3-12

浅草。



かつて、辰川、西尾、中山の3人が初めて大きな爆弾事件を解決した、いわば思い出の地でもある。

そして、事件後は3人で集まって今後のことを話し合い、仲間としての結束を固めた場所でもあった。



「中山の野郎……この場所を選ぶとは、どういうことだ……。」



思い出を踏みにじられた。

そんな辛さが辰川を襲う。

しかし、それと同時に一つの疑問も浮かんだ。



「何で浅草なんだ……?西尾がただ思い込んでいるだけなら理解も出来るが、西尾は中山が浅草にいることを確信していた。何を根拠に……。」


「……アイツなりの、けじめのつけ方なんだろうよ。」



辰川が考え事をしている間に、西尾が浅草に到着していた。



「西尾……。」


「アイツからメールが来たんだよ。ただ一言『浅草』ってな。だから、ここにいるんだろうって思ったさ。」


「だが……新しい犯行予告とか、罠だとは思わなかったのか?」


「……思わねぇよ。」


「え……?」




西尾の、何かを悟ったような表情に、辰川が驚く。



「良く考えてみよ辰川。中山が……アイツがそんなに器用な奴だったか?あちこちに思慮を廻らせ、緻密に人を苦しめる計画を立てるような男だったか?」



それは、辰川と西尾しか知らない、『本当の中山』。

辰川は、小さく首を振った。



「いや……アイツはそんなことしない。いつだって真っすぐで、素直な損しかしないような奴だったな……。」


「あぁ、だから、あいつはここにいる。そう思ったんだ。」



これでようやく西尾の言葉を理解した。

いや、分かっていたのだ。



大学の爆弾がダミーで、本当に紗良を犠牲にするつもりではないという事で、きっと中山はもう爆弾で人を傷つけるようなことはしないと。



「辰川……3人で話をしようじゃないか。3人しか理解できない話を。それで終わりにしようじゃないか。きっと、中山もそれを望んでいるはずだ……。」


「あぁ……そうだな。」



辰川と西尾は、どちらが導くともなく歩き出した。

おおよその見当はついていた。

3人が良く酒を酌み交わしたあの場所……。


きっとそこに、中山はいる。



「包囲されてたりすんのかな?」


「今の警察は優秀だ、もう確保されてるかもしれん。」


「そうしたら、話し合いも何もねぇな。」


「……全くだ。」




そう話しながらも、2人の表情は穏やかだった。

きっと、まだ中山は見つかっていない。

そう、信じていたのだ。



「隠れ家的な飲み屋だからな。なぁ、みんな……。」


辰川が、無線で司令部に連絡をする。




「俺たちの話が終わるまで、応援要請とか突入は待ってくれねぇか……。」


「……分かりました。」



司の返答は、即答だった。



「……いいのか?」


「私も、西尾さん、中山さんにはお世話になってます。最後くらい……皆さんで語っても良いでしょう。絶対に逃げないことが大前提、ですが。」


「逃げない。アイツに限ってそんな無駄な悪あがきはしないさ。」


「……話が終わったら連絡ください。その時点を発見とし、応援を要請します。」


「……恩に着る。西尾、行こう。」




辰川は、司の言葉を信じた。

昔は、目をかけていた新米刑事だった司。

しかし今では自分の上司、頼れる特務課の司令なのだ。

信頼しない理由がない。




「無線で話してたのか?」


「あぁ。お前も知ってる司ちゃんだ。」


「あぁ、あの跳ねっ返りか!応援でも呼んだのか?」


「いいや、今では俺の上司なんだ。」


「へぇ、成長したもんだ。」


「彼女が俺たちの話す時間を確保してくれた。しっかりと話そう。中山と。」


