7-3
「さぁ、新鮮な魚介類をふんだんに御堪能いただきましたところで……。」
そして夜。
バスガイドが満足そうな参加客達を前に、笑顔で話している。
「いい……ツアーだったな。」
「あぁ……充分に満喫させてもらったよ。東京も捨てたものではないな。」
シートに深く座り、深い溜め息を吐く虎太郎と香川。
結局、ツアーは終始和やかかつ大満足の内容で終わりを迎えようとしていた。
「これで5,000円じゃ、もう満足してもお釣りが来る内容だな……。」
「採算度外視、としか言いようがないな。」
スカイツリー周辺での自由行動。
屋形船での昼食。
そして豊洲市場での夕食からの周辺の自由行動。
虎太郎と香川は参加者達、そして乗務員達の動向を注視していたが、結局分かったことは……。
「参加者達の絆が深まった、というのが収穫か?」
参加者達が親睦を深め、連絡先を交換するなど仲良くなった……ということだけであった。
「なーんだー!そんなにいいツアーだったら虎の枠、私がもらえば良かったぁ!」
「確かにな。俺たちの飯は結局コンビニ弁当だったしなぁ……。」
バスを追跡していたあさみと辰川も、拍子抜けしたと愚痴を口にする。
「まぁまぁ、僕の予感だって外れることはあるよ。それよりも、何もなくて良かったじゃぁないか。犯罪なんて、起こらない方がいいんだよ。」
北条はいつもの様子で、不満を口にするメンバー達を宥める。
特務課の無線の間でも、緊張感が緩む。
「もう、僕たちも飲むとするか……。悪いが長塚、ビールを持ってきてくれないか?僕はつまみをガイドさんにもらうことにするよ。」
「お?お前にもそんなときがあるんだな。了解だ。」
今回、ツアーの間同行した虎太郎と香川。
共に行動を取ることで、これまで互いに感じていたわだかまりが少しではあるが消えてきたように思えた。
虎太郎が、後部座席の方へ歩いていき……
「ビール2本、もらってっていいっすか?」
と、参加客たちに訊ねる。
「おぉ刑事さん、今日はお疲れさま!お陰で安全なツアーを楽しめたよ。さぁさぁ、2本と言わずこのケースごと持っていってくれ!」
参加者達は、ツアー中も気を抜かずに仕事をする虎太郎と香川に感銘を受けたのか、ふたりを好意的に捉えていたのだ。
「に、2本でいいよ……。もらっていきます。」
虎太郎は、ずずいと差し出されたビールのケースから2本だけビールを取りだす。
その頃、いよいよ浅草が近づいてくる。
「さぁ、そろそろこのツアーも終点でございます。まもなく浅草駅近くに止まり……。」
その時だった。
「止まらないでもらおうか。」
バスの中に、1人の男の声が響いたのであった。
「……え?」
バスガイドが動きを止める。
ちょうど、バスガイドに背を向けていた状態だった虎太郎は、ゆっくりと振り返る。
「お前……何やってるんだよ……」
振り返った虎太郎が見たもの、それはバスガイドに拳銃を向ける香川の姿であった。
「すぐに止まられては困るのでね。とりあえず適当に走り続けてもらおうか。許可なく停車したら、ここにいる人間を1人ずつ、殺す。」
冷たくいい放つ香川は、これまで虎太郎が見てきた香川のそれとはまったく別人であった。
無機質な表情。
以前からクールではあったが、いまの香川はまるで感情がないかのような表情をしている。
「まさか、香川くんが……。」
無線でやり取りを聞いていた北条が戸惑う。
完全に見込み違いであった。
北条は運転手かバスガイド、どちらかが『神の国』と繋がっているかもしれない、そう踏んでいたのだ。
「後部座席のみなさん、このロープでそこの刑事の両手を縛ってください。いま彼に抵抗されては困る。」
そう言うと、香川は後部座席の方にロープを放り投げた。
「し、しかし……」
「彼を拘束したら……」
客達が戸惑う。
そう、現状を打開できる強さと勇気を持っているのは、香川以外には虎太郎しかいない。
そんな彼を拘束するということは、今後このバスは香川の指示通りにしか走れないということになるのだ。
「まぁ、拘束しないのならそれで良い。1人ずつ射殺すれば良いだけの話ですから。」
香川が後部座席に向けて銃口を向ける。
「いいんだ、やってくれ。下手に加減するとあいつに見抜かれるから、しっかりな。」
乗客達を危険にさらすわけにはいかない。
虎太郎は自ら両手を後ろに回し、自分の両手を縛るよう促した。
「す、すまない……私たちに力があれば……。」
「気にすんな。みんなが死なない方が先決だ。そのうち、上手いことやってくれるさ、俺の仲間達が。」
虎太郎を縛る乗客の悲痛な謝罪に、虎太郎は問題無いと笑う。
「いつまでやってるんだ。ちゃんと縛ったんだろうな!」
香川が、ひそひそ話をする虎太郎達を怒鳴る。
「そんなにカリカリすんなよ。ほれ、しっかり縛ってもらったぜ。これじゃぁ俺、なーんにも出来ねぇわ。」
「……次は足だ。」
「へいへい。……いいぜ、遠慮なくやってくれ。」
両手を縛られれば、次は足だろうと思っていた虎太郎は、素直に両足を揃えて乗客に差し出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
真っ青な顔で虎太郎の両足を縛る乗客に、虎太郎は優しく声をかける。
「心配すんなよ。きっとどうにかなる。みんなは無事に帰れるさ。仲間達がきっと助けてくれる。」
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