4-11
「そろそろ、かな……。」
銀行の外、警察車輛内の北条は、Fからの入電を待つ。
北条は、食料を届けてから一行に入電の無いFの様子を、自分なりに分析していた。
(きっと、余裕のない状況なのはあちらさんも一緒。このまま籠城したところで、彼らにメリットは一切ない。となれば……そろそろ何らかの動きを見せるはず。長期戦は、お互いにもろ刃の剣。しかも、あちらさんの方が分が悪いね……。)
おそらく、Fたち銀行立て籠もり犯の計画は『速攻勝負』だったのだろう。
それに北条は気づいていた。
だからこそ、北条はあえて結論は急がずに、のらりくらりとかわしていたのだ。
(気づいていたよ。君たちの要求が『過去の犯人の釈放』であることを告げられた時点でね。金銭が目的なら、そのまま銀行から持って逃げればいい。それをしなかったのは、確固たる要求があるから。そして、ここまで頭の良い犯人なら気付いたはず。今の日本の警察が、犯人釈放などに応じることはしないと。だから、人質の命を盾にした。でもね……。)
その頃ちょうど、電話が鳴る。
「入電!!」
「北条さん!!」
稲取と秋吉が、鬼気迫る表情を北条に向ける。
北条は、少しだけ焦らす様に受話器を取るのを待つ。
「うん……苛立ってるね。電話を切らないよ。」
焦らす、この行為も北条にとっては賭けだった。
落ち着いた、この先の作戦を有する犯人であれば、3コールもすれば電話を切り、強硬手段に出るはず。
それをせず、北条が出るのを待つという事は、次の通話が勝負所というわけだ。
「終わりにしようか。」
北条がニヤリと笑い、そのまま受話器を取る。
「もしもし?」
「……すぐに出なさい。人質がどうなっても良いのですか?」
Fの第一声に、北条が不敵に笑う。
この時、北条は勝利を確信した。
「ごめんごめん、こっちも相当切羽詰まっているものでね。上層部にいろいろ相談していたよ。早く事件を解決したいです、ってね。」
「なるほど、良い心がけです。釈放の準備は順調ですか?」
Fが完全に優位に立っていると錯覚している。
これも、北条の話術の賜物。
警察側が、切羽詰まって犯人釈放の許可を求めている。
そう、Fには聞こえたのだ。
「……それで、釈放は何時頃になりそうですか?」
「うーーん、それなんだけどさぁ……。」
北条が、特務課の無線のマイクをトントンと2回叩く。
この音を聞き、特務課メンバーの全員が、北条の無線に注意して耳を傾けた。
この合図は、実際打ち合わせにないもの。
しかし、メンバーたちは分かっていた。
北条は決して『無駄なことをしない』という事を。
「まだ話は進まないのですか?あなたはかなり切れ者だと思っていたのですが……見込み違いのようですね……」
Fが心底失望したような溜め息を吐く。
「そんなにキツいこと言わないでよー。僕だって頑張ってるんだからさぁ……。」
そんなFの様子を感じとりながらも、のらりくらりとかわしていく北条。
「ホント……こういうやり取り得意なんだよなぁ、北条さんは。」
無線で通話のやり取りを聞きながら、虎太郎が笑う。それと同時に、
「たぶん、そろそろだぜ。突入の準備をしよう。」
……と、あさみに言う。
もう、あさみに頼まれていたカーテンをより集めた綱は出来上がっていた。
「なんで、そんなこと分かるのよ……」
「なんでも何も、北条さんと俺はバディなんだ。何となくでも分かるさ。そろそろ、北条さん、仕掛けるぜ。」
虎太郎は、警察車輌の中にいて顔も分からないはずの北条の顔が、何となく分かっていた。
(きっとあのおっさん、笑ってやがるぜ。)
「あなたの頑張りなど、正直私たちには、どうでも良いことです。無理を通してでも我々の要求を呑んでいただかないと、新しい死者が出ることになりますよ……。」
時間的な問題なのか、それとものらりくらりとかわされていることに対しての苛立ちか、Fの言葉が荒くなる。
この機を北条は逃さなかった。
「でもさぁ……『残念だけど、それは無理だよ……。』僕にそんな権限はないもん。」
(来た!)
(合図だ!)