「……そうだな。」



浅草の路地裏。

看板も出ていない、まるであばら家のような建物。


建て付けの悪い引戸をガラガラと音をたてて開ける。



「やってるかい?」


「……奥に来な。」



これが、辰川、西尾、中山と店主の秘密の合言葉。

爆弾処理班を辞めてからもうしばらく経つのだが、変わらない合言葉に辰川は安心した。



ギシ、ギシと木造の床が音をたてる。



「相変わらず、ボロい店だよな、ここ。」


「だから良いんじゃねぇか。隠れ家みてぇでよ。」


「ま、違いない。」



いつも3人で酒を酌み交わしていた、お決まりの部屋。

辰川と西尾は迷うこと無くその部屋に向かう。


そして、目的の部屋の襖の前。



「いるな。」


「あぁ。」



中から人の気配がする。

その気配の主は、中山。


辰川も西尾もそれを確信していた。



「入るぞ。」



辰川が一声かけ、襖を開ける。


「久しぶりだな、辰川、西尾。」



部屋の一番奥、上座にあたる位置には、今回の爆弾事件の犯人、中山が座っていた。



「おいおい、犯人が上座かよ……」


「まぁ、良いじゃねぇか。最後の晩餐だ。適当にやろうぜ。」



辰川と西尾が憎まれ口を叩きながらも笑みを浮かべる。




3人が座ると、店主がお通しを持って部屋に入る。


「懐かしい集まりだな。何年ぶりだ?」



店主も3人の事をしっかりと覚えてくれている。

それは3人にとって嬉しいことだった。

『3人の居場所』

それがこうしていつまでも残っている。

それは、何物にも変えがたい喜びなのだ。



「また、しばらく集まれなくなるからな。今日はじっくり話そうや。マスター、『いつもの』。」



もう、覚えていないだろうと思っていた、3人が頼む定番メニュー。

しかし、



「はいよ。ちょっと待ってな。」


店主はその内容を聞くこともなく、返事をすると厨房に消えた。


「はい、お待たせ。」



ほどなくして、店主が大量の料理を運んできた。



「こんなに、頼んでないぞ、マスター。」



3人がいつも頼むのは、もつ煮と焼き鳥、そしてその日のおすすめの一皿の3点。

いつもその量を3人でつつき、酒を飲んできた。

この店は料理が絶品。

大量に頼まなくても、少量でも十分楽しめる。

少ない品数でもじっくり飲む、そんな飲み方を店側はあまり好まないのだが、この店の店主は違った。


隠れ家であるだけに、客の数も多くはない。

故に、店主は来る客には寛大だった。




「最後の晩餐、だろう?このくらい料理が並んでなければ、店として格好がつかねぇよ。」



料理を一通りテーブルの上に並べると。



「もう、この部屋には顔を出さない。ゆっくり味わって食うんだぜ。」



……と、部屋を出ていった。



「サンキュー、マスター。」



隠れ家的な店では、訳ありの客も大勢やって来る。

そんな客を見てきた店主は、辰川達3人も、今や『訳あり』に見えたのだ。



豪勢な料理。

並べられた高級な酒。



「おいおい……こんな豪華な飲み、初めてじゃねぇか?」


「違いない……。最後の晩餐には申し分ないがな……。」



辰川と西尾が、顔を見合わせ笑う。

そして……。



「なぁ、中山よ。ちゃんと腹割って話そうじゃねぇか。紗良は本当に殺そうとしたわけじゃないんだろう?あれは……俺をこの場に呼ぶためのメッセージだ。どうして俺を呼んだ?」



辰川には解せないことが数多くこの事件にはあった。


何故、10年前の事件と同じ始まり方を選んだのか?

何故、10年間の事件の模倣は2件で幕を閉じたのか?

何故、紗良を殺さなかったのか?



