7-9
一方、バスを追うあさみと辰川。
「犯人の釈放と人質の命の交換条件って、ふざけてるとしか言いようがないわね!さっさとバスに飛び移って、アイツをバスの外に蹴りだしてやろうかしら!」
付かず離れずの絶妙な距離を保ちながら、バスの後方を走るあさみ。
そして、そのやや後方を走る、辰川の覆面パトカー。
「まぁ、嬢ちゃんならそれも可能なんだろうが……、今回はやめときな。あんまり良い感じがしねぇんだよな、アイツが着てる爆弾……。」
辰川は、虎太郎と香川のやり取りを聞きながら、ある程度爆弾の種類を想定していた。
「まぁ、現物を見ねぇと何とも言えねぇが……衝撃で誘発するタイプだとしたら、まぁまぁ大規模な爆発が想定される。時限式は簡単な仕掛けで火薬に火をつければ良いから作るのも簡単なんだが……衝撃で爆発するタイプはまた別だ。ちゃんと発火するように、火薬の量のバランスが絶妙だったり、更なる起爆剤が混ぜられていたりする。」
「悠真くん、もう少しドローンの映像、鮮明に出来ない?」
「やってるんだけど、なかなか距離がつかめなくて……。」
辰川の説明を聞きながら、志乃が悠真に問うが、悠真はあまり良い顔をしない。
「高速に乗られたら、一気にドローンの操作できる距離から離れちゃうから、出来るだけ早めに画像出したいんだけどね……。」
バスは広めの国道を、都内を大きく一周するように走っている。
「東京から出る予定はない、でも目的地がなかなか掴めない……。これはまた、難儀だよねぇ……。」
全てにおいて後手に回っている現状に、北条が溜め息を吐く。
「さぁて、どうしたもんか……。」
このままでは、バスの燃料も尽きてしまう。
そうなっては、時間切れだと人質の身の安全も脅かされてしまう。
「北条さん!なにか策はあるのかよ!」
稲取が、慌てて北条に声をかける。
しかし、北条は画面のロードマップをじっと見据えたまま、表情ひとつ変えない。
「おい、北条さん!」
「聞こえてるよ~。そう簡単にポンポン策が出てくるなら、今頃この事件は解決してるよ……。犯人達もなかなか周到でね、こうするとここがダメ、こうしたらここがダメって、上手いこと穴を埋めてくるのよ……。」
現に、バスを止めたら皆殺し。
香川に危害を加えたら大爆発。
出来るだけ時間を引き延ばして体力・精神力の消耗を図ろうとも、燃料が切れるイコールバスが止まる。そうなると人質は殺される。
「もう、そうしたら『あの策』しかなくなっちゃうじゃないか……。」
北条の頭の中には、ひとつだけ策があった。
しかし、それは警察の威信をかけた、諸刃の剣……。
「司ちゃん、あんまり使いたくなかったんだけど、この手はさぁ……」
北条が、溜め息混じりの声で司に言う。
「……北条さんが私に泣きつくなんて、珍しいですね。まぁ、それだけの状況と言うことは私も理解しています。」
「なーんか司ちゃんに面倒な役割を押し付けちゃって申し訳ないねぇ……。後でランチでもご馳走するよ。」
「ふふ……では駅前に新しく出来たおしゃれなイタリアンのお店でもリクエストしようかしら……。さて、行ってきます。」
司令室を稲取に預け、署内を移動していた司。
彼女が向かった、その先は……。
「……失礼します、高橋警視監。」
司や稲取よりもさらに上官にあたる、警視監の高橋のところだった。
「新堂か。最近活躍しているらしいじゃないか。いろいろ報告は聞いているよ。」
「恐れ入ります。」
司を向かえたのは、白髪の気の良さそうな老人。警視監の高橋である。
今でこそ警視監室で状況を見守り、時には精査する立場ではあるが、かつては事件が起これば現場に飛び出し、事件解決に貢献した敏腕刑事であった。
「警視監、実は……。」
「うーん、君が直接ここに来た時点で、まぁそういう頼みごとをされるんだろうなぁと思っていたけど、正気?」
高橋は、ここ数件の『神の国』絡みの事件の報告全てに目を通していた。
