第6話:人間の可能性
台東区での集団自殺事件から2週間。
『神の国』はその後、特に目立った行動は起こさなかった。
警察はこれまでの通り魔事件と、集団自殺事件についての報告書をまとめることに奔走し、ようやくそれも落ち着いたのだった。
「結局、自殺したご遺体のすべて、身体的にも精神的にも全く問題なかったということが分かったっス。持病もない、生死に関わる大きな怪我もなかった。つまり、家庭環境がちゃんとしてるなら、自殺なんてしなくてもいい健康体だったってことっス。」
特務課・司令室。
室内には、法医の桜川 雪が来ていた。
先の集団自殺事件の犠牲者の検死が全員分終わったのだ。
「五体満足な人間を、どんな形にせよ操ることが出来る『神の国』……興味深いっス。人間の体の限界に、容易く踏み込んでくる……私にはまるで手の届かない世界みたいっす……!」
桜川は、言い方に語弊はあるが『遺体マニア』である。
数々の検死をする度に、その死に方・致命傷・死に至るまでの時間を鑑識よりも素早く、正確に割り出すことが出来る。
若くしてその技術を高めたことにより、人体の限界をとことん調べてみたくなり、それが自身の現在の研究テーマとなっているとか。
28歳・独身で彼氏なし。
きちんと身なりを整えれば、誰もが声をかけずにはいられない美女なのであるが、残念ながらこれまでの生涯をずっと研究に費やしてきたため、『おしゃれ』というものには全く無頓着なのである。
髪はボサボサ、簡単な上着にジーパン、そしてその上に白衣。
センスの欠片もない服装で、いつも特務課に訪れる。
もちろん、すっぴん。化粧など成人式の写真の時くらいしかしていないほどである。
そんな桜川は、特務課のメンバーが好きだった。
「いつも済まないねぇ、雪ちゃん。いつでも的確な検視結果、助かってるよ。」
「いやいや、私なんかでお役に立てることがあるなら嬉しいっす。私、特務課の皆さんのファンですから。」
数々の難事件を解決してきた特務課に、桜川は強く惹かれていた。
個性的な能力を持つ各メンバーたちが、協力して事件に挑み、まるで化学反応を起こすかのように解決に向かって進んでいく。
その鮮やかさ、美しさにいたく感銘を受けたのだ。
「警察のいち課にファンなんて出来ても何のメリットもないよ。雪ちゃんくらいの女の子なら、もっとかっこいい俳優さんとか、アイドルにお熱にならなきゃ……。」
呆れながらも笑う北条に、
「そこいらの優男たちよりも、日本の平和のために戦う皆さんの方がカッコいいっス!!」
そう、鼻息荒く答える桜川なのであった。
「通り魔事件の犯人たちのカウンセリング、薬物等の成分検査もしたっスけど……全く異常なしだったっス。しかも、その当時の記憶がすっぽりと抜け落ちているみたいで……不思議っス。」
桜川が頭をひねる。
医学的には、何も異常がない状態。
このままの状態、桜川には『異常なし』という診断結果を下すしかなかったのだ。
「なんか、悔しいっスね……。医学では解明できないことが、実際に起こっているなんて……。薬も必要ない、まして手術なんてする理由がない。真面目に生きてきた人たちが、一瞬で犯罪者として扱われる……。そんな不条理なことってないっス……。」
桜川の表情が曇る。
そんな桜川の肩に手を置く北条。
「そうだね。でも、日本の警察では『起こってしまったことが全て』なところがある。記憶が全くなくても、操られていたとしても、その人が犯罪を起こしたということは指紋、DNAなど痕跡として残る。痕跡が残ったからには容疑者として逮捕しなければならない……。辛いところだよね。」
「あぁ……。でも、そうしなければ被害者遺族も報われねぇ。家族を殺された、傷つけられたのは事実だからな。それだけに……許せねぇ。自分で手を下さずに人を操って犯罪を起こす『神の国』がな……!」
北条の言葉に、虎太郎も鼻息を荒くする。
「そうだね。とにかく、『神の国』の目的、そしてメンバーと黒幕の居場所を少しでも早く突き止めなければ、こんな悲しい事件は終わらない。」
司令室に張り詰めた空気が流れる。
「そうね。我々のすべき方針は決まったわね。各課の応援要請に対応しつつ、私たちは独自に『神の国』について捜査しなければならない。厳しい戦いになりそうね。」
桜川、北条、虎太郎の話を聞いていた司が、今後の方針について話す。
「各員、それぞれに出来る最大限の努力をしましょう。」
「了解!」
「はいよ。」
「おうよ。」
司の指示に、全員が頷く。
そして……。
「それにしても……。」
虎太郎が、ふと思いついた疑問を述べる。
「なんであいつら、俺たちの裏をかいてくるんだろうな?捜査を切り上げた夜中に事件が起こるとか、俺たちが到着するギリギリのタイミングで事件が起こるとか……、なんか、こっちの手の内が分かってるみてぇだ。」
虎太郎の素朴な疑問。
しかし、その言葉に北条の表情が凍り付いた。
「まさか……。」
「あ?どうしたんだよ北条さん?」
北条は、顎に手を当て少し考える素振りを見せると……。
「念のためだけど、『神の国』の件で特務課が得た情報は、出来るだけ他の部署には内緒にしておいた方が良さそうだね……。」
苦笑いを浮かべたまま、北条はそう言った。
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