2-9

姉崎逮捕から数日……。


北条と虎太郎は住宅街にある、姉崎の勤務先だった幼稚園に来ていた。



「あの子が連続放火犯だったなんて……想像も出来ませんでした。とても優しい子だったので……。」


園長が、悲痛な表情で言う。


「私も、少し調べるまでは想像できませんでした。犯罪って言うのは、誰がいつ起こすか分からないものなんですよ……。」



北条が苦笑いを浮かべながら言う。


幼稚園内では、姉崎は家族の都合で他奥の実家に帰ったと言うことになっているらしい。


「保育園の名誉とか、そういうんじゃなくて、子供たちには辛く悲しい思いをさせたくはないんです。子供たちの前では、里美先生は優しくて綺麗なお姉さん先生だったから……。」


涙を浮かべて話す園長。

北条はそんな園長にハンカチを差し出しながら言う。



「そうですね……。子供たちには知らない方がいいことだってある。いつか子供たちが大人になったとき、こんな悲しい事件があったんだ……僕たちはこんな事件が起こらないようにしよう、そう思ってくれれば御の字ですよ。」


「えぇ、えぇ……。」



事件の解決を報告しに来ただけの北条と虎太郎だったが、その報告の裏側に、残された人たちの悲しみがあることをふたりは知っていた。


幼稚園を出て、この日はぶらぶらと住宅街を歩く北条と虎太郎。



「なんかさ……やるせねぇよな。事件が解決しましたって報告に言っても、だーれも手放しで喜ばねぇんだよな。」


虎太朗が複雑な表情を北条に向ける。

北条は、小さくうなずきながら答える。


「事件を解決したって、僕たちには100%の成果って言うものは無いんだ。事件が起こるイコール誰かが最低一人は犠牲になってるって言うこと。事件を起こさないなんて、到底無理。いつでも誰でもやろうとすれば起こせる、それが犯罪なんだから。」


これまで、幾度と無く事件を解決し、その報告を関係者たちにして来た北条。


だからこそ彼は知っていた。

事件が起きてしまった以上、被害者が生まれる。

そうなってしまった以上、悲しみは決して消えることはないのだ。


事件が解決しても、被害者の家族たちの心には、悲しみの楔が打ち込まれ、それが消えることは、無い。


「時々さ、俺たちって何のために事件を追ってるんだろうって思うときがある。俺たちが犯人を追ってるってことは、もう誰かが被害に遭ってるんだ。事件解決したって、被害者は帰ってこねぇ……。」


悲痛な表情の虎太朗。

北条は、これまで何度も同じような気持ちを味わったし、また同じようなことを言う刑事たちを何人も見てきた。

そんな中、導きだした答えがある。


「僕たちの仕事はさ、そんな悲しみの連鎖を断ち切るためにあるんだよ。人間が存在する以上、必ず犯罪は存在する。だから僕たちは、犯人が同じ過ちを繰り返さないように、そして悲しい、辛い思いをする人が増えないように戦うんだ。」



その言葉の重みは、虎太朗も分かっていた。

きっと、幾度と無く事件に遭遇し、解決してこないと北条の言葉は口から出ないのであろう。



「俺……頑張るわ。」


「あぁ。みんなで頑張ろう。」



少しずつ夕焼けに染まっていく住宅街で、北条と虎太郎は刑事としての役割を思いだし、また心に留めたのであった……。

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