「特務課、作戦開始!!」
北条の合図を聞き、司が無線で全メンバーに作戦開始を告げる。
「りょーかい。まずは銀行内のシャッター、全部開けちゃうよ。そのあとはブレーカー落としてやる。暗闇の中で退路が分からないのは怖いよー」
悠真が銀行内のシステムを次々と司令室のパソコンで操作していく。
「各部署への応援要請、完了しています。それぞれ配置済み。路地も含め、銀行周囲の全ての道に警察官を配置。」
志乃が犯人の退路を断つ。
「捜査一課には人質の退避の手助けを依頼して!北条さん、古橋隊長に、正面玄関の開放を依頼してください!」
「はい!」
「りょーかい。だってさ古橋くん。」
「了解しました。……SITは銀行、正面玄関前に展開、死角に入りつつ、作戦実行しやすいポジションを確保!」
古橋の命令で、SITが素早く正面玄関前に展開する。
「ひゅー、さすがSITだねぇ。頼もしいったりゃありゃしない。」
その機動力に、北条が舌を巻く。
「じゃ、今度は我が特務課の機動力をお目にかけようか。……虎、あさみちゃん、出番だよ。」
「貴様……どういうつもりだ!」
まだ切れていない通話。
Fが言葉を荒げ、北条を問い詰める。
「君さぁ……誰に唆されたのか知らないけどさ……。やりすぎだよ。警察はそんな陳腐な脅しには屈しないし、何より……。」
北条が、鋭い目をして銀行の正面玄関を見る。
「僕は……こういう手合いには『慣れてる』んだよ。さぁ、袋の鼠だ。これから僕の仲間たちが君を捕まえに行くよ。計画は終わりさ……。」
普段の北条からは想像もできないような、迫力のある声。
ラッキーマートでその声を無線で聞いた虎太郎は、北条の死なざる一面を垣間見た。
(おいおい……普段よりずっと刑事っぽいじゃねぇか……。これまでどの事件でも見せなかった表情……。今回の事件は、それだけ北条さんを苦しめたってことか……?)
余裕を捨てた北条。
その実力がどれほどのものか、虎太郎は知らない。
しかし、普段でも頼りがいのある北条が、ここで『本気を出す』。
それだけで言いようもない高揚感を虎太郎は感じた。
「ほら、私たちも始めるわよ!あのオジサンの期待に応えるんでしょ!?」
思わず行動を止めてしまった虎太郎に話しかけるのは、あさみ。
「お、おう……。」
「カーテンの綱、窓の外に放り投げて。それなりの長さになったわよね。」
「あぁ。でも、これをどうしろって……お前、まさか……。」
「オジサン、煙幕できた?」
「おう、俺様にかかればこんなもの……」
「いいから、早く貸して!『突入』は時間との勝負よ!」
あさみがテキパキと準備を進めていく。
その言葉に、虎太郎と辰川は妙な言葉を聞き取る。
「……突入?」
「……どこから?」
あさみは辰川お手製の煙幕をポケットにねじ込むと、あさみは窓から身を乗り出した。
「一人で行くのか?」
「あんた、ここ……飛べないでしょ?」
「う……。」
ラッキーマートは銀行のすぐ隣の建物。
とはいえ、その間隔が全く開いていないわけではない。
人間の力では飛び越えることは不可能。
そんな間隔があいているのだ。
「嬢ちゃん、これも持っていけ。閃光弾だ。殺傷能力は全くない、ただ眩しく光るだけ。まぁ、逃げる時の目くらましにはなるだろう。」
「……ん。ありがと。虎、私が突入して、10分経って無線に私の声が入らなかったら、私は死んだと思って。必ず無線を入れるから、すぐに動く準備だけしておいて。」
「……あぁ、分かった。」
窓から身を乗り出したまま、それでも真剣な表情をするあさみに、虎太郎は真剣に返事をする。
「行ってくる!!」
「援護は任せる!」
「無理だけはするなよ!!」
こうして、ラッキーマート組の行動が始まった。
「私が飛んだら、そのまま綱を窓の内側に収納して、そのまま銀行の正面玄関に走って。あとはSITや一課と協力して、人質の救出を。」
「……おう。」
「オジサンは、そのままここに残って。もし階下でおかしな爆発があった場合、それを分析して無線で退路を指示してほしい。風向き、煙の動きを読むの、得意でしょ?」
「あぁ、オジサンに任せときな。」
突入前の綿密な擦り合わせ。
3人はもう、作戦行動に入っていた。
「じゃ、行ってくるよ!!」
2人の返事を聞く間もなく、あさみは窓から跳んだ。
「マジで跳んだ!!」
虎太郎が見守る先、そこは銀行ビル最上階の窓。
あさみはそのまま窓を蹴破り、銀行内に突入する。
銀行内は、物音ひとつしない。
最上階の物音など、階下には聞こえていないのであろう。
それが、ビルの特徴。一軒家では物音が響いても、鉄筋のビルではその物音は反響こそすれ階下に漏れることは少ない。
