6-13

桜川が北条に連れられて取調室に入ってから10分ほどで、司・辰川・あさみの3人が司令室に合流した。



「みんな……無事みたいね。」


「……北条は?」


「もしかして……もう、終わってる?」



3人は、志乃と悠真だけが残された司令室の中を見回し、言う。



「先程、北条さんが犯人……桜川先生を取調室に……。」



緊張と恐怖で憔悴しきった様子の志乃が、呟くように答える。

無理もない。桜川が逮捕されていなかったら、次のターゲットは志乃自身だったのだ。



「北条さんが、全部明かしてくれたよ。センセーももう逃げられないと思ったのか、自殺をしようとしたんだけど……。」


悠真が志乃の代わりに、詳細を司たちに伝える。

そして、司令室入り口付近にいる稲取に視線を移す。


「……あの警部さんが、上手く射撃で助けてくれたんだ。まるで……北条さんとあの警部さんだけが、こうなることを分かっていたみたいに……。」


「……そう。きっと北条さんが全てを見越して稲取さんに協力を要請したのね。まったく、いつからこの事件を頭の中で解決していたのかしら。つくづく、恐ろしい人がいるものだわ、この特務課は……。」



北条を特務課に誘ったのは、司本人であった。

『ある事件』を境に、司も北条も捜査一課から離れた。

それから数年経ち、司は新たな課を立ち上げることを決意した。

それが、この特務課である。


司は一課を離れ、少年課に転属していた当時の北条を説得し、そして特務課へ招き入れたのだ。


特務課には北条の存在が必要不可欠である、と。



「取り調べは……北条さんが?」


「えぇ。今夜は自分が取り調べをする、と……。」



志乃の答えに、司は関心の溜息を吐く。


(そうね……確かに、桜川と面識があり、ある程度彼女が心を開いている北条さんが取り調べをすることで、彼女もおかしなことを起こさない。そんなところでしょうね……)



「んで?先生は結局、単独犯だったのか?」


「いいえ、『神の国』関係でした。彼女はその中でも、『幹部』と……。」


「あの地味~な先生が、凶悪犯罪組織の幹部、かぁ……。」



司令室に集まった5人が、持ち寄った情報を集め、整理していく。


「とにかくさぁ……。」



そして、次に口を開いたのは、あさみだった。



「『アイツ』に早く知らせてあげようよ。犯人、逮捕されたよって。まぁ、それだけじゃ気持ちは晴れないだろうけどさ……、それでも、犯人逮捕の知らせって、遺族にとっては安心するものでしょ?」



