8-3

一方、場面は変わり、東京都庁。



「知事、お疲れさまでした。」


「……いいえ、このくらいは何ともないわ。」



東京都知事、一色 春子いっしき はるこは、連日の会見に追われていた。



「会見でしたら、副知事や広報も控えています。少しお休みになられては?」



先日のバスジャック事件以降、一色は早朝に都庁入りし、深夜に帰宅する、そんな日々が続いていた。

秘書がそんな毎日の生活を心配し、進言する。



「毎日こういう生活を続けているわけではないわ。今は『有事』。不安な生活を強いられている都民に説明するのは、私の役割でもあるわ。少しでも私の言葉で不安が和らげば、それでいい。」


「……かしこまりました。しかし、不調だと感じたら、無理せずに必ず私にお伝えください。その時は速やかに代理を立てます。倒れられては元も子もない。」


「それはもちろん。でも心配しないで。そんな失態はしないわ。」


一色は皆に声をかけながら、都庁内をまわる。


これが彼女のルーティンでもある。

公務で手が離せないとき以外、少しでも時間に余裕が出来ると、彼女は都庁内を巡回し、職員と会話をするよう心がけている。


同じ場所で働く仲間だからこそ、それぞれの意見や近況を聞き、労いの言葉をかけると言うことを彼女は重要視しているのだ。



前任の都知事が、汚職事件で退任。

その前任の都知事が麻薬事件で逮捕となったことで、東京都知事のイメージは低迷していた。

そこに当選したのが、数代ぶりの女性都知事である一色であった。


彼女はもともと弁護士であったが、低迷していく都民の信頼を取り戻すべく、知事に立候補したのだ。


『正義の政治』


弁護士出身であることから、彼女は『正義』という言葉を全面に出し、都民の声を聞き、職員の声を聞いた。

従来の緩んだ体制を整え、真剣に行政に取り組んだ。


議会でも全力。

中継では、古参の議員の居眠りを、全力で叱責する場面も見られ、都民の彼女に対するイメージは少しずつではあるが、上がっていた。



そんな矢先の、神の国関連の事件。


都知事である一色の技量・裁量がいままさに問われているのだ。



(それにしても、高橋警視監が辞任なんて……。彼を失うことで、警察官の求心力が失われなければいいけど……。)



幾度となく、高橋の解決した事件の被害者遺族の弁護を務めてきた一色は、高橋の辞職を良くは思っていなかった。



「それにしても、今日は出入り業者が多いわね……。」



ふと、一色は都庁の雰囲気の違いを感じ取った。

外部から入ってくる業者が、いつもより多いように感じられたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る