上空。

解放された入口からは次々と刑事達が入っていき、各階では現場検証が始まる。



「こちら辰川。都知事の執務室で、爆弾見つけたぜ。なかなか破壊力のある、プラスチック爆弾。造りはそう難しくないが、電波を受信するような装置が組み込まれてる。これはリモコン式だな。」



辰川が、爆弾を解除したことを無線でメンバー達に知らせる。



「了解。爆弾処理班を急行させます。リモコンの捜索を各員……」


「……あったぜ。リモコンはFのスーツの内ポケットだ。」



志乃が話している途中で、虎太郎が無線で答えた。



Fのところには、鑑識が到着していた。


「死因は、間違いなく眉間を貫通した銃弾1発。即死です。」



鑑識が、虎太郎達が目の当たりにした光景をそのまま報告する。



「あぁ……信じられねぇけどな。」


「Fは、どのタイミングで爆弾を起爆させようと思ったのかしら……。」



虎太郎とあさみが、顔を見合わせる。


「彼のことだ。きっとヘリに乗り込んでから去り際に押すつもりだったんだろうね。まさか、自分がこんなことになるとは思ってもいなかっただろう……。」



都庁を完全に掌握していたと思っていた、F。

彼の思惑は、たったひとつの綻びにより、脆くも崩れ去る結果となってしまった。



「この事件、決め手は何だったんだ?」


不意に虎太郎が考える。



「北条さんが都庁に入ったことか?それとも俺やあさみ、辰川さんが突入してFを追い詰めたことか?……何かパッとしねぇんだよな……。」



犯人を自分の力で追い詰める。

そんな捜査を信条とする虎太郎にとって、今回の事件の違和感は大きかった。



「いや、小さい事件じゃねぇ。長い夜を過ごしたデカイ事件なんだけどさ……なーんかお膳立てされたような……」


「なにわけわかんないこと言ってるのよ。……そりゃ、確かに突入から解決までのスピードは早かったけど……。」



虎太郎とあさみが、どうも納得していない表情を見せる。



「うん、その答えは……きっと司ちゃんと志乃ちゃん、だね。」



難しい顔をするふたりに、北条は笑って話しかける。



「あらかじめこの事件を予感した司ちゃんと、的確に警察官を配置して無駄の無い突入と、人質の確保を指示した志乃ちゃん。あのふたりが今回はFよりも上手だったってことだね。何だかんだで、Fはあのふたりの掌で踊ったんだよ。」


「マジか……。」



この事件に最初からあった、『小さな穴』。

司はそれをいち早く発見し、緻密な計画を立て、志乃はそれを確実に遂行できるよう、全警察官に指示を出し、的確な配置をしたのである。




「まったく……ウチの課には恐ろしい子がたくさんいるよ……。」


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