あさみは、虎太郎のことを案じていたのだ。



―――――――――――――――――――――




そして、虎太郎は……。


「………奈美……。」



奈美の死を受け入れたものの、まだ立ち直れずにいた。

深夜になっても動かない、動けない。

食べかけの昼食が、そのままテーブルに置かれていた。



テレビはもう何日間も、同じチャンネルが流されている。

昼夜問わず、部屋の電気はつけたまま。

奈美が整えたであろうベッドは、整ったまま。

変わり果てた奈美を見たあの日から、虎太郎はベッドを使っていないのだ。



そんな静寂に包まれた部屋に、何度目かの電話が鳴る。



「……ちっ」



もういい加減にしてくれ、と言わんばかりに虎太郎が舌打ちをする。


電子音と共に、留守番電話の録音が再生されると……。



「虎太郎くん?私……志乃です。連続殺人事件の犯人は……無事、逮捕されました。北条さんが、必死に尻尾を掴んでくれました。いま、自ら取り調べをしてます。」



志乃の声に、思わず立ち上がる虎太郎。



「そうか……犯人、捕まったのか……。」



虎太郎は、少しだけホッとしている自分に気付く。



「なーに安心してんだか。別に、これから先同じような事件の被害者がいなくなる、ただそれだけの事じゃねぇか……。」



刑事として、新たな犯罪を防げたことは、素直に喜ぶべきこと。

しかし、今の虎太郎にとって、犯人逮捕の報せは喜べることでもなかった。なぜなら……。



「犯人が逮捕されたところで、奈美が生き返るわけでも無し……。」



奈美の遺骨は、奈美の両親が連れて帰った。

虎太郎の部屋に残っているのは、虎太郎とふたり、笑顔で写っている写真だけ。



奈美はもう、帰ってこないんだ……。

言い様もない虚無感。

それを振り払うかのように虎太郎は5本目のウイスキーのボトルを開ける。



「もう……刑事なんて……。」


危ないときは、必ず助けに行く。

そう、奈美と約束したのに、助けに行くまでもなく奈美は襲われ、殺された。 


刑事として生きる理由がなくなったいま、虎太郎は何を目標に生きているのか、それを完全に見失っていた。



「落ち着いたら、退職届……出しに行こう。」



大切な人も守れなかった自分が、人のための職務に就く資格など無い。

虎太郎は刑事を辞める決意を固めていた。



夜も更け、虎太郎にも睡魔が襲い来る。

睡魔に身を任せ、近くのソファーにゆっくりと横たわり、目を閉じる。



そのときだった。

不意に、インターホンが鳴る。

もう眠い、無視しようと目を閉じる虎太郎だったが、インターホンは何度も、何度も鳴る。



「何だってんだよ、こんな夜中に……。」


とにかく、インターホンの耳障りな音を止めたい。


虎太郎は仕方なく立ち上がると、玄関のドアを開けた。


「うるせぇな……いま何時だと……」


気だるそうに、虎太郎は訪問者に文句を言う。



「ごめんごめん、出来るだけ早くに君に会いたくなってね。そう思ってたら、夜更けと言うことも構わず来てしまったよ。」


「え………?」



インターホンを押したのは、北条だった。

そして……。



「おぅおぅ、ここが虎の部屋か。良いところに住んでるじゃねぇか。」


「お邪魔します……遅くにごめんなさい。」


「へー、高そうなマンションじゃん。」


「お腹すいた~!なんか作ってよ、虎ぁ」


「まったく……深夜なんだから、周りの方々の迷惑にならないようにね……。」



北条の背後には、特務課の全員が集まっていた。



「みんな……」


「僕は夜遅いし、虎が悲しい思いをしているから1人で良いって言ったんだけどさぁ……。」



北条が、苦笑いを浮かべながら頭を掻く。


「俺……ずっと休んでたし……犯人逮捕の力になれなかったし……。」


突然の仲間の来訪に戸惑う虎太郎。



「……きっと、だからみんな、ここに来たかったんだと思うよ。」



そんな虎太郎に、北条は笑顔で言う。



「まだ、僕たちにとってはこの事件は解決してないんだよ。ちゃんと解決するまでは、僕たち特務課は手を抜かない。僕たちはあらゆる事件を解決に導くエキスパート、だろう?」


「……言ってる意味が……。」



どうしたら良いかわからないまま、狼狽える虎太郎。



「グズグズグズグズ……うっさいわね!私はいまお腹空いてるの。食べ物を欲しているのよ!分かる?ここで私を追い返したら、アンタはただの甲斐性無しよ?」


そんな虎太郎の襟を掴み、あさみが大きな声を出す。



「うるせぇな……分かったよ。散らかってるけどそれでも良ければ入れよ……。ここで大騒ぎされても、近所迷惑だしな……。」



メンバー達の勢いに押され、つい虎太郎は皆を招き入れてしまう。



「お邪魔しまーーす!……って、うわぁ汚ぁ……。」



飛び込むように1番手で入っていったあさみが、思わず嫌そうな声をあげる。


「まぁまぁ、仕方ないわよ。虎太郎くんだって……汚すぎよね、この部屋。」



続いて、司が入り……


「はっはっはっ!男の部屋なんて、こんなもんだろ!」


「えー、僕の部屋はもっと綺麗だよ。何もないけど。」


辰川、悠真と続く。


「もう、みんな……ごめんね虎太郎くん、すぐに帰るように言うから……。ちょっと皆さん!勝手に人の家を荒さないでください!」


そして、申し訳なさそうに志乃が入っていく。



「面白いよね、特務課。みんながみんな、面白い。」


「もう、好きにしてくれ……。」


呆れ顔で言う虎太郎に、



「うん、少しの間だけ、好きにさせてもらうよ。」


笑顔で言う北条であった。

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