8-11

そして……




「入電です!」


司が司令室に戻ってきた頃合いを見計らったかのように、電話が入る。




「……繋いで。」



おそらくFであろう。

司は自分が戻るタイミングで電話が来るであろうと予想していたので、それほど驚きはしなかった。



「さて、結果は分かりましたか?」


「……本当に悪趣味な男ね。もう分かっているくせに。」


「確認ですよ、確認。」


「あの3人が言った通りの場所から、白骨化した遺体が見つかったわ。」


「……よろしい。それと、我々の『本題』のほうも、ゆめゆめお忘れになりませんよう……」


「早く人質を解放しなさい。」


「解放しても、世間が彼らを許すかどうか……」



司の話に、のらりくらりと答えるF。



「それはあなたが気にする事じゃない。良いから早く解放しなさい。マウント取っていられるのも今のうちよ。貴方もいずれ、同志たちと同じ場所に送ってやるわ。」



そこまで言うと、司は乱暴に通話を切った。



「司ちゃん、カッコいい~!」


「マジで、同じ女でも惚れるわ~」


「さすがは司令どの、だな。」



司の会話を無線で聞いていたメンバー達が、口々に司を称える。



「……茶化さないで頂戴。展望台の人質3人が解放されたら、こちらも一気に勝負に出るわよ。北条さん、あさみ、準備はいい?」



「僕の方は、いつでもOK~」


「あたしは、執務室の下に来たけど……あ。」



北条は、執務室に閉じ込められている間、ずっとこうなることを予想していた。

自分がなかなか都庁から出られないことも。

Fがつまらないゲームを始めることも。


そして、あさみがこの『仕掛け』に気づくことも。



仕掛けに気づいたあさみは、すぐさまSITに連絡をいれる。


「特務課のあさみよ。」


「……あぁ、特殊部隊出身の……。」


「北条さんが、突破口を作ってくれているわよ。執務室、窓が少し開けてある。」


「窓が?どうやって……」


「少しでも開け放たれていれば、Fも気づいたかもしれない。だから北条さんは、開けっぱなしに見えないように細工をしていたのよ。」


「細工……?」


「えぇ。窓にカーテンを挟んでおいたの。窓はしっかり閉まっているように見えるけど、その実カーテンがはみ出している。つまり、窓に鍵をかけることは出来ない。」


「我々の突入口にするために……?」


「たぶんね。でも、なかなかの高さよ。素早く登らなければ、きっと狙撃手に狙われる。貴方たちに出来るかしら?」



あさみが、古橋を挑発する。



「心配するな。有事の際に突入できるため、我々は訓練を積んでいる。小娘に引けを取るようなことは絶対に、ない。」


「言ってくれるわね……じゃぁ、あの人質が解放される直前に作戦開始といくわよ。注意がこちらに向く前に、一気に勝負するわ。」


「面白くないですね……。」


司から一方的に通話を切られたF。

その心中は、穏やかではなかった。

綿密な計画を立て、ゲームという形で、逃走経路の確保、そして各侵入経路の牽制など、ぬかりなく行ってきた。


それでも、警視庁特務課のメンバーはおれない。



地方あちこちの捜査を余儀なくされている。しあも深夜。


それでも特務課のメンバー達は、次々と罪を暴き、事件を解決し、人質たちを解放していく。


本来であれば、あと数人の人質の後、今の3人を公開する予定だった。



「気に入りませんね……。」



完璧だと思っていた、自分の計画。その計画が少しずつではあるが崩されていることに、Fは苛立っていた。



「私は、今の人質を解放したら、一度下の階に下ります。『ゲーム』は継続するので、ぬかりなく。」


「了解です。」



同志に指示を出すと、テレビ局に電話をかける。



「お待たせしました。事件の真相が分かりましたよ。」



警視庁にではなく、テレビ局に電話をかけたのは、警察すら予想出来ない仕込みをするため。



「さぁ、答え合わせをいたしましょう!」



番組に音声が繋がれたことを確認すると、声高らかに話す。



「先ほど、彼らが言った御嶽山山中で、白骨化した遺体が見つかったそうです。現在、身元の特定中とのことですがおそらく、大山みさきさんで間違いないでしょう。残念です。」



