6-5

「……ったく、なんなんだよ最近の事件は……。」



疲れ果てた様子で司令室に戻ってきた虎太郎と北条、そして桜川。



「ホントっスよ。これまでの検死史上、1、2を争う奇っ怪っぷりっス。」


「ホントだよねぇ。シンプルな殺人事件とかじゃないもんね~」




司令室の扉を開けると、そこには他のメンバーが待っていた。



「おかえりなさい。なかなか難解な事件みたいね。」



司が戻ってきた虎太郎と北条を労う。


「ホントだよ~。なんであんなことをするのか、犯人の気が知れないよ……。」


大きな溜息を吐きながら、北条がコーヒーメーカーからコーヒーを一杯注ぎ、口にする。



「さて、じゃぁいろいろ検討しましょうか。事件現場周辺の不審車両・不審人物などの情報は?」


「ありません。被害者のお二人の死亡推定時刻近くの防犯カメラなどを徹底的にチェックしていますが、特におかしなところはありませんでした。」


司の問いに、志乃が答える。



「OK。ネットやSNSの動きは?」


「なーーんにも。それっぽい事件のワードも検索でヒットしないし、仄めかしもない。あるのは事件現場で惨状を目撃した人の悲痛な投稿くらいだよ。でも画像は全部削除されてる。そうだよね、過激だから。」



悠真もつまらなさそうに両手を上げる。



「近隣住民も、最近は何もおかしなことはなかったって言ってる。逆にどうしてこんな事件が起こったのかが分からなくて怖いってさ。」


辰川が、近隣の聞き込みの結果を報告する。


「私、今夜から近隣のパトロールするわ。地域の人たちも、犯人が逮捕されないままの深夜は心細いでしょう?」


「あさみ、助かるわ。無理のない範囲でお願いするわね。」



次々と各自が方針やこれまでの捜査報告を行う。



「はぁ……カッコいいっス……これが特務課……。」


その様子を見て、思わず桜川がため息を吐く。



「……で、センセーはなんでついて来たんだよ?」



そんな桜川に、虎太郎が問う。



「え?……私は今日から特務課に……嘘っス。ここ数ヶ月で起きてる『神の国』絡みの事件の被害者と、今回の2件の事件の被害者の死因のデータをプリントアウトしてあるっス。それを渡しておこうかと思って……。」


桜川が、数枚の資料を北条に手渡す。

それを受け取った北条が、ざっとその資料に目を通す。



「連続女性殺害事件、連続放火事件、連続爆弾テロ事件……銀行立てこもり事件、ここまでは前例のあるような猟奇事件、凶悪事件だね……。どの犯人も蠍のマーク……『神の国』の手の者から犯行に使う道具や手口を送られている。」


そして、さらに資料をパラパラと捲り……



「そして、連続通り魔事件、そして集団自殺事件。これはネットを経由してだけど、『神の国』が直接、洗脳という形で関与している……。」


「死因も、本当にシンプルなものばかりっス。失血死、焼死、爆死、銃による失血性ショック死……。でも、今回の2件は、明らかに毛色が違う……。」



桜川が、2件の変死事件の資料を指さした。


「今回の2件、被害者が『神の国』の人間と接触した形跡はなかったし、被害者宅に蠍のマークの贈り物が送られてきた形跡もなかったっス。もしかしたらこの2件の事件は全く別の犯人の犯行かも……。」



公園での事件と、水族館での事件。

その資料を机の上に広げて、桜川が言う。



「なるほどね……。しかし、こんな猟奇的な犯罪が、同じ街で立て続けに2件起こるかなぁ。しかも、犯人も違うとしたら……この街にはとんでもない犯罪者が2人同時に潜んでいたっていうことになるよね?」



北条が、自分が情報収集した手帳を広げながら、険しい表情を見せる。


「そんな犯人が、これほどの殺人をする犯人が、今まで誰ともトラブルを起こすことなく、のうのうと生きてこられたというのが、僕にはどうしても解せないんだよね。こんな人の殺し方をする人だ、何らかの精神的な問題点があってもいいはずだよね……。」