「……何故、途中で気が変わったんだ?」



辰川が導き出した結果はひとつだった。

おそらく、事件の途中で中山の気持ちに変化があったのだろう。

だから、途中で10年前の事件の模倣をやめたし、恨みがあるはずの辰川の娘を殺さなかった。


この事件の主導権は、確実に中山が握っていたはず。

その気になれば。もっとたくさんの人を殺せたし、紗良も無慈悲に殺すことが出来た。




「……やっぱり、お前たちに隠し事は出来ないな……。」



中山は、注がれた酒を一気に喉に流し込む。

そして、大きく息を吐くと……。



「本当は、10年前の事件で妻と子が死んだとき、辰川が事件を解決してくれた時に全部割り切っていた。辰川が犯人を逮捕してくれた。これで妻と子も報われる……ってな。」


中山の話に耳を傾けながら、辰川と西尾も酒を飲み、料理に手を伸ばす。



「本当に……あの時は恨みなんて欠片もなかった……。」


「じゃぁ、どうして……。」


西尾が、中山に詰め寄る。


「まぁ、待てよ。コイツはそれをこれから話すつもりなんだろ?」


そんな西尾を辰川が制する。

そして、中山の空いたグラスに酒をなみなみと注ぐ。



「急に、俺の自宅のパソコンにメールが来たんだ。その文を読むうちに、俺の心の中にどす黒い感情が少しずつ生まれていった……。」


「メール……だって?」



悪い予感がした。



「あぁ……。メールの一番下に、URLが添付されていた。俺の気持ちを煽るなんて、どんな悪い冗談だとクリックしたら……。その先は闇サイトだった。殺人専門の……。」


「闇サイト、だと……?」



辰川の脳裏に、特務課司令室で画像に出された、『あるマーク』がよぎった。



「それ……まさか、蠍のマークのサイトじゃないだろうな……。」


「どうして知っているんだ?その後、何度入り直そうとしても、行き着けなかったサイトなのに……。」


「そうか……なるほどな。」



連続女性殺人事件。

連続放火事件。


これまでに特務課が関わった事件には、その『蠍のマーク』が小さくではあるが関わってきた。


犯罪道具の調達、そして犯人の洗脳……。

もしかしたら、中山もその蠍のマークの闇サイトの関係者にそそのかされたのかも知れない。




「畜生……なんなんだ、『蠍の奴等』は……。」



辰川が、怒りに震える。



「しかし……そそのかされたとはいえ、実際に犯行を犯したのは俺だ。爆弾の部品を闇サイトで取り寄せ、設置した。結果……数人の犠牲者と怪我人が出た。それは、事実だ。」



中山は、全てを諦めたように呟く。

事実、今回の爆弾事件は、中山が自らの意思で行った、単独犯での犯行。

そそのかされた、闇サイトの存在があったというのは、今回の事件とは直接関係のないこと。


手を下したのは、中山なのだから。



「……それで、メールの文には、何て?」



西尾が、悲痛な表情で中山に聞く。



「何故、お前だけが全てを失った?英雄と呼ばれた男は、犯人を確保した代償として、多くの人間を犠牲にした。お前の家族も、その中に含まれるのではないか?手順を変えれば、もっと応援を呼んでいたら、助かったかもしれない命が数多くあったはずだ。お前の家族は、どうだ?……こういう文だった。この文で、不覚にも俺の心は動いてしまったんだ……。」


「バカヤロウ……。あの時は応援を出し尽くした後、俺たち3人しか出動できる隊員はいなかった。その中でたまたま、辰川がいちばん大きな爆弾を引き当てて、たまたま3人の手に余った1つの爆弾の近辺にお前の家族がいた……あれは、犯人意外誰も責められないって、お前だって分かっていたじゃないか……。」



西尾が、中山の服の襟をつかみ上げた。



「分かっていたさ……。分かっていた。」


西尾に掴み上げられながらも、中山は慌てることは無かった。



「辰川には感謝してる。お前が大型を解除してくれなかったら、もっとたくさんの犠牲者が出ただろう。理解はしているんだ。それでも、それでもだ……。」



中山は、掴まれたまま切々と話す。



「もし、その偶然が別の方向に向かっていたら……。家族以外の誰かに偶然が向いていたら、俺はこうはならなかったんじゃないかって……。」



その目には、涙が浮かんでいる。



「……中山、テメェ!!!」



中山の言葉に西尾が逆上し、思い切り拳を握る。



「まぁ、やめとけよ。」



それを、辰川が制した。



「辰川!でもよ、これはハッキリ言ってお前に対する言いがかりじゃないか!お前は必死にやった!人の命を救った!!犠牲者だって最小限だったんだ!!」


「……まぁ、でもよ、犠牲者は0では無かった。それが全てさ。いかに犯人逮捕しても、爆弾解除しても、実際にあの事件では犠牲者が出た。最小限でも……人が死んだんだ。それが全てさ。」



家族を奪った悲しみ、それは辰川には分からない。

だが、もし妻が、紗良が今回の爆弾事件で命を落としていたら……。



「今回の事件でもし紗良が死んでたら……、きっと俺は中山のことも、そして俺自身も許せなかっただろう……。なぁ中山、お前もあの事件以来、自分を許せてないんだろう?」



10年前の爆弾事件解決の立役者。

東京の英雄。

そんなふうに呼ばれた辰川だったが、あの日からずっと、自分の力の無さを許せない自分がいたのも事実。



「お前も、西尾も、俺だって……いや、俺の後輩たちだって、みんな刑事はその気持ちを抱えてる。もう少し早く事件を発見できれば、もっと早く逮捕出来たら、あの時被害者に声をかけられていたら……。みんなそんな『たられば』に後悔してる。でもな……。」