Fが言うと、テレビ局のヘリコプターの照明が、3人に向けられる。

少しでも鮮明に、その姿を映したいのであろう。



「皆さん、彼らをどうすべきだと考えますか?自らの欲にまみれ、未来ある若い命を奪った彼ら。解放する価値が果たしてあるのでしょうか?」



Fが、視聴者を煽る。



「……SNSのコメント欄が……。」



その効果は、すぐに表れる。

悠真がモニターを見ながら絶句する。



『死刑!』

『生かしておく価値ないだろ!』

『警察が殺さないなら、俺達でやろうぜ!』

『撃ち殺せ!』



擁護するコメントなどほとんどない。

皆、3人の人質たちを糾弾するコメントばかりであった。



これこそがFの狙い。

完全な悪人達をゲームの登場人物とすることで、視聴者を味方に引き入れる。

そしてFを正義の執行者と錯覚させるための、周到な罠だったのだ。



「まずいよ……。みんな人質たちを許すなってコメントしてる……。」


「解放したら、警察が悪者じゃねぇか……。」



悠真、虎太郎が狼狽える。



「そして、もうひとつ!」


それでもなお、Fは口を開く。



「遺体は、ブローチを握りしめていたそうです。いま、鑑識経由で警察から連絡がありました。」



Fは、特務課を無視し、直接捜査の進捗を警視庁に確認していた。


「遺体が……ブローチを?」



Fの言葉に、北条の足が止まる。


「おいおい……それって……!」


次いで、虎太郎が動揺した様子で無線を飛ばす。



「そのブローチが、大山みさきさんのもので間違いなければ、この3人は、大きな罪を犯したことになる。そんな3人を、警察は野放しにするつもりでしょうか?」



Fがなお、視聴者を煽る。



『その場で公開処刑だ!』

『守る意味なくね?』

『警察は、被害者を助けずに犯人を助けるの?』



SNSのコメント欄も加熱していく。



「これ、いつの間にか警察の方が悪者になってるよ……」



異様なスピードで更新されていく書き込みに、悠真も頭を抱える。

しかし……。



「構うことはない。各自惑わされずに任務を続けて。」



戸惑いを見せるメンバー達に、司が言う。



「なにも難しく考える必要はないわ。殺人に時効なんてない。人質3人は、解放されたら即逮捕。罪はしっかりと償って貰うわ。私たち警察官は、犯罪を、悪を許すつもりはない。そして……もちろんFも許さないわよ。」


その凛とした声に、メンバー達も気を取り直していく。



「……そうだよな。別に人質から解放されたところで、野に放つわけじゃねぇ。逃がさず逮捕すれば良いだけの話だ。」


「それよりもあいつ……許せない!」


「まぁ、せいぜい視聴者を焚き付ければ良いさ。俺達は、そんな視聴者の前で正義を示せば良いだけだ。」



司の一声で、メンバー達の気がより引き締まった。

各自、任務の遂行に全力を注ぐ。



「…………」



そんな中。



「早く大山さんを見つけないと、まずいよ……」


北条が険しい顔をした。

その表情の理由はひとつ。



「人質たちは、みさきさんが『動かなくなった』と言った。それで安直に亡くなったと思い込んだ。そして……」



北条の言葉に、虎太郎が青ざめる。



「それって……生き埋めにされたってことか?」


「可能性は、高いよ。みさきさんは、最後の力を振り絞り、ブローチを掴んだ。近くに投げて目印にするためかもしれないし、それが大切なものだったからかもしれない。でも……そのときは確かに、みさきさんは生きていた……。」



北条の推測は、あまりにも悲しく、残酷であった。



「許せない……。」



普段はあまり怒りの感情を表に出さない志乃が、小さく呟く。



「人質が解放されるより早く、大山さんを見つけないと……。大山さん、何をしでかすか分からないよ……。悠真くん、力を貸してくれ!」


「了解!都庁内の防犯カメラの映像、チェックするね!」




北条は、大山の捜索を急いだ。



そんな中、Fが『ゲーム』を進める。


「さぁ、白状していただきましょうか。あなた方は、暴行をはたらいた被害者を殺した。そして、証拠隠滅をはかるため、その遺体を御嶽山山中に埋めた。……間違い、ありませんね……?」



