8-12
一方、北条は解放された人質3人の後を追っていた。
(ここまで探しても、大山さんは居なかった……。考えられる可能性は、油断した人質達を狙う、出口までの道筋……!)
上へ、上へと大山の捜索をしていた北条だったが、人質が解放された時点でそれが間違いだということに気づいた。
(これまでずっと静かに娘さんの帰りを信じていた、忍耐強い人だ。短絡的な犯行なんていちばん可能性の低い方法だった。僕の読みが甘かった……。)
北条は、自分の読みの甘さを反省すると共に、大山の行動に不安を感じた。
(待って、待って待ち続けた娘が殺されていることを知り、それでも耐えて今まで接触していない大山さん……。彼らを見たらどうなってしまうんだろう……。)
娘を信じて待つという気持ちが無惨にも壊され、残ったのは犯人たちに対する怒り、恨み……。
「大山さん、ダメだよ……あなたの手が血に染まること、きっと娘さんは望んでないよ……!」
大山がどの位置で3人と接触するのか、皆目見当がつかない。
あらゆる状況を想定し、北条は3人から目を離さない。
そうこうしているうちに、大山と接触をしないまま、2階へとたどり着いた。
エレベーターで1階へも行けるが、3人は別の逃走経路から逃げようとしたのか、非常階段を2階まで下りたところでホールに出て走り出す。
(馬鹿な……正面玄関以外は犯人グループが全て押さえていることを知らないのか……?)
このとき、北条は3人が引き返してくるであろう方向を予測した。
しかし…………。
「娘を……返せ!」
大山は、そんな3人に引き返すことを許さなかった。
「大山さん!?」
どこから大山が出てきたのか、北条は慌てて周囲を見回す。
「!!」
その視線の先には、メンテナンス業者が使うための点検口が、口を開いたまま開け放たれていた。
「くっ……!盲点だった!……大山さん、やめるんだ!あなたまで血に染まる必要はないよ!」
必死に大山を止めようと走る北条。
それでも、半歩届かなかった。
大山の振り下ろした千枚通しが、無慈悲にも男のひとりをとらえる。
「あぁぁぁ!!」
千枚通しは男ひとりの太股に深々と突き刺さり、その男は地面に転がり、大きな悲鳴をあげる。
「何てことを……!!」
慌てて北条が取り押さえに入るも、大山は普段の性格からは考えられないような暴れようで、北条を振り払う。
「返せ!娘を返せ~ーー!!」
千枚通しを取り上げようにも、大山の握力が強すぎて手から離れない。
(くっ……虎だったらすぐに組伏せられるところなんだろうけど……厳しいな……。)
既に怪我人が出ている状況。
北条が珍しく、焦りの色を見せた。
北条を引きずるように、少しずつ男たちに近づいていく大山。
「大山さん!落ち着くんだ!いま、感情に任せて彼らを傷つけても、あなたのためにならない!」
「みさきが……娘が帰ってこないなら、もう私に失うものはないんです!それなら……いっそこの3人の息の根を止めてやる……!どれほど娘が苦しみ、辛い思いをしてきたか、身をもって、命をもって味わうがいい……!」
食いしばった歯が欠け、口からは血が流れる。
それでも大山は、3人に向かっていった。
「ひぃぃ……やめろ……死にたくない……!」
「許してくれ!金なら払う!」
口々に命乞いをする男たち。
しかし、大山は止まらない。
「お前たちも、嫌がるみさきを辱しめたんだろう!やめてというみさきを……!」
「頼む!なんでも言うことを聞くから……!」
男達のひとりが言った言葉に、大山の動きが止まった。
「なんでも……?」
「あぁ!なんでも言ってくれ!それで罪滅ぼしになるなら!」
「わかった……。」
大山の身体から、力が抜ける。
北条も、ようやく落ち着いたか、と安堵した。
しかし……。
「じゃぁ、あの世で3人、みさきに土下座して謝ってくれ……。」
ゆっくりと男たちに近づいた大山は、そのまま2度、3度と千枚通しを振るった。
「ぎゃぁぁぁ!!」
「やめて!痛い……!!」
心臓を狙い振り下ろされる千枚通しは、防御しようとする男の腕を、掌を貫いていく。
(これじゃ、時間の問題だ……!)
