6-4
そして、翌日……
「植木の次は、水槽かよ……。」
北条と虎太郎は、次の現場に来ていた。
都内の水族館。
事件の影響で臨時休館となった。
一番大きな水槽内に、被害者は『いた』。
花束を抱え、タキシードを着て、まっすぐ、そして美しく立ったまま絶命していた。
まるで、水中で誰かを待っているかのように見えるその遺体は、やがて急行した鑑識によって引き上げられた。
「これ……殺し、だよな?」
遺体の状況に理解が追い付かない虎太郎が、隣にいる北条に問う。
「まぁ……こんな水中で花束持って人を待つ人、普通いないよね?しかも水族館だし……。」
被害者の身元はすぐに特定された。
タキシードのポケットに、マイナンバーカードが入っていたのだ。
「マイナンバーカード、だけ……。スマホは?財布は?」
「……犯人が抜き取ったのか、それとも着替えに残っていたか……。」
状況を考えれば考えるほど、謎は深まっていく。
「とにかく、被害者のことをもっと知りたいね……。ねぇ、被害者の方の家族・親族の方と連絡取れたの?」
北条が、鑑識と近くにいる1課の捜査員に問う。
「いえ……どうやらガイシャ、身寄りがない男性だったようで……。あ、ただ……。」
捜査員が続きを言おうとしたその時だった。
「お願い通して!!
ひとりの女性が、必死に捜査員の制止を振り切りこちらに向かってくる。
「……あちらは?」
「被害者の唯一の身内『になるはずだった』女性です。彼の婚約者で……。」
「婚約者がいたのか……。」
不意に、虎太郎の脳裏に奈美の笑顔が浮かぶ。
(婚約者が死んじまうんだ……。辛いだろうな……。)
「なぁ、通してやれねぇか?現場保持は俺の方からしっかり頼むからさ。」
虎太郎は、鑑識と1課の捜査員に頼み込む。
その真剣な表情に、二人とも渋々ではあるが……。
「被害者の衣服には触れないようにしてください。余計な繊維や細胞を残されては困ります。」
「あと、持ち物の持ち出しもだめだ。証拠品として一度預からせてもらう。」
女性を止める捜査員が、道を譲る。
女性はうつろな目で虎太郎の方を……その先の被害者の方を見ながら、ゆっくりと近づいてくる。
「裕也……ゆうや……」
女性はまっすぐに被害者の横たわっているブルーシートに近づくと、その場で膝をついた。
「すまないが、少しだけ話、聞かせて……」
「あぁぁ!!!裕也ぁぁ!!!」
虎太郎が女性に歩み寄るが、話を聞くことも出来ないまま、女性は泣き崩れた。
虎太郎は、小さく首を振る。
(野暮な真似をしちまった……。)
虎太郎は女性に背を向け、彼女が泣き止むのを待った。
「……落ち着いたか?」
「……はい。」
それから30分後。
虎太郎は、ひとしきり泣いて落ち着いた被害者の彼女の話を聞こうと隣に座る。
「辛かったよな。でも、少しキツイこと言うかも知れねぇが、俺たちの聴取に応じてほしい。この後、こんな悲しい事件が起きないように。」
虎太郎は、婚約者の目をしっかり見て話す。
「分かることだけ、知っていることだけでいい。教えてくれるか?」
「……はい。」
婚約者も、虎太郎の熱意に応えるかのように、力強く頷く。
(虎……事件を追うたびに成長しているねぇ……。うん、頼もしくなった。)
その様子を見て、北条が微笑んだ。
「被害者との関係は……婚約者、だったな?」
「えぇ。式場も決まって、来月には式を挙げる予定でした。」
「そうか……。気を悪くしないで聞いてくれ。その式に際して、こう……意見が合わなかったり、喧嘩になったりしたことは?」
「私を……疑っているんですか?」
虎太郎に心を開き始めた婚約者だったが、虎太郎の質問に途端に表情を強張らせる。
「ごめんね~、これは刑事としての……」
「ワリィ。刑事は人を疑うのが仕事なんだ。でも、あんたの答えで潔白を証明してくれればそれでいい。俺は『婚約者を疑う』ことだけはしたくねぇ。」
北条がとっさに助け舟を出そうとしたが、虎太郎は自分の言葉でしっかりと自分の想いを婚約者に伝える。
