8-10

懸命の聞き込み捜査は続く。

しかし、深夜帯ということもあり、なかなか協力的な姿勢とまでは行かない現状である。



「#都庁ジャックの情報量が増えてきた……僕は、この情報見ながら、有力なものを報告する!ついでに発信者の位置情報も特定するよ!」



悠真がSNSの情報を分析していく。



そのときだった。




「奥多摩での目撃情報が……」


志乃が小さく、呟くようにメンバーに言う。



「日付、時刻が付近のNシステムのデータと一致しました……。」


志乃の顔に戸惑いの色が浮かぶ。

出来ることなら、真相を知りたくない。

そんな気持ちの表れでもあった。



「奥多摩の……どこ?」


「……御嶽山……です。」



それは、行方不明者の生存を望む者達にとっては、極めて悪い報せ。



「車は?」


「はい、確認できました。国道から御嶽山に向かう途中のNシステムで番号、一致してます。その先の国道にあるNシステムに検知されていないことから、そのまま御嶽山に向かったと言うのが最有力かと……。」


「その国道から、御嶽山までのルートは?」


「最後のNシステム検知地点で曲がったとしたら……一本道です。」


「……そうか……。」



行方不明者の捜索を幾度となく行っている刑事達。

犯人の車輌が山林に向かう、その行動が意味していることは、ただひとつだけ。



「志乃さんの情報だから、精度は高いんだろうけどよ……。今回ばかりは志乃さんの勘違いであって欲しいと願うぜ……。」



虎太郎が、拳を握る。

それは、志乃も同じ気持ちであった。



「私も……勘違いであって欲しいと何度もナンバーを目視してしまいました……。」


その言葉には、『何度も見たが間違いなかった』という意味合いも含まれていた。



「……ここで問答しても仕方ないわ。虎太郎くん、御嶽山に向かってちょうだい。志乃さんは虎太郎くんの応援を要請して。」



「あ、あぁ……了解。」


「……了解しました。」



虎太郎と志乃は、司の指示に返事をする。



「ねぇ、こっちにも有力情報!」



続いて悠真が無線を飛ばす。

そしてその後すぐにメンバーにメールが届く。



『間違いない、こいつらだ。ガソリンスタンドでボロボロの女の子を乗せた車を給油してるの見た。』


『1人、中学の同級生だ。今は土建屋じゃなかったっけ?』


『いちばん右の奴、登山好きでそれ関係の投稿してるよね?』



次々と寄せられていくコメント。



「このスピードは……よろしくないね。早めにこちら……警察側からアクションを起こさないと、捜査に支障をきたすくらい世間は混乱するよ。」



北条は、大山を探しながら呟いた。



次々と暴かれていく、3人の素性。

同時に寄せられていく、目撃証言。


警察側は、情報の精査と寄せられてくる情報の多さ、早さに苦慮していた。



「このままだと、現場に野次馬が出始めるのも時間の問題だよ。投稿者達は新鮮かつ自分だけの画像・動画を撮りたいものだから。」



悠真の顔色が悪くなる。

情報関係のエキスパートだからこそ、その恐ろしさを知っているのだ。



「虎太郎くん、現場までどのくらい?」


「同じ都内だからな……飛ばせば此処から30分かからねぇ。急ぐぜ!」



虎太郎は自身の通勤用のバイクで全力疾走する。

御嶽山までは、そう距離はない。

出来るだけ深い場所まで進むには、車よりも単車の方が便利だと思ったのだ。



「ちょっと待って……まずいよ、これは……。」


不意に、北条が何かに気づく。


「どうした北条さん!?」


「うん……人質の様子がおかしいね……。」



北条は、大山を探しながら、展望台の様子をテレビ局から発信されている画像を見ていた。



「3人が、何か訴えてる……。」


音声までは聞こえないが、3人の若者達がFに何かを必死に訴えかけている様子が映っている。


「協定……と言うわけではなさそうね。命乞い?」


「……どちらにしても、あまり軽はずみな行動を取られてしまうと、彼らの命も危ないし、視聴者を無駄に煽ることになってしまう……。」



ただの配信であれば急いで止めに行くところなのだが、この放送を主導しているのは、F。

都庁をジャックしている犯人が、完全にテレビ局を、そして警察を弄んでいる状態なのだ。

下手に行動しては、3人の人質だけではなく、都庁にいる全ての人の命が危ない。



「祈るしかないか……頼む、余計なことだけは、しないでくれよ……。」



祈るように動向を見守る北条。

しかし……。



「皆さん、大スクープです。この人質3人は、ただの暴行魔ではなかった。彼らはその、自分達が犯した罪を、今この場で打ち明け、懺悔したいと申し出てきました。私は……その申し出を受け入れようと思います。」