このまま制止していても大山は止まらない。
そう感じた北条は、大山を背負い投げすると、そのまま拘束した。
「大山さん!落ち着いて!あなたまで殺人に手を染めることはない!みさきさんは、そんなことは望まない!!」
大きな声で諭すように、北条は大山に言う。
そして、大山の動きは完全に止まる……。
「あの日……」
少しの間。
大山は、溢れる涙もそのままに、当時のことを離す。
「あの日は、私の誕生日だったんです……。娘は……みさきは夕食は豪華なものを作るねって買い物に行って……そのまま……。怖かっただろう、辛かっただろう……!」
ついにはその場に突っ伏し、声をあげて泣いた。
「う、うぅ……助かった……!」
「刑事さん、早く救急車……!」
「早く帰りたい……!」
一方、九死に一生を得た3人の男たちは、安堵の声を漏らす。
「救急車は必要ない。これから君達には警視庁に来て貰う。全員逮捕だ。」
そんな3人に、北条は冷たい視線を向けた。
「君たちのやったことは、決して許されることではない……。絶対に逃がさないよ。人生を棒に振ってでも、償って貰う。」
「そ、そんな……」
項垂れる男たち。
(こんなやるせない気持ちは久し振りだ。……許さないよ、F……!)
こんな下らないゲームは、即刻終わらせてやる。
北条は、そう決意した。
――――――――――――――――――
「そろそろ、頃合いね……。」
この、長期戦を覚悟した都庁ジャック事件。
自身も捜査に加わりながら、さもFの掌で踊っているように見せかけ、その実反撃のチャンスをうかがっている者がいた。
「志乃さん、そろそり仕掛けるわ。『彼』に合図を。」
「了解しました。」
そう、その人物こそ、特務課司令・司であった。
「スパイの存在……それがあなたたちの専売特許だと思ったら大間違いよ。警察には『潜入捜査』というものがあるのよ……。」
「都庁内のSIT各員に通達。『合図』が出ました。至急退路の確保を!」
そして、この『隠された作戦』をあらかじめ知らされていた人物が、もう一人。
「都庁解放作戦を決行します。それぞれ自身の身の安全確保を最優先に!古橋隊長は中の隊員と合流し、指揮を執ってください!」
オペレーター・志乃。
彼女もまた、司の作戦を事前に聞かされ、そしえその作戦を理解したひとりであった。
「都庁……解放作戦だって?」
「なにそれ、私聞いてない……。」
「僕も。その作戦があることは知らなかったよ……。」
特務課メンバーたちが驚きの声を上げる。
そう、この作戦、司は志乃以外の誰にも伝えてはいなかったのだ。
北条が単身都庁に乗り込むとは思ってもいなかったが、それでも、今後の作戦のことを考えると好材料であったのだ。
「あまり多くの人に知られると、何かの拍子に漏れてしまうかも知れなかったから。ごめんなさいね。信じていないわけではないのだけれど。」
司が申し訳なさそうにメンバーに言う。
「ま、確かに。無線を傍受されたりの可能性も否定できなかったからね。」
「……で、この作戦、どこまで進んでるんだ?」
そうなると、気になるのは司がここまでで仕込んだ『準備』であった。
「犯人グループは総勢で15人ほど。思ったよりも多くなかったわ。きっと徹底的に自分の支配下に置くために。Fの性格を考えたら、そのくらいの人数の方が扱いやすいのよ。その中の5人を『すり替えた』わ。」
「すり替えたって……?」
「先日のバスジャック事件、人質の受け渡し場所は都庁だった。もしかしたら、この先の事件のための下見もかねていた可能性があった。だとしたら、本体はいつ来るか……さすがにそこまでは分からなかったから、5人体制でSITの皆さんに警備をお願いしていたんだけどね。もし、都庁で何かあったら、すぐに対応するようにってね。」
「すげぇ……」
「そこまで、読んでいたのか……。」
「それなら、都庁ジャックを未然に防ぐことも出来たんじゃ?」
あさみが、ここで疑問を司に呈した。
「さすがに、そこまでは予見できなかったわ。『狙撃手』はおそらく来るだろうと思ってはいたわ。一度位置関係を捉えたこの場所は、狙撃手にとっては絶好の狙撃ポイントだから。でも、私の予見はそこまで。具体的な日時や、主導者が誰なのかは全く予想できなかったの。」
「Fが現れることも……。」
「えぇ。正直、想定外だった。まさか、同じ立て籠り事件で失敗しているFを使うとは思っていなかったから。それに、プライドの高い彼のことだから、組織に戻って失敗を責められると言う屈辱は味わいたくないだろうとも。」
司は、メンバー達の質問に答えていく。
その質疑応答で、メンバー達が思ったこと、それは……。
