7-11

「さすが志乃さんと悠真だぜ……。運転手が迷わないようにナビしてるみたいだ……。」


次々と立ちはだかる警察車両を避けざるを得ないバスの運転手。

そして、そのバスは都内の広い幹線道路を何度も回ることとなる。


その車内で、虎太郎は何か出来ることはないか探る。



「なぁ香川……、お前さ……」


「余計な口を利くな。寿命を縮めたいのか?」


「まぁ、そう言うなって。どのみち俺はこの事件では使い物にならねぇ。両手両足を縛られて、お前を食い止めることなんて出来ねぇよ。漫画の世界じゃあるまいし。」


「……僕を怒らせるような真似だけはするなよ。」


「……へいへい。」



虎太郎は、考えた。

このままただ黙ってバスに乗っているだけでは、この事件は平行線をたどるだけ。

それなら、無線を活用して、出来る限り情報を引き出す。

それを北条が聞けば、何らかの穴を見つけ、事件解決の糸口へと繋がるかもしれない。



「でもよ、おかしくねぇか?お前の肉親か恋人、大切な仲間じゃなければ、そこまでして解放させようとは思わないんじゃ?」


「……本宮も、桜川も、僕とは直接的に関係はない。」


「……え?」



小さな声で答える香川。

その言葉に、虎太郎は驚く。



「……それなら、そんなにすることねぇじゃねぇか。お前が命を張る必要は……。」


「……僕も、恨みがあるんだ。警察に……。」


「恨み?」



香川の言葉に、北条が稲取を見る。

何か心当たりはないか?

そう、北条の視線が問う。

しかし、稲取は小さく首を振る。

稲取はこれまで、香川は普通に首席で警察学校を卒業した、次世代のエースだと思っていたからだ。



「僕が警察に入った理由、それは『母さんを殺した』警察への復讐を果たすため。僕一人でもやるつもりだった、この人生をかけた復讐。しかし、僕が捜査一課に配属されたときに、僕の目的を知る『ある人』から連絡があったんだ。」



香川は、切々と語る。



(香川君の母親を……警察が殺した?)



北条は、虎太郎の無線から流れてくる香川の言葉に動揺を隠せない。

自分が捜査一課にいたときも、女性を警察が見殺しにした事件など聞いたことがない。



「8年前……都内で爆発事件があったのは覚えているな?」


「8年前の……?」



香川の言葉は、虎太郎に向けられたものではなかった。

無線の先の、稲取・北条に向けられた言葉。



「8年前って、お前……」


「まさか、あの事件の……被害者遺族?」



北条と稲取が、顔を見合わせる。



「ただいま戻りました!」


そしてちょうど、司も司令室に帰還した。



司が戻ってきたことを確認すると、北条の表情が曇る。



「あぁ……おかえり、司ちゃん。どうだった?」


「えぇ。高橋警視監、お力になってくれるそうです。」


「それは良かった。さすがは司ちゃんだね。」


「それで……こちらは?」


「うん……。」



出来れば、司には『8年前の事件』についての話題は聞かせたくない。

司も、8年前の事件で大切な人を失ったのだ。



「警察は、事件を解決させるために、現場の近くにいた母を見殺しにした!助けられる時間もあったはず、爆発したあとも救助に行けたはずなんだ!それなのに……!」



悲痛な声で訴える香川。

その言葉で、司は悟ってしまった。


「それって、8年前の事件……。」


「……うん。」


「もしかして彼も、事件の関係者?」


「あぁ、お母さんを亡くしたらしい……。」


「そう……ですか。」



志乃と悠真が顔を見合わせる。



「ねぇ、志乃さんは知ってる?」


「事件はニュースで見たけれど、詳細までは……。」



そう、志乃や悠真、そして虎太郎は当時はまだ警察官でさえなかった。

それでも、東京ではなかなか大きな時間としてニュースで流れていたので、事件の大雑把な概要くらいは知っている。



「確か……巨大密輸組織の検挙のために突入した海沿いのビルが大爆発の上に倒壊して、多数の死者を出したっていうニュースだったはず……。」



志乃が端末を使って当時の事件を検索する。



「……これ、ですね。」


そして、ひとつの記事をモニターに映す。


『東京湾岸ビル、警官突入後に大爆発。民間人5人死傷、刑事1名行方不明』



モニターの記事を見ながら、北条が拳をきつく握る。



「……僕も稲取くんも、そして司ちゃんもこの事件の捜査チームにいた。」



そう、北条がまだ捜査一課で捜査していた頃の事件である。



「稲取さん、どうして黙っていたんですか?」



香川が、静かに稲取に問う。



「……あの事件は、刑事の無力さを浮き彫りにした事件だった。若手に武勇伝のように話す事件じゃねぇよ、あれは。」


稲取も、当時の事件には良い思い出は無いらしい。苦い表情で香川に答える。



「そうですか……まさか、貴方まで母を見殺しにした刑事の1人だったなんて……幻滅です。」


「なっ……俺は見殺しになんて……!」


「うるさい!結果、母は帰ってこなかった!現場に刑事がいて、帰ってこないなんて、見殺しにしたのと同じだ!」


稲取の言葉をまるでかき消すように、香川が叫ぶ。



「本当なんだよ、香川くん。稲取くんは本当に最後まで……」


「……いいんだ北条さん。結果、彼のお袋さんは救えなかった。」



弁解しようとする北条を、稲取が制した。


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