まるで、事実を確認するかのように、Fがゆっくりと3人に問う。


もう、遺体も発見されてしまった。

逃げ道のなくなった人質たちは、皆一様に頷いた。



「おやおや、きちんと言葉にしていただかないと、期待している皆さんには聞こえませんよ?」



小刻みに震え、項垂れる3人。

Fはこの状況を楽しんでいる。



「俺達が……彼女に乱暴し……殺して埋めました……。」



ついに、3人が犯行を認めた。



「……くっ!」



北条が、展望台へ行く経路ギリギリの場所で大山を待つ。

人質達のところを目指しているのなら、必ずここを通るはず。

犯人グループに見つからないように細心の注意を払いながら、北条は大山が現れるのを待った。



「悠真くん、どう?」


「事務所を出てからの足取りを追ってるんだけど……やっぱり職員、カメラの位置が分かってるみたいだ。事務所を出て、ホールに出てから全く映ってない……。」


「やっぱり、そうだよね……。」



北条の脳裏に、最悪のシナリオが浮かぶ。

ただの被害者遺族であれば、カメラから身を隠す必要はない。

隠れて展望台に向かう理由、それは……。



「大山さん、奥さんは早くに病気で亡くしてる。みさきさんとの生活が、彼にとっては生き甲斐だった。そんなみさきさんが殺されたと知ったら……。」



命に代えても、大山は犯人たち……今の人質達に復讐しようとするに違いない。



「さぁ、罪を認めた犯人たちを解放しましょう。さぁ、下へ……!」



そんなことは露知らず、Fはゲームを楽しむ。

3人の人質たちの拘束が解かれる。


しかし、なかなか3人は立ち上がらない。



「どうしたのですか?あなたたち、もう自由ですよ?」



Fがそんな3人を嘲笑う。



「自由なんて……俺達にあるわけ無いじゃないか……!」


「外に出ても……俺達の居場所はもう……。」


「あんたがバラしたりしなければ……。」



それぞれが不満を口にする。

Fは、それでも表情ひとつ変えなかった。



「……では、今すぐ死にますか?別に、あなたたちがここで死んでも、誰も困らない。」



Fの言葉に、3人が凍りつく。



「私は……いいえ、私たちは構いませんよ?生きる望みがないなら、ここで引導を渡して差し上げましょう。……ライフルを、こちらに。」



Fが手を伸ばすと、犯人グループの男がFにライフルを手渡した。


ライフルを向けられた人質たちは、一様に凍りつく。



「どのみち生きた心地がしないのなら、生きていても無駄でしょう。ならここで死ぬのがいちばんです。最悪の罪を暴露し、この場で命をもって罪を償う。なんと美しい……。」



Fのライフルを持つその手には、一切の震えがない。

躊躇などしていない様子である。



「あ、あ……。」



そのFの佇まいに、人質達の恐怖も募っていく。



「……20数年ですか……短い人生でした。綺麗に、素直に生きていれば、もっとこれから楽しいこともたくさんあったでしょうに……。」



その目に慈悲の色は全く無い。



「やめてくれ……。死にたく、ない……!」



ついに、人質のひとりが命乞いをした。


「やれやれ、身勝手きわまりない。まぁ、良いでしょう。罪を暴けば解放というゲームの趣旨からは外れていませんからね。」



Fはライフルを構えた手を下ろすと、そのまま犯人グループの男に手渡した。



「では行きなさい。私の気が変わる前に。気が変わったら、私はあなたたちが後ろを向いていても撃ちます。」



冷たく射抜く、Fの視線。

人質たちは、その視線から逃れるように、必死に走り去っていった。



「やれやれ、まるで犬ですね……。さて、本当は彼らをメインディッシュにしようと思っていたのですが、警視庁の皆さんが思ったよりも優秀だったので、ゲームはこれで終了してしまいました。ここからは、真面目にやりましょう……。」



Fはやれやれ、と両手をあげると溜め息を吐く。



「警視庁の皆さん、そろそろ本題を進めましょう。刑をまだ執行していない、死刑囚の釈放。それが私たちの要求です。時間は幾ら掛けていただいても構いません。ただ……」



Fは犯人グループに合図を送る。



「この下にいらっしゃる人質の皆さん、彼らの体力が持つまで……それがタイムリミットです。我々には食糧がある。それこそ1ヶ月は生き延びるほどの。しかし、それらを我々は、人質には一切施しません。」



Fの合図を受け、犯人グループのメンバー達が階段を下りていく。



「さすがに都庁は大きく広い。ですので我々は行動範囲を絞ろうと思います。1階ロビーに残りの人質を集めます。各課の事務所にいらっしゃる方々も、これより人質に加わっていただきます。さて、ここから何人お亡くなりになるか……。」



不適な笑みを、上空のテレビ局ヘリに向けると、Fはゆっくりと階段を下りていく。そして……。



まるで示し会わせたかのように、Fが去った上階から順に、次々と防火シャッターが下りていくのであった……。

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