「トラブルや喧嘩の類は……一切ありませんでした。本当に私たちは仲が良くて……。昨日も同棲しているマンションで、一緒に食事をとって……、今朝は仲良く一緒に部屋を出てお互いの仕事に向かったんです……。」
時折辛そうな表情を浮かべながら、それでもしっかりと答えていく婚約者の女性。
北条は、そんな二人のやり取りを見て安心し、自分は被害者と現場の状況に注視することにする。
「それで、被害者の死因は?やっぱり溺死?」
「いえ、それが……水槽には死後入れられたようで……。」
「外で殺されて、後でこの中に入れられた?」
「えぇ。おそらくは……。」
北条の頭に、疑問符が浮かぶ。
「やっと着いたっス……」
鑑識と北条が話をしている間、桜川が現場に到着する。
「今回も、おかしな現場だったと聞いたっス。ちょっと見せてもらって良いっスか?」
「桜川先生!……どうぞ、こちらです。」
桜川が被害者の横に屈み、遺体の状況をしっかりと見る。
「これは……。」
桜川の表情が険しくなる。
「死後硬直の後、水に入れられたっスね。そしてこの遺体、立ったまま息を引き取っているっス……。」
それは、普通の人間では考えのつかないような言葉だった。
「おいおい、そんなことあるのかよ……。」
立ったまま殺され、そして死後硬直を待って水中に入れられる。
そんな、常軌を逸した殺害の仕方が、実際に起こりうるものなのか……?
「これを見るっス。」
桜川は、遺体のシートを一部だけ捲る。
そこは、足の裏。
「死斑がここに集中してるっス。これは、亡くなった後の血の流れが、足の裏……つまり下に向かって流れたっていう証拠っス。背中やお腹にそういった死斑の痕が見えないっスから……。」
「なるほど。それで立ったまま亡くなった……に行きついたわけだね。」
「そうっス。」
「でも……どうすれば人は立ったまま死ねるんだ?吊るした状態っていうのもありなんじゃねぇか?」
桜川と北条の会話に疑問を持つ虎太郎。
「吊るしたっていう線は薄いっスね。……ほら。」
桜川が、被害者の足の裏を指さす。
「少し擦ったような傷……。この傷の間に小さな石が入っていたっス。もちろん、この水槽内の砂とは全く違うもの。『山林の土』のものっス。その傷は、足の裏でも引きずられた時には絶対につかない位置についている。そう、立たないと接地しない場所なんス。」
「確かに……死んだ後にその部分に土を擦り込むなんて、どう考えても不自然だよね……。」
桜川が遺体の状況を話せば話すほど、謎が深まっていく。
「つまりよ……この犯人は、いったい何がしたかったんだ?ただ恨みがあるだけだったら、そのまま一思いに殺せばいいだけの話じゃねぇか。土に植えたり、殺してから水に沈めたり……意味が分からねぇ。それも、公園とか水族館とか、目立つ場所にだぜ?」
虎太郎が頭を捻る。
北条も、その点には疑問を持っていた。
「そう、それだよ。犯人の動機が全く分からない。このままだと『愉快犯』っていう線がいちばん強そうだけど……。」
「それに、今回は『神の国』とどう関係しているのかも気になるな……。」
「でも、完全に関わっているとは断定できない。難しいところだね……。」
なかなかいい切り口が見つからない、今回の2つの事件。
犯人はいったい何を考えて犯行に及んでいるのか……。
桜川が時計を見る。
「ここにじっとしていたって何も進まないっス。どうっスか?一度司令室に戻って、みんなで情報を精査してみては?」
「それも……そうだね。雪ちゃん、なかなかいい判断をするじゃないか。」
「いやいや、皆さんの真似をしただけっス。行き詰ったらみんなで情報共有。そこからいろんな糸口を見出してきたじゃないっスか。特務課の皆さんは。」
北条と虎太郎は、これ以上この水族館では調べられるものはないだろうと、桜川の提案に乗り、司令室に帰ることにした。
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