4-3

「立てこもると同時にシャッターを閉める……。考えたわね。中の様子が分からないまま迂闊に突入なんてしたら、人質の身に危険が及ぶ可能性が高い……。狙撃班も狙えない。相手は完全に交渉目的?」



モニターを見ながら、司令部内で司が神妙な面持ちで語る。



「厄介だねぇ。『あっち』にはなかなか賢い軍師がいるみたいだよ……。」


北条も、なかなか巡り合わない手合いに、難しい表情を見せた。

その時だった。



「何もさ、大勢で突入する必要なんてないじゃん。ひとり潜り込んで、内部から切り崩せばいいじゃん。」



若い女性の声がした。



「おいおい、ここは部外者立ち入り禁止だぞ。事件はそう簡単じゃねぇって……」


「……遅かったわね、あさみ。」



虎太郎が女性を追い出そうとしたその瞬間、司はその女性の名を呼んだ。



「へ?」


「おや、美人さんじゃないか~!司ちゃんのお友達?」



虎太郎が驚いた顔で司を見る。

北条が女性の容姿に目を奪われる。



「彼女が、最後の特務課のメンバーよ。富永 あさみ、この課での役割は『工作員』よ。」


「こ……工作員?」


「へぇ……こりゃ凄い、この課も多様性を増してきたねぇ。」




あさみと呼ばれた女性。

すらりと伸びた細い手足。

まるでモデルのような均整の取れたスタイル。

容姿だけでは、工作員には到底見えない。



「……あんた、歳は?」


「あ?」



不意に、あさみが虎太郎の前に立つ。



「俺……24だけど?」


「私は23。歳がちょっとくらい上だからって威張らないでよね。『あっち』じゃ年齢よりも実績が全てだから。」


「……あっち?」



妙に虎太郎に対抗意識を燃やすあさみ。



「あさみはね、フランスの特殊部隊に居たのよ。厳しい訓練を受けているから、ウチの機動隊でも対人制圧術では敵わないかもね。」



司が麻美の経歴を紹介する。



「フランスの、特殊部隊……。」



虎太郎が唖然とする。

もう、唖然とするしかなかった。



(司令って……どんな人脈持ってるんだよ。いろんなジャンルのエキスパートをここに集められるなんて……。)



「これで、ベストメンバーよ。私を含めて7人の特務課、要請が来たら行動開始よ!」



司の号令で、メンバーたちに緊張が走った。



「入電、来ました。捜査一課・稲取課長からです!」



志乃がヘッドセットを装着し通話を開始する。



「応援要請です。まずは付近住民の安全な場所への退避。そして北条さんにはネゴシエーター(交渉人)をお願いしたいそうです。」



メンバーたちの視線が北条に集まる。



「はいよ、りょーかい。」



北条は、いつも通りの様子でゆるい返事をした。


「それでは、早速急行しましょう。志乃さん、悠真くんはここに待機。各種情報を整理して頂戴。必要であれば各課に応援要請を。辰川さんと虎太郎くんは稲取課長と合流して現地の安全確保を。あさみは……。」


司が、あさみを見て考える。



「当然、現場よね?いざとなったら突入しちゃうけど?」


「いいえ、その判断は北条さんに任せるわ。北条さん、交渉と同時進行で人質の解放の作戦を……練れますか?」



犯人と交渉する際、交渉人は他のことには一切関与せず、交渉に集中することがほとんどだ。

しかし、司はここでさらに、北条にもう一つの役割を課したのだ。



「おいおい司令……北条さんは交渉人だぞ?他に仕事を頼んだら……。」



虎太郎も、交渉人という役目の重要さは知っている。

司が知らないはずがない。

疑問を呈する虎太郎を制し、司は北条に訊ねる。



「……どうですか?」


北条は、そんな司に笑顔を見せる。



「りょーかい。多分稲取くんが文句を言うかもしれないけど、司ちゃんの『命令』だからね、そっちを優先することにするよ。」


「ありがとうございます。」



北条と司のやり取り。

多少無茶が通るのは、ふたりの間に信頼関係があるからに他ならない。



「ちょっと!!さすがに私も分かるわよ。ネゴシエーターに作戦管理もさせるっての?無茶よ!!」



あさみが司に食って掛かる。しかし司は動じない。



「あさみ、あなたには重要な任務を担ってもらおうと思ってるわ。そのための任務には、北条さんの作戦管理が必要なの。きっと、北条さん以外の人が立てた作戦では、あさみ、あなたは生かせない。」



