4-5

「結構、やばい状態みたいだよ?」


「えぇ……。何か突破口を見出さないと……。」



北条の犯人とのやり取りは、当然特務課司令室にも飛んでいた。

北条はネクタイに、普段特務課で使う無線機を隠していたのだ。



「なかなかの犯罪巧者……あるいは操られているにしても半分以上は自らの意思で動いている犯罪者か……。どちらにしても並の方法では解決は難しそうね……。」



特務課本部では、司と志乃、悠真と辰川が待機していた。

モニターには銀行の外側、近くの路地、大通りまで詳細に映され、それをひとつずつ注意深く見ながら司が険しい表情を見せていた。



「今のところ、穴はない……。シャッターを下ろし、中にはおそらくバリケード。おそらく犯人は、強引に突入してきたら、自分に達する前に少しでも多くの人質を殺すつもりのようね。あの程度では時間稼ぎにしかならない。何のための時間を稼ぐのかと言ったら……逃走とは考えづらいもの。」



銀行の図面を広げ、ひとつずつ要所をチェックしながら、独自の見解を述べる司。



「しかし、犯人は要求が呑めなければ人質を殺すと言っています。これは、従うしかないのでしょうか……。」


志乃が不安そうな表情を司に向ける。



「難しいわね……。しかし、逮捕した凶悪犯を釈放するなど、警察の威信にも関わるし、何より住民の安全が脅かされることよ。それは避けなければ……。」


一般市民に危害が及ぶことを防ぐのが、警察の役割である。

それを踏まえても、今回の犯人の要求はのむことは出来ない。

しかし、応じなければ、これもまた一般市民の命に関わるのだ。



「北条さんが苦戦してるなんて、久しぶりに見たわ……。相当の相手なのよ。」



司が自身の机に目を遣る。

そこには、司とひとりの男性が写された写真があった。


当時、北条に『彼は強敵だ。敵わないかもしれないよ』と言わしめた敏腕刑事だった男である。



「彼……以来ね。北条さんにそんなことを言わせたのは……。」



一瞬、寂しそうな表情を見せた司だったが……。



「だからと言って、このまま降参するわけにはいかないわ。どうにかして突破口をみつけなければ……。」



このまま諦めるのは自身の流儀に反する。

司は図面ともう一度向き合うことにした。



「あのさぁ……いい考えがあるんだけど……。」



その時だった。

パソコンと向き合っていた悠真が、手を上げた。



「なぁに?悠真くん。」


「うん……ちゃんと『上』に了承を取ってくれてからでいいんだけど……。正攻法でダメなら『裏技』を使ってみたらどうかな?ってさ。」




悠真には何か考えがあるようだった。



「裏技?」


志乃が不思議そうな表情で悠真を見る。

悠真は、自信たっぷりと言った表情で、志乃を見返す。



「うん。志乃さんは『表』の情報処理力は半端ないよね。もう、警視庁内でも右に出る人はいないってくらいに。でも、僕は『裏』の世界の住人だったんだ。主にネット関係のね。そっちの技を使えば、突破口もあるかなーって。」



志乃は警視庁でも屈指のオペレーターである。

交通状況、天候、周辺の住民の情報や過去の犯罪歴のある人間のデータなど、全てを駆使して捜査員たちが最も必要な情報を提供することが出来る。


司も、その実力を高く評価し、特務課にスカウトしたのだ。



そして、そんな司が同じ情報関係のエキスパート・悠真をスカウトした、その理由は……。



「……そうね。ちょっと行ってくるわ。貴方の力を最大限に生かせるようにね。」


「うん。『ハッキング』なんてちょっと間違えば犯罪になっちゃうしね。正当な理由を主張してきてください。」



そう、悠真は俗にいう『ハッカー』なのだ。

あらゆる組織・団体の情報を引き出すために、インターネットを用いてプロテクトを解除したり、あらゆるシステム・ネットワークに侵入して情報を引き出す、または施設のコントロール機能を乗っ取るなど、使い方を一歩間違えば犯罪行為となる『ハッキング』のエキスパートなのである。



司が司令室を出て、30分後……。



「しかし、これまで犯人からの電話がないのも心配だね……。」



銀行の方は、全くと言っていいほど動きがない。

犯人からの入電もないので、北条も交渉手段がなく待機している状態。



「中も見えないし……人質の皆さんの状態が心配ね。」


志乃も困った表情でモニターを見る。



「お待たせ!許可が取れたわ。悠真くん、お願い。」



ちょうどその時、警視庁の上層部と話をしていた司が戻ってきた。



「『要人保護』のため、犯人を自由にさせるな、との名目であなたの力を使うことに許可が下りたわ。」



本来なら、ハッキング行為が許されるはずがない。

しかし、中央銀行内の人質の中には、警視庁の上層部の者たちが何としてでも助けたい『要人の令嬢』がいるのだ。

もはやなりふり構ってもいられないのだろう。



「OK。じゃぁ何からやろうか?」


「そうね……。」



悠真がパソコンに向かい、司が指示を出す、まさにその時だった。




「とりあえず、銀行内の防犯カメラの映像が欲しいねぇ。」



無線で話を聞いていたのか、北条が話に割り込んできた。



「なんで?シャッター開けちゃった方が早くない?」


「それだと、動転した犯人が人質を撃っちゃうかも知れない。これ以上の被害は避けるべきだよ。まずは中の様子をしっかり見て、現状を知っておきたい。」



北条は、交渉の糸口を見出そうとしていたのだ。


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