4-10

「銃声……!?」



ラッキーマートの店内で待機しているのは、虎太郎、辰川、そして新加入のあさみ。

真っ先に銃声を聞いたのは、あさみだった。



「銃声?そんなの聞こえたか?」


「いいや……俺にも聞こえなかった。」



虎太郎と辰川には銃声は聞こえなかったようだ。



「銀行内……銃声は『たぶん』1発。音の重さからして、ハンドガンではない……。危険ね、持っているのはライフル型……。」


「おいおい、そこまでわかるのかよ……?」



あさみの冷静な分析に、辰川が舌を巻く。


「ま、部隊で散々叩き込まれたからね。それこそ寝る暇も与えられないくらいに。」



淡々と話しながら、ブラインドの隙間から銀行を見るあさみ。



「全く……女なのにすげぇな……。」


虎太郎も、同じように感心して言ったつもりだった。が……。



「あんた……」


「……え?」


「同じセリフ、次にもう一度口にしたら、マジで殺すから。」



あさみは鋭い視線で虎太郎を射貫いた。



「な……なんだよ……」


「私はね、『女だから』『女のくせに』って言われるのが一番嫌いなの。女だって鍛えればそこいらの男よりも動ける、働ける。性別が違うだけで、男よりも格下に見られるの、大っ嫌いなの。だから、私はあんたたちの誰よりも働いてみせるわ。」



女だからと言われることが、女であることで無条件で男たちの下に見られることが、あさみには許せなかったのだ。



「……おぅ、悪い。言葉の使い方、間違えたわ。」


「ワリイな嬢ちゃん、そんなつもりで言ったわけじゃないんだ、虎は。此処はひとつ、俺に免じて許しちゃくれねぇか?」



あさみの言葉に虎太郎は素直に非を認め、あさみに頭を下げる。

そして辰川も、そんな虎太郎をフォローした。



「言葉の使い方を間違ったかも知れねぇが、虎は嬢ちゃんのことを本当に尊敬して言ったんだ。それは間違いねぇ。俺が保証するぜ。この特務課にいるメンバーは、誰のことも差別しねぇし、尊敬してる。そんな仲間だからこそ、他の課には出来ねぇ仕事が出来る。俺はそう、信じてるぜ。」