辰川が西尾と中山のもとに近づき、そっと西尾の手を解く。



「でもな、刑事はそんな後悔を乗り越えていかなければならないんだ。遺された人たちに生きる希望を与えるために、前を向かせるために……生きていけるように!」



辰川の言葉が、中山の心に刺さる。



「中山よ……お前の気持ちはよく分かった。でもな、お前も10年前の犯人と同じ恨みを、別の人間に向けられたんだ。今回の事件で犠牲になった人たちの遺族……、その気持ちはお前には良く分かってるはずだろう?」


「あ、あぁ……。」



放された中山が、力なく膝をつく。



「その通りだ……。俺は、取り返しのつかないことをしてしまった……。」



中山は、涙を流しながら今回の事件を起こしたことを悔いた。


「これで……終わりだ。」



辰川が、手錠を出し中山の両手首にかける。



「……一連の爆弾事件の容疑者として、お前を逮捕する。何か言いたいことは?」


「いや、ない。あとは全て供述するよ。」



中山は、潔かった。

辰川が手錠を出したその瞬間に、中山は両手を差し出したのだ。



「……そうか。西尾、すまなかったな。いろいろ手伝ってもらって。」


「いや。同期のよしみだ。気にするな。」



3人の間に、なんとも言えない空気が流れる。



「虎……もう大丈夫だ。頼む。」


そして、虎太郎に無線を飛ばす。



「……本当に、もう良いのか?」


「あぁ。俺たちはもうとっくに語るべきことは語りつくしてるんだよ。」



最後の晩餐くらい楽しませたい、そう思ってもう少し待とうと思っていた虎太郎だったが、辰川が穏やかな声で『もう大丈夫』と言うものだから、虎太郎もそれに従うことにした。



