4-4
稲取、古橋、秋吉、そして北条。
今の警視庁を支えていると言っても過言ではない4人が、一堂に会する。
目的は、中央銀行に立てこもる強盗犯の逮捕。
そして、人質の解放。
その中でも、『要人の令嬢』と呼ばれる女性の人質については、何としても無傷で解放しなければならない。
「なかなか難易度の高いミッションだよねぇ……。中の様子が全く見えない。突入しようにも入口が見つからない。犯人がどんな人物で、そして何人いるのかも分からない。……そもそも、交渉なんてしてくるのかさえ謎だ。だって、身代金なんて要求しなくても、『そこに金がある』状態なんだから。」
北条が、苦笑いを浮かべながらモニターを見る。
「確かに……では、何故犯人は強盗だけでなく、銀行内に立て籠もったのでしょう……?さっさと逃走したほうが、この場で逮捕されるリスクは低いのに……。」
「俺たちに喧嘩売ってるのか?」
「ふむ……なんとか突破口を模索せねば……。」
車両内で4人が唸る。
なかなかに厳しい状況である。
その時だった。
車内の電話が鳴る。
「……おや、誰からだろう?」
交渉人の北条が受話器を取る。
「はいはい、こちら警察だよ。」
「……ご機嫌いかがでしょうか、愚鈍なる警察の皆さん。」
ボイスチェンジャーで変えられた声。
男性なのか女性なのかも分からない。
この声を聴き、北条は静かに右手を上げる。
『犯人からの入電』
北条は即座にそう判断したのだ。
北条の他の3人も、表情を強張らせる。
「愚鈍とはご挨拶だ……。これでも数々の事件を解決してきた刑事なんだけどねぇ。」
「貴方のことは聞いてません。警察とは往々にして愚鈍。隠蔽・不祥事・誤認逮捕……愚鈍の極みではないですか。」
「それを言われるといたいねぇ。精進するよ、市民の安心と安全のために。」
犯人を刺激しないように、ゆったりと話す北条。
3人も、その様子を見守っている。
北条の右手にはペン。
大き目なノートがその傍らに置かれ、いつでもメモが取れるように準備してある。
早速、そのノートに北条がメモをする。
『犯人はおそらく、知的な中年以上』
稲取と秋吉は顔を見合わせる。
「どうしてそれが……?」
『イマドキの若い人で、こういう緊張した場面で愚鈍なんて言葉がスラスラ出る人はそうそういないよ』
秋吉の言葉に、北条は自分の声が入らないようにメモで返答する。
「相変わらず、大した洞察力だぜ……。」
稲取が、イスに深く座りながら感嘆の溜息を吐く。
犯人との交渉がいま、始まった……。
――――――――――――――――
「警視庁の北条だよ。貴方が犯人?」
出来るだけ犯人を刺激しないように気を配りながら、北条が話す。
「犯人……この銀行の立てこもり事件に関しては『犯人』ですね。貴方が交渉人の方ですね?」
「うん、嫌だったんだけど無理やり頼まれてさぁ……。交渉、苦手なんだよね。」
「それでも頼まれるという事は、貴方は有能な方という事だ。羨ましいですね。こちらも心してかからなければ。」
ここまでの話を経て、北条はまたメモを書く。
『会社で上手くいっていない、もしくは何かしら問題を抱えている人物』
北条は、『有能』『羨ましい』というワードから、犯人が現在置かれている状況を予測したのだ。
「有能ではないよ。仕事が無かっただけ。それに今回の事件の交渉人なんて、誰もやりたがらないよね。」
「ふふ……確かに。断った方が賢明だったと言えましょう。……さて。」
犯人が呼吸を整える。
そして、同時に北条の表情も真剣そのものに変わった。
「交渉に入りましょう。……我々は、本宮和也・姉崎里美・中山祐司の3名の釈放を要求します。」
「……なんだって?」
犯人の要求に、北条の表情が険しくなる。
「『我々』といったね。君たちは何か大きな組織の一員なのかい?君たちの上には、ボスがいるのかな?」
「我々は組織にあって組織にあらず。しかし、本宮・姉崎・中山の3名は、我々と同じ意思のもと、失敗した者たち。いわば同志なのですよ。そんな彼らの釈放を、『我々』は求めます。」