北条は、『2件の事件の犯人は同一犯』という推理をしている。

しかし、桜川はこの犯行は別の犯人が行ったものという見解を示しているのだ。


「うーーん、少しばかり情報が足りないねぇ……。」


「そうっスね。何か手掛かりのひとつもあれば……。」



北条と桜川、二人が考え込んだその時だった。



「お世話になってまーす!首都急便でーす!」



東京を拠点とする運送会社の配送員が、突如大きな荷物をもって司令室に入ってくる。



「あら……特務課にお届け物?」


「えぇ……こちら、ですよね……。」


「はい。ちょっと失礼しますね?」



司が志乃に目配せをし、頷いた志乃が荷物の配達票を確認する。



「送り主は……ないんですね?」


「はい。直接配送センターの方に持ち込まれたので伺ったんですが、届けばわかる……と。」


「届けば、分かる?」


「はい。」


「送り主は、男性?」


「いいえ、若い女性の方でしたよ。20代半ばくらいでしょうか……。」



北条が、ここまでの会話を全てメモ帳に書き留めていく。


(きっと、ここに犯人の手掛かりが……。)




「……あら?」



慎重に荷物をチェックしていた志乃が、何かを見つけたようだった。



「じゃ、確かに届けましたよ!」


「あ、はい、ご苦労様です……。虎太郎くん、これ……。」



志乃が、配送票のお届け先欄を指さす。


『警視庁特務課 長塚 虎太郎様』


「……あ?俺に?」



虎太郎が、その荷物に近づき配送票を見る。

確かに、お届け先欄には自分の名前が書かれていた。



「20代半ばくらいの、女性……奈美の友達かな~?……でも、だったら俺んちに送ってくれれば良いんだよな~。」



ちょうど、婚約者・奈美と虎太郎は同年代。



「なんか悪いな、私事でよ……。ちょっと、ここで開けるぜ?」



そういうと虎太郎は、大きな荷物に手をかけた。


しっかりと貼られたガムテープを、ゆっくりと剥がしていく。



「しっかし、ただの贈り物にしては大きすぎるし、厳重すぎるな……。何が入ってるんだ?」


「うーーん、大掛かりなサプライズプレゼントとか?」


「俺、誕生日は半年後だし。」



ようやく、ガムテープが全部剥がせた。

次は、外箱を外してみる。



「箱の中に、また箱……まさか、これの繰り返しじゃねぇだろうな……。」


厚手の段ボールの外箱を外すと、その中にはジュラルミンの箱が入っている。



「箱……というよりも金庫みたいだな。人がすっぽり入っちまいそうだ。」


「なかなかこのサイズのジュラルミンケースは売ってないよ……。特注かな?」



ジュラルミンケースをよく見ると、そこにはチェーンロックがかかっていた。


「暗証番号を入れるやつだ……そんなの分かるかよ。犯人の決めた暗証番号なんて、俺たちが想像できるわけねぇじゃん。」


文句を言いながら、ダイヤルをくるくる回す虎太郎。

その時、様子を見守っていた志乃が、箱に何かが書かれているのを見つける。



「虎太郎くん……ここ。『今日は何の日?』って書いてある。」


「今日……水曜日?」


「これさぁ、虎の何かに関係があるんじゃない?何かの記念日とか?」


「記念日……あ。」



この日は、虎太郎と奈美が付き合った記念日。

虎太郎はそんな日は気にも留めていなかったのだが、毎年奈美が豪華な料理を作るものだから、いつしか記念日となってしまい、虎太郎はプレゼントとして毎年花を贈ることにしている。