優しく、あさみを諭すように言う辰川。

あさみは大きく溜息を吐くと……。



「うん。私もちょっと興奮しすぎた。ごめん。昔、女だからって酷い目に遭ったことがあったから。ちょっと神経過敏だったかも。」


「いや……こっちは気にしてねぇよ。」


「よし、これでこの話は終わりだ。良いねぇ、若いっていうのは清々しいもんだ。」



年長者の辰川が間を取り持ち、この場は丸く収まる。

そして今度は、3人並んで窓から銀行の方を注視する。



「動くなら、このタイミングのほうが良いわ……。」



「そうね……始めましょうか。」



虎太郎、辰川、そしてあさみの話を無線で聞いていた司が、ついに腹を括る。



「悠真くん、銀行のシステムにはもう入れる?」


「いつでも良いよーん。」


「志乃さんは、銀行からの全ての逃走ルートを予測して、各課に応援依頼をお願い。」


「了解しました。」



司令室にいるのは、司、悠真、志乃の3人のみ。

悠真と志乃は、情報戦のエキスパートである。



「で、どこまで乗っ取る?とりあえずシャッター開けとく?」


「そうね……シャッターを開ける、オートロックの全解除。まずはそれでいきましょう。あさみ、聞こえてる?」


「もちろん!」


「シャッターが開いたら、あなたの突入しやすいところから突入して構わないわ。でも犯人は銃を持ってる。気をつけて。」


「私を誰だと思ってるのよ?大丈夫よ!」


「それから、辰川さん……」


「俺は、煙幕とか閃光弾を用意して、上手いこと中を撹乱するよ。」


「お願いします。」



司が次々と指示を出す。

それは各員の特性を理解した、もっともベストであろう選択。

まだ結果は分からないが、成功するならこの方法しかないと言う手段を、司は慎重にチョイスする。



「虎太郎くんは……いつも通り。あなたの直感で動いてちょうだい。」


「え?またそれかよ……。」


「あなたの直感は、特務課の武器よ。」



今回も、虎太郎への指示は『直感で動け』。

彼の野性的な勘は、事件を解決する突破口になり得る武器でもあるのだ。


そして……。


「北条さん、合図はお任せします。ベストなタイミングでお願いします。」


「はいよ。りょーかい。でも、普通に合図を出すとバレちゃうからね、犯人との話の中に合言葉を入れて合図にしようと思うんだ。そうだねぇ……。」



北条は少し考え込む仕草をする。



「うん、『残念だけどそれは無理だよ』、これにしよう。」



犯人との交渉では言ってはいけない言葉のひとつでもあるが、それを合図に突入作戦が実行される。言葉としては悪くない。



「さて、じゃぁみんな、準備しておいてもらおうかな。いつ犯人から電話がかかってくるか分からないからね。」




こうして、特務課の作戦が始まろうとしていた。



「稲取くん、秋吉ちゃん、古橋くん……そういうわけだから、よろしく。」



銀行前の車輌で北条と一緒にいる3人にも、特務課の作戦を伝える。すると……。



「私は北条さんのフォローにまわります。」


「一課は逃走経路の封鎖だ。」


「SITはいつでも突入できるよう配備します。」



それぞれの課で、特務課の援護をする準備を進めることになった。



「あとは、突入のタイミング、だな……。」



虎太郎が、ラッキーマートの窓から銀行の様子を見る。



「あの、バリケードを撤去した正面玄関からの突入か?」


「いいえ、あの入口からの突入はやめたほうが良い。」



虎太郎の言葉に、あさみは首を振る。



「何で?あそこがいちばん突入しやすそうじゃないか。」


「……あれだけ解放された場所であれば、大勢の人質を逃がすのに最適。そこに突入班を入れては、混乱して人質の身も危険よ。他の場所から突入する。」


「でも……どうやって?」


「そこなのよね……。」




虎太郎とあさみが考えこむ。そこに……。



「最上階、ちょうどラッキーマート側の窓が一か所、突入できる様子です。なぜかバリケードもありません!!」



志乃が無線で銀行内の様子を告げる。



「なんで最上階……?」


「きっと、バリケードを張る工作員が少なかったのよ。だからいちばん突入の可能性の少ない最上階を捨てた……ってところかしら?」


「屋上からの突入だってあるだろ?」


「建物を良く見なさいよ。最上階って、6階よ?そこから突入すれば物音を感知してから逃げるまでの時間がある。SITだって、そこまで馬鹿な突入の仕方はしないわよ。人質のことを考えるなら、尚更ね。」


「なるほど……。」



特殊部隊で培われた知識と経験。

あさみは今どこがいちばん突入に適しているかを探っていた。



「でも……そこしかなさそうね。」



すぐに突入できる場所は2つ。

最上階の窓か、正面玄関。



「おじさん、煙幕とかすぐに作れる?」


「あ?俺か?」


「えぇ。あなた、爆発物のエキスパートなんでしょ?」


「おう……解除専門だけどな?」


「解除が出来れば、その逆も出来るでしょ。煙幕をひとつ作って欲しいの。小さめでいい。出来るだけ簡単なものを。あと、アンタ、カーテンを繋げて、出来るだけ丈夫な綱を作って欲しい。長さは……そうね、3メートルもあれば充分かしら?」



不意に、あさみが辰川と虎太郎に頼みごとをする。



「あさみ、どうするつもり?」



その会話を聞いていた司が、あさみに問う。



「なんか、このままだと犯人の思うつぼだわ。私が先行して突破口を作る。表にはSITの班長さんも待機してるんでしょ?私が合図を出したら一気に突入してもらおう。そうすればあとは、安全に人質を救出するだけだわ。」


「そんな……危険です!!」



あさみの提案に、志乃が難色を示す。



「大丈夫。日本の立てこもり事件を見てきたけど、どれも海外ほど過激じゃないわ。どの国よりも犯人がわが身可愛さに行動するのが日本。きっと海外よりも手口はおとなしいはず。そこに付け入る隙はあるはずよ。」



あさみは、自信ありげに無線で話す。

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