「へぇ……。」
北条は未だ、その組織についての推測を出来かねていた。
(つまり、トップが存在しない、あるいはまだ表に出てきていない……そんな組織の一員だったという事か……。たぶん、これまでの事件の犯人たちも、そんな組織にそそのかされたんだろうね。そしてこの事件の犯人も、組織の一員ではあるが幹部ではない。きっとどう交渉しても、彼からは組織の全容は解明されないだろうね……)
北条は小さく溜息を吐くと、メモ帳にペンを走らせる。
『今回の事件で組織の全容解明は不可能。目の前の事件の解決に全力を注ぐ』
車両内にいる3人が、顔を見合わせる。
北条が『不可能』というのならば、それは本当に不可能なことなのだろう。
これまで、幾度となく難しいと言われる事件と向き合い、僅かな綻びから突破口を見出してきた北条。
そんな北条が、不可能というのならば、そこに綻びが見つからないのだろう。
「……分かったよ。本庁に掛け合ってみる。」
北条と犯人との心理戦が、いま始まった。
「建前では、ありませんよね?」
「もちろんだとも。ちゃぁんと掛け合ってみる。しかし、OKを出すかどうかは本庁のお偉いさんの判断だ。」
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません。本当に、人質を殺しますよ。……現にひとり、殺しているのですからこちらは容赦しません。」
「!!!」
Fの言葉に、北条の表情が強張った。
ちっ……と小さく舌打ちすると、メモにペンを走らせる。
『既に1名、死亡している模様』
「な……!!」
「なんてこと……」
「くっ……」
北条と共にいる3人も、その文字を見て苦い表情を浮かべる。
既に人質が殺されている。
その事実は大きなことだ。
1人殺したという事は、この先何人殺しても同じ。
そう犯人は心理的に優位に立つ。
結果、警察側の要求が不満であれば、生存している人質に危害が及ぶことは間違いない。
『すでに人を殺している』
この事実が犯人を強気にさせるのだ。
「……分かったよ。一生懸命掛け合う。だからもう少し時間を貰えないかな?」
「5時間です。5時間で手続き開始まで漕ぎつけてください。その連絡をもって、人質の解放といたしましょう。」
「5時間か……なかなかシビアな内容だね。」
「こちらも必死なのですよ。優秀な警察の方であれば、5時間もあれば突入策のひとつも考えそうなものでしょう?」
Fは、冷静だった。
会話のほとんどはシナリオに書かれているものだが、それを淡々と口にすることが出来るほど、彼の心は落ち着いていた。
腹を括った、とも言うべきか。
もう引き返せないところまで足を踏み入れてしまった。
それをFは理解している。
だからこそ、この計画を失敗するわけにはいかないのだ。
成功か、逮捕はたまた死か。
これ以上ない恐怖の天秤が、Fの人生で動いているのだ。
「では、5時間後の良い報せをお待ちしておりますよ。また何かあれば連絡いたします。」
「……こちらからの連絡手段はないのかい?」
北条は、狡猾なFに食い下がろうと試みる。
「……ありません。必要ないでしょう。あなた方は私の要求を呑むしかない。そうしなければ人質が死ぬのですから。」
そうFが言うと、通話が切れた。
「ふーーーーーっ」
電話が切れた途端、北条は大きく伸びて息を吐く。
「どうなんだ北条さん?」
稲取が鬼気迫る様子で北条に詰め寄る。
「参ったねぇ……。」
北条は、今度は椅子に深く座り、両手を組んで呟く。
「分が悪い……どころの話じゃないな。肝が据わってる。そして……この上なく狡猾だ。僕で相手になるかどうか……。」
強敵。
そんな言葉がぴったりの、今回の北条の交渉相手であった。
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