「わかった。もう店は包囲してある。でも、抵抗しないだろうし、パトカーの前まで道は空けておくよ。」


「……すまない、恩に着る。」



辰川、そして西尾は中山の両側に立ち、歩くように促す。

中山も、抗うことなく素直に歩き出した。



部屋の外、襖を開けるとそこには店主が立っていた。



「……また来いよ。俺が生きているうちに……。」


「すまねぇなマスター。迷惑かけちまった。」


「今度は、気軽に来れると良いな……。」



店主に挨拶をする辰川と西尾。

その傍らで、中山は俯いたまま黙っていた。

そんな中山に、店主が少し大きめな声で言う。



「また!来いよ!!」


「……はい。」



店主の気遣いが嬉しくて、中山は泣いた。

大勢の人に危害を加え、死者も出た今回の事件。

悪くて死刑、良くても20年前後の懲役になるかもしれない。

店主は70代。もしかしたらもう会えないかもしれない。

しかし、それでも店主はまた来いと言ってくれたのだ。



「悪ガキどもが。いつまでも辛気くせぇ面してるなよ。もう事件は解決したんだろう?」



店主のこの気概が、3人は昔から好きだった。



「そうだな。確かに柄じゃねぇや。」


辰川が、中山の肩に手を回した。

それに倣って、西尾も中山の肩に手を回す。



「最後は、この店で終わろうぜ。再起を願ってな。」


「次の飲み会まで、生きていようぜ、同志。」



3人は、結果はどうあれ同志であることに違いはないのだ。



「外に出たら、きっとマスコミが待ってる。顔、隠しとけ。」


辰川が、中山を気遣う。

しかし……。



「大丈夫。こっちにマスコミはいねぇぜ。」



虎太郎が無線を飛ばす。


「なんだって?」


「司令が情報操作してくれてるんだ。こっちにはマスコミは来ない。なんせ……司令、いまマスコミを相手に記者会見中だからな。」


「え?」



辰川が、すぐ近くの部屋に入り、テレビをつける。



「では、今回の事件の犯人像は?」


「捜査中なので犯人確保のために公表できませんが、もう目星をつけてあります。逮捕も時間の問題かと。」


「他に、いくつ爆弾が?」


「調査中です。……が、皆さんに被害が及ぶほどの規模・数ではないことは確認済みです。事実上、今回の事件は今夜で解決となるでしょう。」



司が、記者会見に応じている姿が、画面に映った。


「司ちゃん……すまないな。」



辰川は、司の心遣いに感謝した。

自ら記者会見の場に出たのは、情報に信ぴょう性を持たせるため。

そして、その内容も事実であり、嘘は言っていない。

確かに、『犯人』の目星はついていて、既に現在、逮捕されたのだから。



「さすがは司令だぜ……。」



虎太郎も、その決断力・行動力に舌を巻く。

そんな中、中山の様子が変わったことに西尾が気づいた。



「中山……どうした?」


「うっ……うぅっ……。」



見れば、中山は泣いている。

辰川はこの時、あることを予感した。



「もうひとつ……仕掛けてあるんだな?」


「な……なんだと!?」



もう一つ、隠された爆弾が仕掛けてある。

辰川は直感でそう悟った。

しかも、大学の時とは違う。

今回は、本格的な大勢の人に危害が及ぶような、そんな爆弾であろう。



「中山……どこだ、どこに仕掛けたんだ!!」


「おい、中山!!」



辰川と西尾が、中山に詰め寄る。


「まさか……こんな風に逮捕されるとは思っていなかったから……。最初から本命は『それ』だったんだ……。」



崩れ落ちる、中山。



「浅草・雷門……このすぐ近くだ。」


「雷門……いまなら間に合う!!」



爆弾の場所は、幸いにも同じ浅草。

辰川は西尾に中山を頼み、そのまま雷門に向かおうとした。



「……志乃さん!!雷門だ!!」


「了解!浅草内の爆弾処理班を全員投入します!!」



しかし、虎太郎は辰川を制するように志乃に無線を飛ばし、また志乃も素早くそれに対応した。



「え……虎?志乃ちゃん?」



その状況に最も驚いたのは、辰川だった。



「どうして、分かっていたんだ……?」


「あぁ……『病欠のオッサン』が余計な気を回してきてさ。」



聞けば、中山の所在を突き止めたそのとき、虎太郎の携帯に北条から着信があったらしい。



「きっと、僕の直感だけどね、本格的な爆弾は、最初と『最後』だけだよ。この事件は、人をたくさん殺すことが目的の事件じゃない。辰川さんに精神的ダメージを与えるなら、最初と最後で充分。10年前の事件を思い出させて、そして彼の原点を爆破することで刑事としての誇りを粉々に打ち砕く。それが出来れば、あとはもう……ナイフ1本で辰川さんを殺せる。きっと犯人は、辰川さんには自分で直接手を下すよ。だって……。」



