7-7

「さて、では我々の要求を発表するとしよう。」


一方、警察内では大型ビジョンの映像に注目が集まっている。



「くそ……足下見やがって!」



稲取がわなわなと怒りに震える。



「落ち着いて、稲取さん。相手は映像。いまこの時点で興奮しても仕方がない。」


司が稲取を落ち着かせながら、映像を注視する。



「我々『神の国』は、本宮和也と桜川 雪の釈放を要求する。」



「……え?」


「まさか……ふたりだけ?」



以前の銀行立てこもり事件では、これまでに逮捕された神の国関係の容疑者の全員の釈放を要求された。


しかし、今回は名指しでふたりのみ。



「……僕は一度、司令室に帰ろうかな。なんか雲行きが怪しくなってきた……。」



浅草でバス暴走事件などの様子を探っていた北条だったが、大型ビジョンの映像による『神の国』の要求に、悪い予感というものが止められない様子だった。



「本宮と、雪ちゃん……今回はこのふたりに絞って釈放を要求してきたってことか……。」


本宮と桜川、この二人は丹毒で凶悪な殺人事件を起こした犯人。

その二人だけに的を絞って釈放を要求してきたことに、北条は胸騒ぎを感じていた。



「ふざけるな!凶悪犯を二人釈放白だと?そんなこと出来るわけ……」


「……検討します。」



大きな声で拒否しようとした稲取であったが、それを司が制して言う。



「おい!お前気でも狂ったか!」



司に食って掛かる稲取。

しかし、司は小さく首を振ると、稲取の手元に一枚のメモを置く。



『即答で物事に答えるのは得策ではありません。出来るだけ時間を引き延ばしながら様子を見ましょう。安易な回答は、人質の命を縮めるだけです。』



「う……。」



司の考えに、稲取は仕方ないと首を縦に振る。



「特務課の司令官殿は優秀だ。ここで申し出を断れば、人質の命を縮めることになるということを、よく理解しておいでだ。」



香川が不敵な笑みを浮かべたまま言う。



「……それで、どうすればいいの?」



司は、先程北条が言っていた言葉の意味を、いまここで理解した。



(私が交渉するのは、警察の上層部……つまり、二人の釈放を進める交渉を白ということなのね……)


しかし、その真意には納得しかねた。


(それでも……北条さんが犯人の釈放を承諾なんて……するかしら……。)


誰よりも正義を守ろうとここまで戦っていた北条が、突然犯人側の要求を呑むようなことを考えるのだろうか?


疑問はあったが、司は北条を信じることにした。



「……『上階』に行ってきます。稲取さん、取り乱すことなく、この場を乗り切ってください。もうすぐ北条さんが戻ってきますから……。」


「期日は特に設けない。設けないが……現状を考えれば、いつまでに釈放しなくてはならないかが分かってくるだろう。バスはあとどのくらい走れるのか?負傷者が出ていた場合、あと何日持つのか……。優秀な警察間の諸君なら簡単に計算できるはずだ。つまり……それが期限だ。さぁ……愚鈍なる警察官諸君、賢明な判断と迅速な行動を期待するよ……。」



映像は、そこで途絶えた。



「畜生……ふざけやがって!!」



稲取が力いっぱい机を叩く。



「一課長、落ち着いて……。ここはあなたにかかっています。何とか香川さんと話を合わせて、おかしなことをしないように、血迷うことのないようにしてください。それが出来るのは、ずっと一緒に捜査をしてきた、一課長だけなのですから。」



思わず感情が剥き出しになる稲取を、志乃が優しく宥める。



「そんなこと……分かってるよ。」


「それなら……いいです。この先、バスは首都高を避け、国道をゆっくりと走り続けるようです。同じ道に侵入したところを見ると、いまのところ明確な目的地はありません。先程の映像の内容から推測すると、バスはきっと、途中では止まりません。燃料がなくなるか、容疑者たちの釈放か、そのどちらかでしか止まらない。ですから……。」



志乃が、冷静に現状を分析し、稲取に伝える。



「一課長、貴方の言葉一つ一つに、人質の、そして私たちの仲間の命がかかっているということです。」


「……っ」



稲取が、志乃の話を聞き息をのむ。

完全に現状を理解し、自分の役割の大きさを実感したのだ。



「大丈夫です。私たちがサポートします。私と彼……悠真君でこの先のバスの経路、近隣の施設や設備を割り出し、画面に表示させていきます。それと同時にSNSやインターネット内で世論やこの事件に対する書き込み・コメントも表示していきます。一課長はその画面を見ながら冷静に今後の方針を分析し、指示して下さい。」


「おいおい、それじゃぁ……。」


「そうです。稲取一課長、貴方にはこの特務課司令官代理として、今回の事件の指揮を執っていただきます。」


「な、なんだと……?」



志乃の冷静な言葉に、稲取が狼狽える。



「北条さん、戻ってくるんだろう?それなら彼に……。」


「司令は、『貴方に』留守を任せた。それは、この現場の指揮を託した、そういうことです。北条さんは戻ってきますが、彼には別の目的・役割があるはずです。」



決断を迫られる、稲取。

司令室の内部を見渡し、画面に流れる情報を見る。



(こいつら……情報がこんなに目まぐるしく流れていく中、捜査の指揮を執り、それに従っていたのかよ……)



その情報量と、メンバーの能力の高さに稲取は息をのむ。


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