この日も、仕事が終わったら毎年花を買いに行く最寄りの花屋に向かおうとしていた。



「記念日は……」


虎太郎が軽快にダイヤルを回す。

4桁の番号を揃えると、鍵はあっさりと開錠された。



「よし、開ける……」


「……待て!!!」



内箱を開けようとしたその時、辰川が虎太郎を制止する。



「なんか聞こえねぇか?……これ、何かのタイマーかアラームだぜ。」



辰川がケースに耳を当てる。

かち、かちとテンポよく聞こえる音。


「……いや、大丈夫そうだな。ただの時計かもしれん。爆弾特有の、時計音に混ざる起爆装置の音が聞こえねぇ。」



爆弾処理班出身の辰川。

あらゆる爆弾を取り扱ってきた彼だからこそ、箱の中の音に気付けた。

そして、箱の中は安全であることが分かると、



「……よし、開けてもいいぞ。ただし慎重にな。」



虎太郎にOKサインを出す。



「毒物とか、薬物の可能性はないんでしょうね?」


特殊部隊出身で、様々な罠を経験してきたあさみ。

彼女も荷物の前に立ち、一通り調べる。



「……うん、それらしい痕跡もない……。何なのかしら、この箱……。」



いつの間にか、特務課の全員が箱の前に集まっていた。


「それじゃ、開けるぞ……」



粘着テープも鍵も全て剥がされたジュラルミンケース。



「よっ……重いな……」


「俺も手伝うぜ~」


「あ、僕も!」



ひとりではジュラルミン製のケースの蓋を持ち上げることが出来なかった虎太郎。

辰川、悠真の力も借りて一気に蓋を持ち上げる。



「せーーの!」


「こりゃ、重いな!」


「大丈夫、もう少し……!」


少しずつ動いていく、ジュラルミンの蓋。

そして、その中に入っていたのは……。



「…………え」


「……マジかよ。」


「う、うわぁぁぁ!!」



何かの液体に浸かった、女性の半身だった。

切断面は出血が極力無くなるように処置されている。

そして、薄いピンク色の液体に浸けられているのだ。



「保存液……か何かの類い?」


北条の表情が険しくなる。

そして、その女性を見て、あさみが大きな声を出す。



「まだ……生きてる!!」



そう。女性はまだ生きていたのだ。

半身を切断され、謎の液体に浸されて虫の息ではあったが、女性は微かに息をしていた。



「救急車の手配を!」


「私も応急処置するっス!……でも、早く病院で処置しないと……!」



大至急、志乃が救急車を手配し、桜川が女性に近づく。



「とりあえず、傷の処置よりも死なないための処置をするっス!」


そう言うと、桜川は女性の口に酸素マスクを着ける。



「おい…………」



その女性の顔を見て、虎太郎の思考が停止した。



「おい……待てよ!!」



何も考えることが出来なくなり、とりあえず大きな声で叫ぶ。

その様子を不思議に思った北条が、その女性の顔を確認し、眉間に皺を寄せた。



「……くっ!」


「北条さん?」



珍しく怒りの感情を露にした北条を見て、あさみが声をかける。



「知り合い……なの?」



まさか、とあさみが虎太郎をみる。

虎太郎は、血の気の引いた真っ青な表情で女性を見ていた。



「……奈美ちゃん。虎の……婚約者だよ。」


「……え?」



北条の答えに、一同が凍りついた。



「どう言うことだ……なぜ、奈美ちゃんがこんな目に……!」


北条が、きつく拳を握る。

優しく微笑む、美しく若い女性。

その女性がいま、目の前で変わり果てた姿になっていた。



そして、その現実を受け入れることが出来ない男が、ひとり。



「お前……今朝、言ってたじゃねぇか。今日のご飯は楽しみにしててって……。俺、これから花屋に……。」



今朝、奈美とかわした会話が、つい先程のように感じられる。



「……虎……ちゃ…………」



そんな時、微かに奈美の口が動いたような気がした。



「う……うわぁぁぁぁ!!!奈美!!なみぃぃぃ!!!」



そして、司令室内には虎太郎の振り絞るような叫び声が響くのであった………。


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