この事件において、司はあさみという新人が重要な役割を担うと踏んでいた。

そのためには、あさみが自由に行動できる状況を作らなければならない。



「このオジサン……そんなに凄い人なの?」


あさみが驚いた表情を北条に向ける。



「凄くはないよ~、エレガントなだけさ。」



北条はあさみの視線を受け、少しだけおどけてみせる。



「とにかく、現場に急行しましょう。私は『他の手配』を済ませてきます。各員、配置についてください。」



司が号令を出すと、メンバーたちはすぐに準備に取り掛かった。





30分後。


「あらぁ……本当に見えないねぇ、中……。」


「こんな中で、本当に人質を無事に解放できるのかよ……。」



北条と虎太郎が、中央銀行前に到着した。



「えーと、稲取くんは、と……。」



北条が辺りを見まわすと、大型の警察車両が少し離れたところに停めてあった。



「あれかな?……虎、行くよ。」


「お、おう……。」



北条と虎太郎は、警察車両へと向かった。




―――――――――――――――




「お疲れ様です!!」



北条と虎太郎が警察車両に近づくと、警官2人が北条に敬礼をする。



「はいはい、お疲れ様~。この車両で良いのかな?交渉用の車は。」


「はい!稲取一課長が中でお待ちです!」



警官が車両のドアを開け、北条を中へと促す。

そして、北条の後に続こうとした虎太郎は、その警官に制された。


「おい、俺も関係者だっての。」


「この車両内は交渉人と一課長、そして警部2人しか入れない。あまり多くの人間を入れてしまっては、交渉に支障をきたすし、指示系統が乱れる。」


「まぁ、それはそうだけどよ……。」



警官の言っていることはもっともである。

仕方なく引き下がろうとした、その時だった。



「虎ぁ、出来るだけこの車両の近くに居てね。大きな声で指示を出すから。」


車両の中から北条の声が聞こえた。


「了解!」


きっと北条は、今回の人質救出作戦に、特務課のメンバーを組み込もうとしている。

それを察した虎太郎は、大人しく車両の後部座席のあたりに寄り掛かった。



「……入らなきゃ、良いんだろ?」


「あぁ。」



交渉なら、きっと北条が上手くやってくれる。それを信じているからこそ虎太郎はおとなしく従うことにした。



そして、車両内では……。



「やぁやぁ、久しぶりだねぇ。」



北条を良く知る人物たちが、北条を待っていた。



捜査一課長・稲取 重三。

SIT隊長・古橋 一徹(ふるはし いってつ)

組織犯罪分析課長・秋吉 夕(あきよし ゆう)


以上3名である。


稲取は警視庁捜査一課のエースからの昇進を果たした、伝説の刑事とまで呼ばれる男。

SIT隊長である古橋は、的確な指示と体力、行動力を兼ね備えた『鉄人』である。

そして秋吉は司の同期であり、若くして犯罪分析課の課長に就いた、『警視庁のブレイン』である。



「警視庁の未来の柱が3人揃っちゃうとは……この銀行の中には『やんごとなきお方』でも囚われているのかな?」



そのそうそうたる顔ぶれに、さすがの北条も驚いた様子である。



「北条さん……あまり茶化さないでいただきたい。この事件はあくまで……。」


「……稲取さん、良いですよ。きっと北条さんのことだからもうおおよそ推測していらっしゃるのでしょう?」



神経質な稲取を制し、秋吉が微笑む。



「お~、夕ちゃんその制服、良く似合ってるねぇ。美人際立つ。」


「あら、お上手ですわ。……お察しの通り、人質の中に『要人の令嬢』がいます。それで警視総監が私たちを派遣したという事です。『犯人の生死は問わない』との命令です。」


「ふぅん……穏やかではないねぇ。」



北条が一瞬、険しい表情を見せた。


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