5-4
虎太郎と北条が別行動をとって1時間。
「悠真!!」
「はい了解。」
司令室に飛び込んだ虎太郎の頼みを、悠真は予め察して準備を進めていた。
「あの、『神の国』のサイトを……」
「だから、了解。」
「え?」
「何のために無線がついてるのさ。さっきのやり取り、ずっと聞いてたよ、早速準備してるから、少し待っててね。」
悠真は、自前のノートパソコンを司令室の端末につなぎ、あれこれ操作をしている。
「あれだけの信者を抱えるサイトだからね。いろんなプロテクトや裏コードがありそうなんだよね。こっちの情報を逆にハッキングされても困るから、準備だけは万全にしておこうと思ってね。」
「ほう……すげぇなやっぱり。で、どのくらいかかるんだ?」
「準備にあと20分。あとは……やってみないとわからないかな。」
「まぁ、そうだよな……。頼むわ。お前しかこのサイトをどうにかできないからな。」
「あとで、甘いものでも奢ってよ~」
「はいはい、分かったよ。」
虎太郎は、このまま司令室で事の顛末を見守ることにした。
一方、北条は……。
「ありがとうございました。情報収集がなかなか捗らなくてね。事件直後で心中お察ししますが、あえて伺った次第です。わかってください。この後、同じような悲しい事件が起こらないようにするためです……。」
大学生の自宅を後にし、他2件の同時多発事件の犯人の家族のもとに来ていた。
家族たちは悲痛な表情で、しかし北条にありのままを話してくれた。
その中で分かったこと。
3件の犯人たちは皆、家庭環境に問題はなかった。
そして、共通するのは……。
「やっぱり、サイトだったか……。あのサイトを開いたということは、何かしらの不安や問題があったということだね。そこまで調べるか……。」
北条が、手帳を開き先程まで犯人の家族に聞いていた事項を確認する。
勤務先、恋人の有無、趣味、行きつけの店など……。
「オジサンはオジサンらしく、しらみつぶしに行ってみるかね。」
足を止めている暇はない。
北条は片っ端から足を運ぶことにした。
「よーし、行きますか。……ん?」
そんな北条の携帯に着信が入っている。
「捜査一課・稲取……?」
胸騒ぎがする。
北条は急いで電話に出る。
「もしもし、北条です。」
「あ、北条さん!今どこだ?」
「今……赤羽付近だけど……?」
「すぐに台東区に来てくれ!」
「台東区……?」
珍しく取り乱している稲取。
ただ事ではない様子に、北条の足が自然と台東区の方へ向く。
「高層ビルの立ち入り禁止区域に、民間人が大勢……!」
「みなさーーん、下りてくださーーい!!そこは立ち入り禁止区画ですよ~~!!」
香川が拡声器を使って、屋上に上がった人たちに呼びかける。
しかし、誰一人として反応する様子はなかった。
「あの音量……聞こえていないってわけでもなさそうだよね。どうして動かないんだろう……。」
「あぁ……なんか不気味だな。」
少し離れた、大画面が見える場所で、北条と稲取が首を傾げる。
「北条さん、どんな感じなんだ?」
虎太郎が、無線だけでは状況を読み取れず、北条に訊ねる。
「あぁ……。なんか屋上に人が集まっててね。今のところ特に何かしようって感じではないんだけど……。」
「こっちは悠真がもうハッキングを始めてる。ただ、相当なやり手らしく相当てこずってる。」
「悠真君がてこずるなんて、凄腕があっちにもいるみたいだね……。」
「あぁ……ん?なんかカウントダウンが始まったぞ?」
虎太郎が、モニターに映った『神の国』のサイトの右下の部分に新しく表示されたカウントダウンに気付く。
「カウントダウン?」
「あぁ。あと20秒……。」
北条が、自分の腕時計を見る。
「あと20秒で……17時だね。」
「17時に、何かが起こる……?」
そうこうしているうちに、あっという間に20秒が経ち、時計が17時を指す。
すると……。
「北条さん!!」
稲取が、ビルの大画面を指さした。
北条が、目を凝らして大画面を見る。
先程までCMを放送していた大画面が、突然真っ黒に染まる。
(17:00……まさか!!)
北条が、時計を見る。
17:00ちょうどに、画面が変わったのだとしたら、『神の国』のサイトのカウントダウンは、この台東区で何かを起こすカウントダウンではないだろうか?
