4-9

「さて……そろそろ、ですか。」


一方、銀行内では、Fが次の考えを廻らせていた。



「このままここにいても、相手は警察、逮捕されるのは明白です。それに犯罪者の釈放など、余程のことが無い限り承諾などされないでしょう。そんなこと、私にだってわかっていますよ。」



人質たちは、1名を除いて皆、生きている。

怪我すら負わせていないこの状況。

それこそ警察との交渉で『従わなければひとりずつ消す』とは言ったものの、人質を『2人以上殺す』というのはFのシナリオには無かった。


それどころか……。



「そろそろ、潮時でしょうか。シナリオによれば、そろそろ警察の突入がある頃。どうやって入ってくるんでしょうね、シャッターを閉めてバリケードまで作ったのですが……。」


Fに与えられたシナリオで、警察の突入は予見されていたのだ。



『3時間立て籠もってなお、警察が要求を受け入れないようなら、次のシナリオにすすめ。』



それが、Fに与えられたシナリオの一部であった。



「そろそろ、3時間になりますね……。」



防犯カメラの死角にある椅子に座っていたFは、ゆっくりと腰を上げ、Dを呼ぶ。



「さて、次のシナリオに進みましょうか。D、大金庫に向かいますよ。」


「大金庫?我々の要求は、金品では無かったはず……。」


「えぇ。もちろん違います。しかし、あの『場所』が好都合なんです。あそこなら、この銀行内では誰も来ることは出来ません。まぁ……あの支店長代理には少しだけ大人しくしていただきましょうか。」



Fが、その場から動くことなく、支店長代理を呼ぶ。

自身の姿は一切防犯カメラに映さずに、共犯者と支店長代理を呼ぶことでことを進めていく。



「な、何でしょうか……?」


「すみませんね、あれこれ使ってしまって。今度は『お願い』があるのです。正面玄関のバリケードだけを撤去して欲しいのです。」


「え……?」



支店長代理は、そのFの言葉に驚いた。

立て籠もるために、強硬な突入を防ぐために作ったバリケード。

それを崩すというのだ。



「完全に撤去しなくても構いません。警察の突入は『そこからは絶対にありません』から。」



正面玄関のバリケードを撤去するのに、そこからの警察の突入は絶対にないと言い切るF。




「わ、分かりました……。」



その言葉の真意は、支店長代理には分からなかったが、それでも断れば待つのは死のみ。素直に指示に従うことにした。



「さて、D……これでしばらく支店長代理は大金庫には来ません。今のうちに向かってしまいましょう。」


「は、はい……。」



Dは素直にFの後ろについていった。



――――――――――――――――




銀行内、大金庫前。

ここにはこの銀行の大半の現金が収められている。



「F……私たちの目的は、金品ではなかったはずでは……。」


なぜこんなところに来たのか、Dは分からずにいた。

Fは、暫しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。



「私たちには、与えられたシナリオがありましたね?」


「えぇ……この事件についての細かい指示が、そこに……。今のところ、シナリオ通りで間違いないですよね?」



何のことを話しているのか?

DはFに対し不信感を募らせていく。



「恐らく、もうすぐ警察による突入が始まるでしょう。」


「え!?」


「警察は無能、しかし馬鹿ではありません。この銀行内の見取り図を持ち、すべての退路を塞いで我々の逮捕に乗り出すでしょう。」


「そ、そんな……では、私たちはどうすれば……!」



たんたんと話すFに、Dの不安も膨らんでいく。



「私のシナリオには、その対処までが詳細に記されていました。」


「え……」



ここで、Dは違和感を覚える。

彼のシナリオには、『この作戦に失敗はない。万が一警察に踏み込まれたとしても問題はない。後ろには、私が控えているのだから。』としか記されていなかった。



「それって、問題はないって……。」



Fのシナリオにも同じことが記されているはず。

そう信じて、口にしたD。しかし……。



「えぇ。確かに書いてありました。この方法をとれば『問題ない』と。」



Dが人質をひとり射殺すること。

想定外だと言う顔をして見せはしたが、これはふたりのシナリオに書かれていた『想定内のこと』であった。


Dのシナリオには、『1人くらい射殺しても構わない。そうすることで人質は我々に絶対服従の姿勢をとる。』と書かれていた。そして、Fのシナリオには……。



『Dが若いと言うことで、1人くらいは中年以上の男が彼に歯向かい、そしてDに射殺されるだろう。こんなことは想定外だったと言う顔をしてそのままやり過ごして欲しい。』


どこまで黒幕は先を読んでいるのか。


Dは確かに歯向かう人質をひとり射殺し、偶然かは分からないが、殺されたのはFと年の近そうな中年の男性だった。



「そう、シナリオ通りだったんです。何もかも……。」



Fは、大きなため息を吐くと、Dの持っていたショットガンを奪い取り、Dに向けた。



「ちょっ……何を……!!」


恐怖のあまり、顔がひきつるD。



「あなたは良い仕事をしました。しかし、あなたのシナリオはここでおしまいです。どうか、来世では幸せな人生を……。」


「ちょっ……!!やめっ……!」



Dが状況をつかんだその時……。



Fは、無慈悲に引き金を引いた……。


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