「……なんですって?」


「……ちっ!」



司と辰川が、苦虫を噛み潰したような、そんな表情を見せる。


「……私と辰川さんは司令室に戻るわ。虎太郎くんはそのまま御嶽山に向かってちょうだい。あさみは都庁周辺の観察を続けて。」



「おう!」


「りょうかーい!」



ここから先は、ただ人質解放のために犯人の要求を聞くだけの事件ではない。

複数の犯罪が入り雑じる、混沌とした現場に、都庁が選ばれてしまった。



「古橋隊長に至急連絡を。各課応援体勢を整え、都庁周辺に展開しましょう。」



もう、お遊びは終わりだ。

そう言わんとするかのように、司は志乃に言った。


「俺達は、逮捕されて有罪にもなった。でも……それが全部じゃないんだ!」



すがるように叫ぶ、人質のひとり。

その様子を見て、もう逃げられないと思ったのか、他のふたりの表情も崩れる。



「でも……仕方なかったんだ。あんなに暴れるから……」


「少し痛めつければ、大人しくなる。そう思って……。」



まるで土下座をするように、展望台にへたりこんだ3人が、次々と口を開いていく。



「やめろ……それ以上、たくさんの人に罪を晒すな、みさきさんの尊厳を壊すな……!」



大山を探しながら、展望台に近づいていく北条。

放送用のスピーカーから聞こえてくる懺悔の声に、怒りを覚える。



「それは……、被害女性を『殺した』と言うことですか?」


「……殺した、わけじゃない……。死んだんだ……。動かなく、なっただけ……。」


「大人しくしてれば、お互いに『楽しんで』終わりだったのに……。」



後悔はしているが、反省はしていない。

そんな様子の3人に、メンバー達も不快感を露にする。



「サイテー。」


「……解放されたら、即逮捕よ。絶対に逃がさない……。」


「一課に応援要請しました。」



あさみ、司、志乃が叫びたくなる気持ちを抑え、無線で呟いた。



「……それで?殺した被害女性を、そのあとどうしたんですか?」


「俺が良く登山に行く、御嶽山に……埋めた。何度も様子を見に来れるように、目印をみんなで決めて……。」



登山好きという人質のひとりが、淡々と話す。



「虎太郎くん!」


「もう着くぜ!……ちくしょう、ふざけやがって……!」



虎太郎が奥歯を噛み締める。

監禁されているのであれば、自分ならある程度格闘してでも助け出せる。

そう思っていただけに、悔しさもひとしおであった。



「絶対に助けてやる、そう思ってたのに……!」



無線を聞きながら、虎太郎は御嶽山の中に入っていく。



「国道からまっすぐ一本道。車が進めなくなるところまで無理矢理進んで、まっすぐ突き当たりの斜面から女を落とした。そのあと、下に下りていって、すぐ近くの木の下に埋めた。」



いちばん聞きたくなかった、死体遺棄の現場。

それが、人質……犯人の口から意図も容易く出てしまった。



「……鑑識も送ってくれ。」



怒りに震える声で、虎太郎が司に無線を飛ばす。



「もう……向かっているわ。あなたが出発して、すぐに手配したから。」


常に最悪の状態を想定するようにしている司。


しかし、今回ばかりは徒労に終わって欲しい、そう願っていた。



「北条さん……お願い、大山さんを探して。このままでは、危ないわ……。」


心配なのは、都庁にいるみさきの父、大山の今後の動向である……。


「もう……このまま無理にでも乗り込んで、あいつら全員ブッ飛ばしてやろうかしら……!」



一方、あらかじめ単特で動いていたあさみは、都庁ビルの眞下にたっていた。



「ねぇ司さん、いいでしょ?もう突入出来そうなところ、5ヶ所は見つけたけど?」



あさみの苛立ちがピークに達する。

潜入経路を探りながら無線を聞いていた彼女。

Fに対する怒り、そして現在の人質3人に対する怒りが、沸々と高まってきていた。



「5ヶ所……簡単に見ればそうかもしれないけど、油断してはダメ。相手には狙撃手がいる。そしてあのFのことよ。罠の可能性もある。簡単に侵入して先で、我々を一網打尽にするつもりなのかもしれないわ。」


「そんな、心配性だよ~!」


「もしものことを考えたらきりがない。でもね、私はメンバー誰ひとり失いたくないの。確実な方法でこの事件、解決するわ。」



司の確固たる信念。



「まぁ、ここは司ちゃんの気持ちを汲んでおこうよ。僕たちは確実に事件を解決できればそれでいい。」



北条も、助け船を出す。



「……分かったわよ。司さんの判断を待つ。」


「……ありがとう。」


「中の様子は探れたら僕も探っておくよ。まぁ、大山さんの保護が最優先だけど。」



北条、あさみ、司の3人は、都庁突入のタイミングをはかることにした。



「俺は、突入したらそっちに向かう。爆弾とやらが仕掛けてあったら解除してやるよ。あいにく、格闘とか銃撃戦の類いは苦手なんでな。安全が確保されたら都庁に入る。」



そして、辰川は設置しているかもしれない爆弾の処理の準備を整えることにする。



「私と悠真くんは、引き続き情報整理と共有をしていきます。」


「もうね、僕の力を最大限生かして、都庁の中を覗いてやる!」



志乃、悠真らオペレーター組も、全力のバックアップを宣言する。


しかし……。



「……見つかったぜ。あいつらの言った通りの場所だ。いま、鑑識が調べてる……。」



そんな中、虎太郎が御嶽山山中で白骨化した遺体を発見した。



「……俺も、戻ったらやれることはなんでもやるぜ。絶対に……許さねぇ。いま人質やってる馬鹿共達も、そいつらを弄んで楽しんでる、Fも……!!」



虎太郎の怒りも、もはや頂点に達しようとしていた。



「虎……待ってるよ。あさみちゃん、いまの人質達の事件が解決して、人質が解放されたら……都知事執務室の真下に来れるかい?引き継ぎたい事が、あるんだ。」


「あたし?……了解……。」


あさみは、自分が指名されたことに驚いたが、北条の真剣な声を聞き、素直に頷いた。


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