「虎!!悠真君にハッキングを急がせて!なんだか悪い予感がする!」
「あぁ……俺も今、志乃さんにそっちの画面をモニターしてもらって思ったぜ。なんか悪い予感がする……!」
北条はビルに向かい全力で走ると、香川に近づき拡声器を引っ手繰った。
「あっ!! 北条さん!?」
「ちょっと貸してね!」
ボリュームは香川が使っていた時点で最大になっている。
北条はそのまま、叫ぶように屋上の人たちに訴えた。
「今すぐにそこから下りるんだ!!このままでは君たちの身に危険が……。」
「さて、みんな集まったかね?」
北条が必死に屋上に集まった人たちに叫んだ、まさにその時だった。
真っ暗なままの大画面から、音声が聞こえる。
「同志たちよ、よく集まってくれた。皆、想いはひとつだろう。私は、『神の国』のその頂に君臨する者……。」
音声だけだが、ついに謎の組織『神の国』がその姿を現した瞬間だった。
「皆さん、早く下りて!!」
北条が声を振り絞る。
このままではいけない。
北条の頭の中で、悪い予感が警鐘を鳴らす。
こういう時の北条の『悪い予感』は、面白いほどよく当たる。
「よく集まってくれた、同志よ。ここに君たちがいるということは、何らかの理由で現代日本に失望し、絶望したからだろう。そう……私も同じ気持ちだ。今の日本は、腐りきっている。『国』として存在することが許されないほどに……」
真っ暗な大画面は、淡々と語る。
「……そこでだ。諸君、この腐りきった国に全力で抗議しようではないか!嘆願書、直談判、メール……ここに集まった君たちはきっと、あらゆる手段で国を変えたいと願ったに違いない。それでも、今の日本は何も変わっていない。なぜだろうか?」
「悠真君……あとどれくらい?」
北条が、震える声で悠真に無線を飛ばす。
「一生懸命やってるけど……30分はかかりそう。このページ作ったやつ、きっと僕たちと『同類』だよ。」
「マジかよ……。悠真よりもパソコンが使えるやつがいるっていうのか?」
「負ける気はないよ。でも……苦戦しそうだ。」
普段はひょうひょうとしている悠真が、今回ばかりは神妙な声で話す。
それが何を意味しているのか、北条は理解した。
『このサイトをすぐに壊すことは不可能に近い』
北条は拡声器を稲取に渡す。
「稲取君、出来るだけ根気よく呼びかけて!!」
「あ、あぁ……北条さんはどうするんだ?」
「僕はもう直接上に行く!」
このまま、ただ下で呼びかけるだけではいけない、そう思い一歩踏み出した、その時だった。
「今の日本が動かないのは、どこかで我々『訴える者』達が本気ではないと感じているからだ。だから、私はこの手段をとった。どうかね?政府のお歴々、この画像は見えているだろうか?」
声の主は、淡々とそしてまるで政府をあざ笑うように話す。
「さて、そろそろ実行に移すとしよう。書面でも駄目、直談判も聞く耳を持たない、そしてメールなど現代の文明に頼っても無視……それなら、残る手段はひとつ。」
「!!!」
北条が何かに気付き、足を止める。
「香川君!!大至急消防と救急に連絡!近くにいる現場の人をすぐにこの場に急行させて!!」
「え……あ、はい!」
普段とは様子の違う北条の大きな声に、香川は一瞬戸惑うも、すぐに携帯で連絡を取る。
「司令室!大至急3階以上の建物の所有者に、屋上に人を決して上げないように要請するんだ……要請じゃぬるい、命令を!!」
「は……はい、了解しました!」
志乃も、北条の必死の指示に、素早く行動を開始する。
「人命というものは、尊く最もメッセージ性があるもの。浪費こそできないが、ここぞというときにはそれを使うのもまた、手段だろう。」
静かに、そして淡々と画面の向こう側にいる人物は話す。
「やめろ……やめるんだ。みんな、頼む……早く……」
北条の顔が青ざめている。
これまでの画面の向こう側の人物の言葉。
そして、ビルの屋上にいる人々……。
それらのすべてが、北条の頭の中で次々と繋がっていく。
そう、最悪の方向に……。
「さて、ここで長々とお喋りをしたところで何も変わるまい。始めようか。……同志よ、神の国のため、その命を……」
「……やめるんだ!!!」
北条が、普段の様子からは想像もできないような大きな声で、画面に向かって叫ぶ。
しかし……。
「……神に、捧げよ。」
冷たく、低く重い一言。
この一声でまるでスイッチが入ったかのように……。
「神の国のため。」
「幸せな国のため。」
「大切な人のため。」
「守るべきもののため。」
口々に呟きながら、次々と屋上に立っていた人たちが、一歩前に踏み出していく。
「やめろーーーーー!!!」
それはまるで、地獄絵図のようだった。
ひとり、またひとりとビルの屋上から身を投げていく。
次々と響く、鈍い音。
ビルの下から響く、悲鳴。
消防隊と救急車が到着したときには、屋上にはもう誰もいなくなっていた……。
「さぁ、これがこちらの抗議の形だ。政府の……いや、総理大臣殿の賢明な判断を求める。こちらの要求は、書面にして官邸に送ることとする。返信は……その書面に記載してあるメールアドレスに頼むよ。」
一方的に話を進める、画面の向こう側の人物。
「ふざけたことを……!!!」
北条の拳が、怒りで固く握られる。
画面の音声はそこで途絶え、大画面には普段と同じようにCMが流れ始めた。
「……」
北条が怒りに震えながら、その場に立ち尽くす。
「何も、出来なかった……!」
目の前で、大勢の人たちが次々と死んだ。
もう少しで助けられるかもしれない、そのギリギリの距離で。
おそらくそれも、画面の向こう側の人物の計算だったのかもしれない。
「サイトのクラッシュまで、あと7分!!」
無線から、悠真の声が響く。
当初の予定より大幅に早い。
「あぁ……。」
しかし、集団投身自殺は止められなかった。
北条は、呆然と呟く。
「しっかりしろよ、まだやることはたくさんあるだろう!!」
そんな北条に、無線で虎太郎が喝を入れる。
「すぐにそっちに行く!こっちは悠真がどうにかしてくれる。まずは亡くなった方の身元の特定、そしてパソコンの有無の確認だ!」
虎太郎も、怒りに震えていた。
「見てやがれ……絶対に尻尾を掴んでやるからな!」
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