7-8

「なぁ、香川……。」



一方、バスの中は変わらず緊迫した時間が流れていた。

浅草を離れてもうすでに10キロ。

しかし、車内の状況はなにひとつ変わっていない。


負傷者一名、虎太郎は拘束されたまま。

ただバスだけが走っている、そんな状況だ。



「で、お前が『神の国』の手先だということは良く分かった。お前のポジションは?こんな風に使われるってことは、やっぱり下っぱか?」 


あまり挑発しないように、それでいて事態の核心に少しでも触れられるように虎太郎は言葉を探す。



「僕も、桜川と一緒だ。『神の国』の3人いる幹部の1人だ。」


「お前も幹部かよ……。ってか、警察関係者でふたりも幹部がいるとか、どうなってんだよ……。」



思わず、頭を掻きむしりたくなる衝動に駆られる。

正義を守るために、多くの人を守るためになった警察官という仕事。

虎太郎は自身が警察官という仕事に就いたことを誇りに思っていた。


しかし、そんな警察内部に、ふたりも凶悪犯罪を繰り返す組織の者がいた。

しかも、そのふたりはそんな組織の幹部だという。


「ったく……お前が犯罪に荷担して、どーすんだよ……。」


「正義、とか言ったな?」



香川が虎太郎の前に立ち、見下すように見おろす。



「警察が正義を守る組織だと思っているなら、それは大きな勘違いだ。そんな勘違いを信じて刑事を続けているお前は……本当におめでたいやつだな……。」


「なんだと…?どういう意味だよ!」



意味ありげな言葉を口にする香川に、虎太郎も興奮してくる。



「警察には、多くの闇が存在する。それは、今までも、そしてこれからもだ……。そして、その闇は消えることはない。警察とはそういう『組織』だからな。」


「そういう、組織……?」


「今の真っ黒な警察組織を一新するためには、この国の組織を変え、警察に溜まった膿を絞り出さなければならない。そして、そのためには……。」



香川は、感情が全く感じられない、そんな表情を虎太郎に向ける。



「多少の荒事はやむを得ない。多少の犠牲も仕方がない。今の国の、そして警察の在り方に国民が失望し、絶望する。それが新しい組織を作るためには必要なんだ。分かるか長塚。今の『神の国』は、国民が国と警察に失望するきっかけを作っているに過ぎないのだよ。」


その口許には笑みが浮かんでいる。



「なーにを馬鹿馬鹿しいことを……!」



そんな香川を、虎太郎は鋭い目で睨み付ける。



「警察官が全員腐っている訳じゃねぇ。犯罪を減らそう、困っている人を助けようと思ってる警察官だっているんだよ……俺みたいにな!」


「お前達、数人にたとえ本当の正義があったとしても……『その他大勢』が悪ならば、その組織は悪なんだ。そんなことも分からないのか?」


「あぁ、分からねぇな。お前がどれだけ今の警察を恨んでるかは知らねぇが、そんなに悪いやつが多い警察なら、俺が……俺達が内部から変えていってやる。そういうもんだろ。悪いやつが多いからと言って、そいつらに染まるような、そんな薄っぺらい正義なんて、俺は持ち合わせてねぇんだよ!」



必死に拘束を解こうとする虎太郎であったが、なかなか解けない。

それもそのはず。

虎太郎自らが、人質のみの安全を確保するために縛らせたのだから。



「まぁ、綺麗事はそのへんにしておけ。お前がいかに高尚な正義感を持っていたとしても、だ。今のお前にはなにも出来ない、そうだろう?」


「ちっ……。」



香川の言うことはもっともだった。

両手両足を拘束され、なにも出来ない以上、虎太郎も『ただの人質』の1人に過ぎないのだ。



「人質は人質らしく、のんびりと楽しんだらどうだ?絶望のドライブを。」



香川が虎太郎を嘲笑う。

虎太郎は耐えるように奥歯をグッと噛み締める。




「……よーしよし、虎、挑発に乗らずに良く耐えた。そのままどんどん、香川をしゃべらせちゃって~」



ちょうどその頃、北条が司令室へと帰ってきた。


「北条さん!」


「待ってたよー」



志乃と悠真が、待ちわびたと言った表情で北条を見る。



「稲取くん、お疲れさま。大変だけど、頑張ってるねー」


「あんたはそうやっていつものらりくらりと……。うちの部下と、あんたのところの若造が、ふたりとも危ないんだぞ!」



稲取が北条に食って掛かる。



「まぁ、ね……。確かに状況は悪いんだよねぇ。でも……」


北条はモニターに映されている情報全てに目を通す。



「どこかに突破口はあるはずだ。探すよ。稲取くんはそのまま香川くんとの通話・交渉頑張って。」


「え、俺?……北条さんがやるんじゃないのか?そのために戻ってきたんじゃ!?」



北条の指示に驚き、稲取が問う。



「電話を替わるために戻ってきたんじゃないよ、僕は。より情報が見やすい司令室で、虎達を……人質を解放するには何が最善かを探しに来たんだ。電話なんてしてたら、肝心な情報を見逃しちゃうかもしれないからね。」


「しかし……。」



稲取の表情に不安か浮かぶ。

そんな稲取の肩を、北条は強く叩く。



「腹をくくろうや、稲取くん。どのみち僕たちが動けなければ、この事件は多大な犠牲を出して終わるだけだ。虎も、香川くんもみんな死ぬ。そんな未来しかない。それをどうにかするのが、我々刑事の役目だよ。」


「…………わかった。」



北条の言葉に、稲取は小さく頷いた。


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