7-2


「……んで?なーんでお前がいるんだよ。」


「来たくはなかった。しかし、稲取さんの命令だからな、逆らえないよ。」



結局、ツアーに参加することになった虎太郎。

何かあったときのために、特務課は虎太郎を全面的にバックアップすることになった。


司令室では司が指揮を執り、志乃と悠真が情報処理や解析でメンバー達をフォローする。

そしてあさみはバイクでツアーバスに付かず離れずの距離を走行し、何かあればすぐに突入できるように準備する。


辰川は、さらに後方を車で走行。

もし爆発物や危険物があったときにはその対応を指示する。


そして、北条は……。



「僕は、飛び交う無線を聞きながら、出来るだけ良い手が打てるように動くよ。……まぁ、何もないただのツアーだったら良いんだけどね。刑事の取り越し苦労なんて、最高だよ。」



ツアーのスタート地点、浅草駅前でツアーバスの出発を見守るところであった。


「しかしおどろいたよ。まさか香川くんも一緒にいるなんてねぇ。」



虎太郎を見送りに来た北条。

しかし、そこに香川の存在があったのには驚いた。



「稲取さんが言うんすよ。特務課の若造はどんどん事件を解決してるのに、お前はやけに余裕だな……って。」


「あー、確かに。お前のこと見たの、女性連続殺人事件以来だもんな。そのあとは北条さんとは一緒だったらしいけど。何も良いところ無かったらしいじゃねーか。」


「う、うるさい!だから今回、稲取さんに押し付けられたんだよ。一課としての意地を見せろってね!」



ちっ……と舌打ちする香川。



「でも、稲取くんにしては珍しいんじゃない?このツアーがなんか胡散臭いって、良く気付けたもんだよ。」


「え、えぇ……まぁ、体育会系ではありますが、いまの捜査一課長は稲取さんなんで。あの人、捜査官としては一流ですよ。」


「うん、僕もそう思うよ。」



北条と香川が稲取の話をしていると、



「ツアー参加の皆様、バスが出発しますので、どうぞ御乗車ください!」



バスの運転手が大きな声で言う。

そして、その呼び掛けに応じ、次々と人が集まってくる。


「おーおー、これはそうそうたる面々だ。みんな、次世代を担う有力議員じゃないか。」



北条が、バスに乗り込むツアー客達を見て口笛を吹く。


「まぁ、刑事がふたりも同乗するんだ、滅多なことは起きないと思うけど、くれぐれも油断しないようにね。つまらない喧嘩なんかしないようにね。」



「へいへい、分かったよ。」


「まぁ、こいつ次第ですが。」


「……あぁん?」


「ほら、言った端から喧嘩しない。議員が多いんだから、警視庁の威信を落としてくれるなよ?」



こうして、北条は虎太郎と香川を見送るのであった。



「みなさん、本日運転手を勤めさせていただきます、田中一郎です。安全運転で皆様に楽しいツアーを楽しんでいただこうと思っております。そして、こちらが……」


「ツアーガイドの和田ユキ子です。みなさんの思い出づくりのお手伝いが出来れば幸いです。よろしくお願いいたしますね!」



バスが出発して数分。

ツアーではお決まりの、運転手とバスガイドの挨拶から、ツアーが始まる。


「まずはここ、浅草を出発いたしまして、まずはすぐ近く、東京スカイツリーとその周辺で自由時間を取ります。そのあとは屋形船で昼食をとり、そして豊洲で夕食。夜景を見ながら浅草に戻るという行程となります。小さなツアーですので移動範囲こそ少ないですが、皆様には東京の良さを充分に楽しんでいただければと思っております。」