「……恨んでるんだから、ってさ。……まぁ、でも今は『恨んでいた』が適当か?」



しかし、虎太郎も北条も、辰川達の原点となる場所の目星がつかなかった。

それは、3人しか分からない場所なのだから。

だから、虎太郎はギリギリまで待った。


北条の言葉を信じ、浅草に爆弾処理班を待機させるよう、志乃に依頼して。



「まったく……とんでもない奴等が仲間にいたもんだぜ……」



北条の推理、そしてそれを完全に信じた虎太郎の行動力。さらにふたりの行動を完全にバックアップした志乃。



その誰がかけても現在の状況にはたどり着かなかっただろう。そして……



「まぁ、司令が上手いことマスコミを引き受けてくれたから、ここまで自由にやれたんだけどな。」



全てを見通し、そして仲間たちを信じて動いた司。



「辰川……今のお前さんの職場は、すごくやりがいのある場所みたいだな……。」



中山が、完全に諦めたと言った表情で呟く。



「あぁ。我ながらとんでもねぇ場所に配属されたと思うよ。」



念のため、中山のポケットを探る。

ポケットの中からは、折りたたみナイフが入っていた。



「ばぁか、俺を始末するのが目的なら、あちこちに爆弾なんて設置しないで、このナイフ1本で俺にかかってこいよ。そっちの方が、俺を始末する確率は高かった。」


「……違いない。お前の運動神経、そんなに良くなかったもんな。」


「……違いない。」



店の入り口まで中山を連行したところで、辰川は西尾に中山を預け、ひとり玄関を出る。

玄関を出ると、すぐそこに虎太郎が待っていた。



「お疲れっす。」


「あぁ、いろいろありがとうよ。お陰で気持ちの整理が出来た。あとは、最後の爆弾を処理するだけだ。」


「あぁ、そうだな。」


「じゃぁ……言ってくるわ。」




そこまで言った辰川が、虎太郎の横を通ろうとしたのだがそれを虎太郎が制する。



「辰川さん、行かなくて良いぜ。」


「え?」



虎太郎は、自分の携帯を『ある人物』と繋ぎ、スピーカーフォンに切り替え、辰川の方に差し出す。



「……辰川さん、そっちに行くって!」



虎太郎が、大きな声で言うと……



「必要ないですよ、辰川さん!!」


「あの事件から10年、爆弾処理班だって成長してるんだ、それを見せてやりますよ!」



通話先は、現在の爆弾処理班の班長だった。



「10年前の事件のとき、私は何も出来なかった。でも辰川さん、あなたに憧れ、あなたのようになりたくてずっと勉強してきた、場数も踏んだ。そして年と共に新しい技術、新しい力も加わった。今の私たちは……伝説と呼ばれたあな達を凌ぐと思っています!」


「まさか、お前……本田か?」


「ご無沙汰してます、辰川さん!」



その声の主は、10年前の事件のときにはまだまだ新米だった、辰川の元部下だった。



「……あのヒヨッコが、大きなこと言いやがるぜ……。」


「辰川さん、本田班長と言えば、今の爆弾処理班のエースだぜ。彼が出てきてくれるなら安心だ!」



虎太郎は通話を切ると、ニヤリと笑った。


「時代は変わったんだ、今の若い世代だって頑張ってるんだぜ。分かるだろ?辰川さん!」


「……確かにな。今の若い世代に頼る時代なのかもしれないな……。本田、そっちの爆弾は任せたぜ。俺は、中山の取り調べをさせてもらうよ。」


「了解っす!!『現』爆弾処理班の実力、見せてやりますよ!!」




辰川と本田の会話が終わったところで、虎太郎は通話を切った。



「辰川さん、そろそろいいか?」



店の周囲には、まばらながら人の姿が見え始めていた。

このまま時間が経てば、この周囲は野次馬に囲まれるだろう。

そうなっては、司や志乃、虎太郎の気遣いが無駄になる。



「あぁ……充分すぎるくらいの時間を貰った。ありがとうよ。」



辰川は小さく頷くと、中山と共にパトカーに乗り込んだ。



「俺はここでお暇するよ。あとはしっかりな、辰川。中山……ちゃんと反省しろよな!!」



西尾はここでふたりと別れることにした。

西尾はあくまで『協力者』。

このあと事情を話すことはあるだろうが、刑事と犯人のふたりと同乗していくことは出来ないのを、西尾はよく分かっていた。



「すまねぇ、恩に着る。」


辰川は西尾に小さく頭を下げる。


「……今度、奢れよな。」


西尾はパトカーに背を向けると、手を振りながら浅草の街に消えていった。



「虎、世話になったな。」


「俺は結局、最後しか役に立ててねぇよ。今回の事件は辰川さん、あんたとあんたの仲間・後輩たちが解決したんだ。」


「まったく……良く出来た若造だぜ。」


「これから伝説の刑事になる男だからな。」


「良く言うぜ。……じゃ、行ってくる。」


「おう、あとは任せとけ。」



こうして、辰川と中山を乗せたパトカーは、署へと向かって走り出した。



「虎太郎くん、お疲れ様。」


その頃、記者会見を終えた司から無線が虎太郎に入った。



「司令こそ、お疲れっす。」


「無事に終わったみたいね。」


「おかげさんで。」


「お疲れ様。各地の爆弾の処理・応援の状況の確認、整理は私たちで引き継ぐわ。」


「助かるっす。俺はこの周辺の騒動を落ち着かせてから帰ります。」



いつの間にか、店の周囲には人だかりが出来てきた。



「さーて、事後処理事後処理……と。ダリィなぁ……。」



一度大きく伸びをしてから、人混みの方に歩き出す虎太郎。




こうして、一連の爆弾事件は幕を閉じた。

悲しい偶然の末に生まれた、誤解と憎悪。

それはこれから時間をかけてゆっくりと解消されていくのだろう。



しかし、新たな疑問も生まれた。


『蠍のマーク』の闇サイト。

これが一体、何を意味するのか……。


特務課の戦いは、まだ始まったばかりである。

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