そして、先刻の大型ビジョンの映像も見ている。
故に、事態をすぐに理解した。
「警察の威信に関わることだと言うのは重々承知の上です。しかし……」
「……15人の命。」
司の言葉を遮るように、高橋が口を開く。
「あぁ、君の同僚と乗務員も入れるともう少しか。彼らを救うために、凶悪犯を野放しにすると言うことだよね?彼ら、何人殺した?」
「あ……。」
「桜川 雪は3人だったかもしれないが、本宮和也は10人近くだ。彼らを野放しにして、また同じような事件が立て続けに起こったら?」
「それは……」
「もし犯人を逃がしたら、命の危機を感じ不安になる人が増える。警察の威信なんてどうでも良いんだよ。困った人を救えるか、それが警察の本文なんだから。でも、困る人が増えるかもしれない申し出を、軽くOKするわけにはいかんのだよ。」
社会に再び殺人犯を放つ。
それがどれほどのことか、それは司も分かっていた。
しかし、仲間を、そして今危機に瀕している人たちを見殺しにすることなど出来なかった。
「分かっています。分かっているからこそ、『直接警視監に』相談に上がりました。」
順を追っても門前払いになるのが関の山。
幾多の現場を潜り抜けてきた『火の玉刑事』・高橋の考えを、司は聞きに来たのだ。
「おいおい、新堂……私のことを買い被りすぎてはいないか?いくら若手の頃元気があったからと言って、それは昔の話だよ。」
冷蔵庫からコーヒーのペットボトルを出し、司に渡す高橋。
「えぇ、私もかつて捜査一課の全線で戦っていた、と言うだけでしたら警視正、警視のところへ先に行きました。それでも警視監にお会いしたいと思ったのは……。」
警視正、そして警視もかつて捜査一課で捜査してきた精鋭の1人だった。
しかし、警視監の高橋を訪ねた理由は、それだけではない。
「……貴方が、北条さんを育てた刑事であると言うことが、警視監を訪ねた一番の理由です。」
「……やっぱり、ね。」
そう、高橋はかつて捜査一課時代に、当時新人刑事だった北条と組み、育てた男なのである。
天才的な頭脳を持つ北条に、現場でのいろはを叩き込み、またその頭脳を生かした捜査の仕方を導いた、北条にとっては恩人でもある。
「……で、北条はなんて?」
「北条さんからの特別な指示は出ていません。ただ、『頼む』とだけ……。」
「それで、私のところに来たと言うのかね?」
「はい。」
北条は今回の事件について、司に特別な相談はしていない。
しかし、司に北条が頼むことは、司の権限がなければ出来ないこと。
つまり、一般の刑事では手の届かないことをすると言うことである。
「北条さんは捜査一課の伝説とまで言われた敏腕刑事。私が口を出さなくても、事件を解決に向けけて進めてくれます。そんな北条さんが私に頼むこと、それは……私にしか出来ないこと。」
「それが、『容疑者についての相談』と言うことかい?」
「えぇ。私はそう判断しました。」
高橋が司を試すように訊ね、そして司は迷うことなく答える。
(凄い圧力……これが、北条さんを育てた刑事……。)
そのまっすぐで鋭い視線に、思わず顔を背けてしまいたくなる。
それでも、今は高橋の力が必要だ。
「北条が大人しく下についてるから、どんな娘だろうと思っていたが……なぁるほど、綺麗な顔してだいぶ跳ねっ返りだなぁ!」
高橋は、両手を叩いて大笑いする。
「……恐縮です。」
その真意を図りかねた司が、小さく返事をする。
「気に入った!……とは言え、私の力でも容疑者を野に放つような真似は容認されないだろうし、私も反対だ。それなら……。」
「……それなら?」
高橋の目に、みるみる炎が点っていくかのように生気が満ちてくる。
「容疑者をエサに、犯行を止めてやれば良いんだよ。解放するかしないかは、あちらさんの出方を見て決めようじゃないか。」
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