「それにしても、そこまで想定できたことがすげぇよ。5人もスパイを潜り込ませてるなら、すぐに都庁を解放できる……!」
「確かに。最小限の被害で都庁を解放できるわ!」
司の分析能力、そして予見と言う特殊な能力に秀でていることに対する尊敬の念。
予め予見したことに対しての対策を立てる。
早期の事件解決のための計画を練る。
それを、司のもとで継続してきたからこそ、特務課は警視庁内でも一目置かれているのだ。
「でも……それではダメなのよ。」
それでも、司にはまだ不安な点があった。
「そこまで根回しをしても?」
「そう。『必要最小限』の被害ではダメなの。私たちは、人質を全員無事に解放する『被害ゼロ』を目指さなければならない。」
「……ひゅぅ♪」
北条が、司の決意に感心するかのように小さく口笛を吹いた。
「でも、司ちゃんはそれだけでは納得しない、よね?」
「えぇ……私の目標、それは、人質だけではない、我々捜査員も無傷で、生きて帰らなくてはならない。」
そう、司がこの作戦の決行に思いきれなかったり故は、ただひとつ。
完全に捜査員を避難もしくは撤退させる方法が、まだ固まっていなかったからだ。
「ま、我が特務課の司令がそう言ってるんだ。部下の我々は必死に任務に当たらないと行けないねぇ。まずは、誰も死なないように各自考えながら任務に当たろう。」
「了解!」
「了解。」
「はいよ!」
「オッケー!」
メンバー達がそれぞれ返事する。
「同時突入の合図は私が出します。5人の潜入捜査官たちにも指示を出してありますので、それぞれ、都庁の入り口に向かってください。」
「じゃ、俺は正面玄関にしようかね。」
辰川が正面玄関を選ぶ。
「あたしはこのまま、執務室の外から潜入するわ。」
「俺は、みんなより少し遅れそうだから……そうだな、正面玄関にするぜ。」
特務課メンバー全員が、突入の準備を直着と進めていた。
「じゃ、僕はまた単独行動をさせて貰うことにするよ。」
人質3人を無事に外に出し、外にいた刑事に逮捕される様を見送り、大山も外に出すことに成功した北条が、無線を飛ばす。
「おい北条さん、大丈夫だろうな?」
あまり聞かない、北条の単独行動と言う言葉に、虎太郎が不安で問う。
「勿論さ。僕は必ず、Fとその仲間たちを今夜のうちに逮捕するよ。その前に……Fには教えておかなければならない。人間の命を弄ぶと言うことが、どれほど恐ろしいことなのかを。」
北条は怒りに振るえていた。
目の前で、善良な市民が殺人未遂を犯してしまう程、心を壊される様を見せつけられた。
人の小さな出来心を巧みに操り、人質達がもう社会的に戻ってこれないような状況を作り出した。
そして、死刑囚の釈放などを要求し、善良な市民たちに再び恐怖と混乱をもたらそうとしている。
「思う存分、味わって貰おうと思うよ。こっちだって、たーだ時間を無駄に過ごした訳じゃない。言ったよね?『僕は、納得の行かない事件のことは徹底的に調べる』って。」
そう。
大山の事件も、以前の連続暴行事件が完全に解決していないと思ったから、独自に調査した。
その結果、今回の大きな事件に繋がり、最悪の形となってはしまったが、大山を娘に会わせることも出来そうだ。
そして、北条の『納得の行かない事件』はこれだけではない。
事件を解決させたかのように偽装し、仲間を殺した、銀行立て籠り事件。
あの時から北条は、継続してFのことを調べていたのだ。
「さて……どうすれば僕、虎みたいな迫力のある交渉が出来るだろうか……。いや、この際交渉なんてしなくていいのか」
必死に言葉を探す北条。
「お、おい……やっぱり、俺達がちゃんと突入するまで待ってろよ。」
「虎、決め台詞とか、無いの?」
「あるか!」
「残念だなぁ……。じゃ、僕なりのやり方を一生懸命考えることにするよ。」
北条が通話を切ろうとする。
「……北条さん。」
そんな北条に、司が呼び止めるかのように声をかけた。
「……ん?」
「『あのとき』とは違う。私たちは、今回部下ではなく『同僚』ですから。」
端から見れば、なんのことかわからないような、そんな言葉。
しかし、そんな言葉でも、北条にだけは温かく心に届いたのだった。
「……うん。ありがとう司ちゃん。大丈夫さ。僕だって『あのとき』と比べたら、十分歳を取ったからね。無茶はしないと約束するよ。」
「わかりました。」
何故、年の離れた司と北条がこの言葉で通じあったのかは分からないが。司の一言が、北条の心に余裕を持たせたのは言うまでもない。
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