6-2
その夜、早速事件が起こった。
「人が、大きな植木鉢に生けられているんです!!」
そんな、おかしな通報から長い夜は始まった。
通報を受けたのは、志乃だった。
「落ち着いて……ゆっくり、深呼吸しながらで構いません。状況を詳しくお聞かせいただけますか?もうすぐこちらから刑事が向かいます。身の回りのことは心配しないで……。」
志乃が優しく澄んだ声で、通報者を落ち着かせようとする。が……。
「ひぃ……人が、大きな植木鉢に、生けられているんだ。大きな木の杭に縛り付けられて、足が、足が土に埋まっているんです……!」
「その人の性別は?」
「男性です……。若い、男性……。」
「その人、まだ生きていますか?」
「分かりません、怖くて見に行けない……。」
少しずつ、優しく目撃者の目の前の状況を確認するも、犯人は目の前のありえない状況に気が動転しているようだ。話している言葉が要領を得ない。
「虎太郎君、到着まであとどのくらい?」
「あー、たぶん10分かからねぇ!」
「僕も向かってるよ、15分くらいかな?」
志乃が虎太郎と北条に現着までの時間を確認する。
「大丈夫です、もうすぐに刑事が来ますから。警視庁でもトップクラスの捜査員です。安心してください。近づかなくてもいいです。その場から、少し呼びかけてみて下さいませんか?」
あくまでも優しく、ゆっくりと。
被害者が生きているのなら、迅速な処置が必要なのだが、それをいま目撃者に要求しても、思った通りの成果は得られないだろう。
ゆえに、虎太郎と北条の位置関係を確認したのだ。
「……反応が、ないです。でも……少しだけ動いたような……。」
「そうですか、ありがとう。おかげで何となくの状況が分かりました。頑張りましたね。」
優しく、目撃者に話しかける志乃。
(さすがね。気が動転している目撃者からここまで情報を引き出せるなんて……。きっと、私でもそこまでは出来ないわ。)
その様子を見ている司が、志乃の能力の高さに脱帽する。
「悠真君!各課と情報を共有しましょう。詳しい現場の住所を各課に転送して応援を!」
「りょうかい!!」
「辰川さんは半径2キロ圏内のパトロールを。住民への聞き込みも重ねてお願いします。」
「あいよ!」
次々と司の指示で動いていく特務課員。
「ねぇ司さん、あたしは~?」
「あさみはこの後、もしかしたら出番が来るかもしれないから待機。」
「え~~!!」
「とりあえず、室内に流れる情報をしっかり聞いていてちょうだい。その状況によっては出動をお願いするかもしれないから。」
これは、ただの事件ではない。
司の予感がそう言っていた。
「……ここか?通報のあった現場は。」
まず、先に現場に到着したのは虎太郎だった。
現場は、人通りの多い大通りから少し外れた公園。
それでも、深夜は若者たちや仕事帰りのサラリーマンなどが、休息の場として利用する。
まばらに人がいたであろう公園には、いつしか人だかりができていた。
「ちっ、もう人が集まったか……。」
おそらく、その人ごみの中が事件現場。
虎太郎は小さく舌打ちをすると、
「はい警察~。ちょっとどいてくれ。写真とか撮るなよ?」
警察手帳を出し、人込みをかき分けながらその中心に向かう。
「……これは……。」
中心に達したとき、眼前に広がった光景に、思わず虎太郎は絶句した。
座り込んだ男性。おそらくこの男性が通報者だろう。
そして、その目の前に被害者がいた。
「マジで……生けられてる……。」
大きな植木鉢。
そこに両足がしっかりと埋まっている。
立ったまま磔にされた被害者は、大きな木の杭にワイヤーのようなもので縛り付けられていた。
「おい、急いで救急に連絡しろ!」
人だかりに向かって、虎太郎が大きな声を上げるが、狼狽えている人たちはなかなか行動に移せない。
「119番!!急げ!!」
怒鳴るように虎太郎が、最前列にいた若い男性に言う。
「あ、は、はい……。」
男性は慌てて救急隊に通報する。
「男二人!ちょっと手伝ってくれ!」
そして、虎太郎は男性二人の助けを借りて、被害者の救出を試みる。
「くそ……だいぶ固く縛られてるな……。おい、こっち引っ張ってくれ!」
まずは、被害者を縛るワイヤーを外す。
ワイヤーはかなり固く縛られていて、上手く解けない。
「虎、状況は?」
ちょうどその時、数分遅れで向かっていた北条が到着する。
虎太郎は、簡潔に現状を説明した。
「これは酷いねぇ……ん?」
北条は、被害者にまかれたワイヤーが、足元だけ妙に丁寧に縛られていることを発見した。
(これは、もしかして……。)
嫌な予感がした。
「虎……このワイヤーを外すのは、後にした方がいいかもしれない。まずは、この杭を引っこ抜いて、被害者さんを土から出してあげよう。」
「ん?……あぁ。わかった。」
北条が何かに気付いたのを虎太郎も感じ、ワイヤーを解くのことを一時中断。
手を貸してくれていた男性たちを使い、今度はその身体を植木鉢からゆっくりと引き抜いていく。
「せーの……よっ!!」
ゆっくりと抜けていく、被害者の足。
しかし……。
「……えっ?」
「……う、うわぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃぃ……」
ようやく抜けたと思った被害者の足。
しかしその足は、膝から下が無かったのだ。
「……マジかよ。」
被害者の様子に、思わず絶句する虎太郎。
その時だった。
「う、うぅ……。」
抱えていた被害者が、小さい呻き声をあげた。
被害者は、男性・30代くらいだろうか。
金髪に近い栗毛。耳には3連のピアス。
日々を楽しく過ごしてきたような風貌である。
「なんだって、こんな目に遭ったんだよ……。」
そんな人間がなぜ、このような目に遭っているのか?