それを見越しての、あさみは最上階からの突入を決行したのだ。
「司令!!あさみが突入した!」
虎太郎が、綱を窓の内側に引っ張り上げながら無線で作戦開始を報告する。
「了解。各自最善を尽くしなさい。司令室から私たち3人はバックアップするわ。無線の情報を聞き流さないように。」
「了解しました。」
「ま、バックアップは任せてよ~」
事務所組も、モニターを注視しながら万全の体制をとる。
「……そういうわけだからさ、『チェックメイト』だよ、Fくん。」
特務課の作戦が始まったことを確認した北条は、ずっと通話を切らずにいた電話の先の人物……犯人Fにいう。
「どういうことだ!話が違うぞ!!」
思いもよらない状況に、Fが声を荒げる。
しかし、北条は眉一つ動かさない。
「話も何も……僕は食料の件以外、君の要求に対して『うん』といった覚えはないよ。君が一方的に要求を述べたまでだ。」
「そんなこと……ただの屁理屈だ!」
「そう、屁理屈なんだよ。こういう交渉ってね、いかに屁理屈を並べ、時間を稼ぐかが警察側の腕の見せ所なんだよ。だってそうだろう?犯人側の要求は、ぜーんぶ国の正義をぶち壊す内容なんだから。そんなの、ハナから呑めるわけがない。」
ずっと、作戦開始の機を窺っていた。
Fが苛立つのを、結果を焦るのを、ずっと待っていた。
そして、その時が訪れた。
あとは、もう一押し……。
「君……このまま話してていいのかい?もう『すぐそこまで』来てるよ?僕らの仲間がね。君は、何もできないまま、ここで御用だよ。」
北条が、これまでより少しだけ低い声で、ゆっくりとFに告げた。
「……ちっ!」
Fが通話を切る。
「おやおや、荒いねぇ。受話器を叩きつける音がこっちにまで聞こえてきたよ……。」
やれやれ、と言いながら北条はゆっくりと立ち上がる。
「どちらへ?」
秋吉が、立ち上がった北条に声をかける。
「うん、もう交渉人としての仕事は終わったからね。ここからは自分の課の仕事をさせてもらうよ。」
ゆっくりと車輌から出た北条は、大きく背伸びをする。
「うーーーん、僕は年寄りだけど、それでもずっと座って仕事するのは好きじゃないね。あーやだやだ、これって出世しないタイプだよね~」
銀行の正面に立ち、上を見上げる。
「さて、新人ちゃんの実力や、如何に……?」
無線を聞き、北条は確信していた。
あさみはこれまでの特務課メンバーとは全く違う、異質なスキルを持っていると。
「まさかそれが、特殊部隊出身のガチガチのやつだとは思ってなかったけどねー。あんなに可愛い子がね~」
ラッキーマートと銀行との間の距離を、ざっと目測で測る北条。
「何かを使って跳び移った……。それも、低いビルとは言え銀行のビルの最上階に。だいぶ度胸のあるお嬢さんだ。」
ほどなくして、1階……銀行のあるフロアで閃光が発せられる。
(始まった、かな……?)
これから起こるであろう出来事の分析を、北条は始めるのであった。
一方、銀行内。
「まだ、気づかれてないかな……。」
あさみは、あえて進路の電気をつけず、持ってきていた暗視スコープを用いて階下に下りていく。
「そろそろ1階……。悠馬くん、正面玄関以外の照明、全部落とせる?」
1階と2階の間の踊り場で、あさみが小声で無線を使用し悠馬に問う。
「もちろん。カウントダウンしていい?」
「OK。3・2・1……」
カウントダウンと同時に、あさみは持っている煙幕に火をつける。
「0!!」
「0!」
一瞬ですべての照明が落ちた。
あさみはそのタイミングで、階段室からそっと銀行内に煙幕を転がす。
「な、なに?」
「停電!?」
「いや……煙臭いぞ……まさか、火事か!?」
目隠しをされている行員、そして人質たちが騒ぎ出す。
「静かにしなさい!撃ちますよ!」
一斉に騒ぎ出した人たちを制しようと、Fが大声を上げる。
しかし、身の危険を感じた人質と行員たちは聞こうとしない。
「出口はどこだ!!」
「それよりまずはこの拘束を……!」
「そうだ!誰か解いてくれ!!」
暗闇の中、煙という異臭を感じるという異変。
逆らっても逆らわなくても死ぬかもしれないという絶望的な状況を前に、もはやFの言葉に力はなかった。
「くっ……」
Fは与えられたシナリオの、最悪の事態を思い出す。
その頃、あさみは銀行内のカウンターの内側に入ると、そっと行員たちを縛っていたロープをナイフで切っていく。
「静かに……。私は警察の者よ。これでみんなは動ける。人質の拘束を解いてあげて。」
小さく、ささやくようにあさみは言った。
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