バスガイドが流暢に話し、運転手が揺れの少ない運転をする。



「あー、なんか安心できるフツーのツアーだな……。」


「あぁ。これが何かの犯罪に絡んでいるかもしれないなんて、信じられないな……。」



バスの最前列では、虎太郎と香川がふたり並んで座っている。

それだけでも異様な光景なのだが……。



「なぁ、これだけ席が空いてるんだからよ、お前は隣に移れよ。」


「僕がここに座る。お前が動け。」


「なんだとー?なんでお前のために俺が動かなくちゃならねぇんだよ!」


「そっくりそのまま言葉を返してやる!」



並んで座る二人の仲が最悪なのも悩みの種でもある。



「やれやれ……先が思いやられるよ……。」


「本当に。もし本当に何か起こったら、このふたりで対処できるのかしら……。」



無線で北条と司が呆れた声を出す。



「うるせぇな……やるときはやるよ、俺だってさ……」


「ま、コイツが使えなくても、私がすぐに駆けつけて上手いことやってやるわよ。」


「まぁ、爆発物関係は俺もいるから問題ないだろ。」



小さな声で反論する虎太郎と、後方を走るあさみと辰川の会話。


何だかんだで、連携は取れそうな特務課メンバーである。



「乗客達の様子は?」


「なーんにも不審なところはねぇ。偉そうなオッサンらが偉そうにビール飲んでるよ。」


「こ、こら、口が過ぎるぞ!」


無線で乗客の様子を報告しているだけの虎太郎だったが、香川は慌てて虎太郎を制する。



「別に、聞こえちゃいねぇよ。あんだけ盛り上がってんだから。」


虎太郎が親指で後ろの席を指す。


後部のサロン席に陣取った客達は、互いに名刺を交換し、大笑いをしながら酒を飲んでいる。



「このまま軽ーーく東京を一周して、今回のツアーが終わりになれば最高なんだけどなぁ。参加費も経費だし。」



「まぁ、それに越したことはないんだけどね……。」



北条が、小さく溜め息を吐く。


(運転手とツアーガイドは、きっと『夢の国プロジェクト』の何も知らない従業員なんだろうな……。特に不審な点は見当たらなかった……。)



虎太郎と香川を見送った際、ガイドと運転手の様子を注視していた北条であったが、特にふたりに不審な点は見当たらなかった。

これから犯罪を置かそうとする人間特有の目の動き、指先の動きなどは一切見られなかったのだ。



(これから犯罪を企もうとしてあの振る舞いであるなら、あのふたりは相当の犯罪巧者ということになる。さすがにそれは考えすぎか……。だとしたら、参加客の1人か……?)



北条の勘が、このバスツアーには何かあるということを告げていた。

大きな犯罪ではないにしろ、参加者のうちの誰かに『何か』がある。

そう、勘が告げたのだ。



「……ま、勘も老いと共に鈍ってくれてれば、ねぇ……。」


取り越し苦労であればそれで良い。

いや、その方が良い。


「頼んだよ、虎……。」



しかし、もしも何かがあったらと考えたら、そう思い北条は虎太郎をバスツアーに送り込んだのだ。



「さて、まずはすぐそこ、スカイツリー周辺で自由行動か……。虎、自由に遊びたい気持ちは分かるけれど、ここは運転手とバスガイドの様子を探ってくれないかい?」



北条が無線で一つ目の指示を出す。


「生活拠点のツアーなんて、特に楽しみにしてねぇよ。了解。」



虎太郎が小さく返事をする。



「香川くんには、参加者誰でも良いから張り付いてほしいと伝えてくれる?」


「香川に?」


「うん。参加者は虎と香川くんを含めて17人。運転手とバスガイドを入れて19人。虎がふたり見て、香川くんは自由行動をしている人の誰かについてもらう。これで、不審な人がいたら徹底マークすれば、ある程度の抑止力にはなるでしょ。後ろの席で酒を酌み交わしたんだ、自由行動で単独行動をする人はいないでしょ。東京だし。」


「なるほど……分かった。」



虎太郎は、北条の言葉の通りを香川に伝える。


「さすが北条さんだ……了解。」



虎太郎とは反りが合わない香川ではあったが、仕事の話しに関しては別の話。虎太郎の頼みを二つ返事で承諾する。



「運転手とバスガイド……、もしも『夢の国プロジェクト』が『神の国』と関わりがあるのなら、お前の役割は重大だ。任せたぞ。僕は群れる参加者について、出来る限り様子を探ってくる。」


「……あぁ、了解だ。」



特務課と捜査一課の若きホープ達が、一時的とは言え手を組んだ。


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