虎太郎は北条に目配せする。
「雪ちゃんに連絡して。この状況、普通に救急隊が来ても、状況説明とか長くなりそうだ。この人は虫の息。ここは雪ちゃんにすぐに状況を察してもらって応急処置をしてもらった方がいい。彼の命を守るならね。」
北条は、考えつく限りの最善の方法を考えた。
「志乃ちゃん!」
「了解です。桜川先生、現場に10分以内に到着するそうです!」
「……相変わらず、仕事が早い!」
虎太郎と北条の会話を無線で聞いていた志乃が、すぐに桜川に連絡を取っていたらしい。
桜川も急いで現場に向かうとのことで、10分以内での到着が実現しようとしていた。
「こういうところ、やっぱり特務課はすげぇなぁ……。」
虎太郎は、特務課のメンバーの能力の高さに感心していた。
「俺も、このチームの一員なんだよな……頑張らねぇと。」
自分には、メンバーの誰にも負けないような特殊な能力が何一つない。
だからこそ、献身的に動き、メンバーを命がけで守るという覚悟はしておこう、そう思った。
それから6分で、桜川が現場に到着した。
「待たせたっス!状況は?」
「あぁ……」
虎太郎が、桜川に現状と被害者の状況を桜川に報告する。
「被害者さんは……『まだ生きてる』っスね?」
「あぁ……。」
「それは、良かったっス……。」
桜川が、安堵した表情を見せ、そのまま被害者の側に座る。
「これは酷いっスね。切断された足は?」
「いや、ここには無かった。」
「残念っス。でも、生きてるなら死なせないようにしなきゃ!……両足に縛り付けられてるワイヤーを外さなかったのはナイスな判断っス。もし外してしまってたら、切断されてる両足から一気に血が流れだして、一瞬で死亡っス。」
桜川は、もう一度ワイヤーをしっかりと固定する。
「あ、あぶねぇ……。北条さん、止めてくれて助かったぜ……。」
「いや、僕もよくわからなかったんだけど、ほらドラマでやってたじゃない?何かがついてたり刺さってる場合、医者が来るまで不用意に外すなって。」
北条が、苦笑いを浮かべながら答える。
「う……」
そんな中、被害者の意識が少しずつ戻ってきた。
「お、俺は……」
「良いから喋るな!余計に体力を使うんじゃねぇ!」
意識が少しずつ戻り、言葉を発しようとする被害者を、虎太郎がなだめる。
興奮することで、血の巡りがよくなってしまうと、今の被害者の怪我の具合を見る限り、良くはない。
切断された足をワイヤーで縛られているとはいえ、それも気休め。
大きな傷口なのだから、出血は少しずつでも量が多い。
(一体、何時間前からこんな風にされていたんだ……?)
土に埋まっていれば、出血は止まっているのか?
そんなはずはない。
などと思いながら、虎太郎は桜川の応急処置にすべてを委ねる。
「大丈夫っスか?」
桜川が、被害者に優しく声をかける。その時だった。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
突然、被害者が発狂しだした。
桜川に何かの幻覚を見たのだろうか?
「落ち着いて……今からちゃんと治療しますから……」
「やめろ!!来るな!!もう許して!!」
必死に桜川が落ち着かせるも、被害者は必死に桜川を拒絶する。
(幻覚でも見ているのか?もしそうだとしたら、薬物……いや違う、もしかしたら……)
被害者の様子を見守る北条は、先日の集団自殺事件を思い出す。
「洗脳……か?」
この事件が『神の国』と関連があるのかなどわからない。
むしろ、ここ数件の事件が『神の国』絡みだったために勝手にそう思い込んでいるのかもしれない。
「そうさ……今回の事件が関連しているとも限らない。単独犯の可能性も……。」
そこまで言いかけて、北条が言い淀む。
「……駄目だ。いまここで結論を出そうとするな、まずは目の前の事件、そして被害者だ。」
北条は、自身の両頬を思い切りたたくと、被害者のもとへ駆け寄る。
その時だった。
「い や だ ―――――!!!」
発狂した被害者が暴れ、その勢いで彼を縛り付けていたワイヤーが緩んだ。
「バカ!暴れんなって!!!」
必死に被害者の身体を押さえつける虎太郎。
それでも、必死にそれを振りほどこうとする被害者。
「死にたくない……死にたくない!!!」
虎太郎をも振り払おうと必死に体を動かす被害者。
「応援!誰かコイツを抑えるのを手伝ってくれ!!」
思わず、周囲の男性たちに応援を頼むのだが……
2人の男性が虎太郎のもとに駆け寄る、それよりも早く……
「いけないっス!!」
被害者を縛り付けていたワイヤーが、その勢いで外れてしまった。
「……え?」
足を縛るワイヤーも緩んだことにより、傷口からは大量の血があふれてくる。
その出血量の多さが、被害者は助からないと物語っているようでもあった。
「止血!!」
北条が大きな声で自分のジャケットを脱ぎ、被害者の足を再び縛ろうとするも……。
「あ、あっ……あ……」
被害者はすでに、失血性ショックが始まっていた……。
小刻みに痙攣する被害者。
おびただしい量の出血をした彼が、一命を取り留める確率は、もはや皆無に等しかった。
「雪ちゃん!どうにかならないの?」
ジャケットで被害者の傷口を必死に固定しながら、北条が桜川に助けを求める。
「もう……手の施しようが……ないっス……。」
しかし、桜川は絞り出すように、そう答えた。
「北条さん、もう……。」
虎太郎が、小さく首をふ振る。
もう、心臓が止まってしまったようだ。
「くっ……!!」
またしても、生きていた命を救えなかった。
悔しさがこみあげてきた北条は、力いっぱい拳を握る。
「犯人が暴れなければ……あと30分は時間があったっス。その間に病院に搬送して、輸血さえ出来ていれば……。」
桜川も、被害者を助けることが出来なかった悔しさを表情に出し、呟く。
現場に重苦しい空気が流れた。
「とりあえず……だ。」
この状況下で、一番冷静に行動したのは虎太郎だった。
「おい、これからここは『殺人現場』になる!野次馬はみんな散ってくれ!今からここに残る人たちは、何らかの形で事件にかかわりのある人物として、俺たち警察の聴取に答えてもらうからな!それが嫌なら、ここに氏名と住所、電話番号を書き込んで速やかに帰ってくれ!」
虎太郎が自身の手帳を開き、野次馬だった人たちに協力を促す。
「あ、何も書かずに逃げたら、防犯カメラの映像も使って、必ずこっちから事情を聴きに行くから、そのつもりでいてくれよな!」
数人が『面倒くさい』とその場を後にしようとするのを、虎太郎は見逃さなかった。
『こっちから事情を聴きに行く』その言葉の重みを感じたのか、一度立ち去ろうとした人たちも、虎太郎のもとへ集まっていく。
(うん……さすがだ。こういう場合は多少の張ったりも必要かな。)
拡散を防ぐ、現場保持、そして現場に居合わせた人物の所在を控えると、その時に大切なことを一声で完了させた虎太郎。
「虎……キミがいてくれて良かったよ。」
北条が、安堵した表情で虎太郎を見た。
こうして、突如通報により発生した事件は、殺人事件として処理されることとなった。
虎太郎、北条、そして桜川は、到着した捜査一課にすべての情報を引き継ぎ、そして共有することを約束して引き上げることになった。
「とりあえず、状況を司ちゃんに報告したら、我々は帰ってしっかりと休むことにしよう。ここ数日、精神的にキツイ仕事が多かったからね。そういった精神的な綻びを、『奴ら』は突いてきそうな気がするよ。」
北条は、休息をとることを皆に提案した。
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